第6話ダンジョン牛。嗚呼、ダンジョン牛!

 パチパチと火がはぜる。

 薫り良く焼ける肉。


 掘った土と石でかまどを作り、石ツルハシ……石オノと呼ぶべきか、で切った赤茶色の木を薪木たきぎにして、火の周りに炙るように肉を置く。


 ダンジョン牛はどうなったかって?

 ダンジョン牛は猛牛である。

 それも人を見ると興奮して突っ込んでくる性質がある。


 それで犠牲になる冒険者も多いという。

 野生の猪の突進も一トンぐらいの力とかいうもんなぁ。


 こんなこともあろうかと、僕はダンジョン牛に突っ込まれる前に、掘っておいた子供サイズの穴にダッシュで滑り込んだ。

 そして僕に向かってダンジョン牛は突撃し、そのまま壁に突っ込んだ。


 重量に相応しい激しい衝撃が土を揺らす。

 崩落しないように周りを土魔法で固めていなければ、土の天井は僕に降り注いでいただろう。


 ツノが壁にめり込んだダンジョン牛。

 そのダンジョン牛の首元に穴から飛び出た僕がスパッというか、ドスッという感じで石オノを叩き込んだ。


 斬ッツ!


 ……という気分で血飛沫をあげるダンジョン牛からポーズを取りながら距離を取る。 ダンジョン牛は結構な重量なので押しつぶされると危ないからね。


 ずずーんと倒れるダンジョン牛。

 倒れたダンジョン牛をズルズルと運び、水場で血抜きして解体、いまに至る。


 重労働だったけど、この芳醇な肉の薫りはその疲労も癒してくれる。

 牛肉は本来、熟成が必要だがダンジョン牛はなぜか熟成させなくても美味いという。


 焼き上げた肉を指でつまみ持ち上げる。

「いただきます!」

 そうして残った片手で合掌の構えをする。


 祈りとして正しいかは知らない。

 この世界で信仰される神はヤッヴェという名だが、祈りとかあるのかは知らない。

 名前はちょっとヤンキーギャルの発言のようなアレだが、邪神とかヤバい神様ではない……はずだ。


 食事時でも強欲ババアが黒パンとチーズだけの質素な食事を出して、偉そうに手でダンッとテーブルを叩き、恵みに感謝しな、と僕たち奴隷に宣言するだけで祈りらしい祈りはない。


 僕らも感謝と言いながら強欲ババアへのささやかな反抗としてテーブルを叩き、石のように堅い黒パンとカビなのか緑なのか不明なチーズを口にするのだ。

 そこにたま〜にスープが付く。

 スープのための火を起こすための燃料の薪木が高いからだ。


 最近は僕が石炭を掘れたのでスープが出てくることが増えたのは良いことだ。

 石炭の煙は身体に良くないから、エメ姉には煙を吸わないように口を酸っぱくして注意している。


 なんでそんなこと知ってるのよ、と呆れた目をされたが、なぜ知ってるかは僕の知らない。

 見知らぬ両親に子守唄で聞かされたのではなかろうか。


 さて、思い出はそこそこに僕は我慢できずに、つまみあげたご馳走を前にじゅるりとよだれを垂らす。

 そして、大きく口を開けて、あ〜んむと肉を口の中に落とす。


 モクモクモクモク……。

 煙じゃないぞ! 噛み締めているのだ!


 そんなどうでも良いセルフツッコミをしつつ、僕はカッと目を見開く。


 口の中で肉が……溶けるだとぉ!?


「ウメェ……」

 ヤギの鳴き声じゃないぞ、ほんとに美味いんだ。


 前世の記憶というか知識が残っていなければ、こんなに好き勝手できなかっただろう。

 人は誰しも生きている今を慎重にいって危険を避ける。

 それは安全を守るという大事なことでもあるし、ギラギラと危険に身を晒せば人はたやすく死ぬし、人生は崩壊する。


 何よりセーフティという快楽は日々を守ってこそ得られる貴重なものなのだ。

 だが、人の欲望は果てしない。

 セーフティでありつつ快楽も欲しいのだ。

 それで良いのだ。

 それが人というものなのだ。


 人は感動すると心の詩人になってしまうものなのだ。

 苦労して山に登って絶景を眺めてみるといい。

 脳みそが空っぽになるか、詩人になるかのどちらかだから。

 知らんけど。


「はっふ、はっぐ、ほっふ、ほっはふ」

 感動するぐらいウメェよ、この肉。

 焼けたてなので熱いが、この熱さも味の一つだ。


「ほふー」

 膨れた腹を優しく撫でながら、ひと心地つく。


 周辺にはたいまつを焚いて明るくしてあるが、どうやら洞窟内そのものはそこまで広くない。


 わずかばかりの赤茶の樹木があるだけで、ダンジョン牛がどこから潜り込んだのか謎である。

 ダンジョン牛は美味だがモンスターと同じという説もある。

 考えるだけ無駄である。


 ダンジョン牛は危険も伴う高級肉である。

 ゆえに高く売れるのは間違いない。

 ついでに、この美味しいお肉たちを奴隷仲間にも食べさせてあげよう!


 僕は穴を斜めに掘り、ぐるりと回り込みながら10m上の落ちた場所への道をつなげて肉を持ち帰ることにした。


 全部は持ち帰れないので、残った肉はここで乾燥させて干し肉にして次回に役立てよう。


 サクサクと穴を掘りながら、次回の穴掘りへの期待に胸を膨らませるのだった。




 るんるんと背負い袋にはみ出した肉を持ち帰ると、すぐにパイプをふかしていた強欲ババアに見つかり取り上げられた。


「酷い! 僕のだぞ!」

「うるさいねぇ、アガリは倍と言っておいただろ!」


 僕は強欲ババアの手にある肉にぴょんぴょんと手を伸ばす。

 くそう、手を上に伸ばされたら届かん!


 口惜しいがまだ強欲ババアの方が背が高い、あとプロポーションが良い。

 強欲ババアはくるりと僕の背後に周り、僕を後ろから抱きしめる。


「はいはい、頑張った褒美にほっぺにちゅーしてあげよう、ほっぺちゅー」

 貴重なダンジョン牛でご機嫌な強欲ババアはそう言って僕をあしらおうとする。


「ちゅーだと!? そんなもので僕のダンジョン牛肉が……」

 後ろから抱きしめられた僕は暴れるのをやめて不満を口にする。


 うん、でもまあ、アガリは倍の約束だからね。

 仕方ない、仕方ない、今回はそれで許してやろう。


「……このエロガキが」

 自分から抱きしめておいて、強欲ババアの呆れた声が上から聞こえる。


 仕方ない、仕方ない。


 結局、持って帰った肉は半分はさっさと売られ、残り半分は飢えた他の奴隷たちにあっという間に食べ尽くされた。

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