第4話
僕は警察にレンコウされた。
レンコウされてしばらくたつまで、どうやらそうらしいということにも全然気づかなかったんだけど。
やべぇよ。
タイホされちゃったじゃねーか。
ご近所から出てきたひとも含めてみんなで消防士さんのキビキビした消火活動を見ていたら、いきなり制服の警察官が寄ってきて、きみが染井文咲くんだね、ちょっと事情を聞かせてもらえないかな、って言った。
パトカーに乗せてもらえたらラクチンだしいい経験にもなるまもと思ったからなにげにいいですよって言った。
ガッカリなことにその警察の人が乗ってきたのは自転車で、押して歩くのについて来いってだけで、しかもタカチは一緒じゃなかった。
呼ばれたのが僕ひとりなのにも、歩きだして初めて気づいた。
わけがわからなかったし、ダサくて恥ずかしかったけど、警察のひとに逆らったりすると学校に連絡されそうだし、廃品回収はもうこりごりでへとへとで、おかげでおおっぴらにサボれるならラッキーとも思ったから、おとなしくついて行った。
交番について、すごい薄いコーヒーを出してもらって、なんだかんだ話をされているうちにだんだんわかってきたのは、誰かよそのチューガクのやつが、火事になったのは僕がわざとあのストーブを投げたからだ、と断言したらしいということだ。
ひどい。
「まさか。
そんなことしません。
するわけないです」
「うんうん。
そうだよなぁ。
放火は罪が重いからなぁ。
いくら評判の悪い病院で、誰も使っていなくても……しかし何だ、きみはひょっとして、正義のために、ここは浄化したほうがいいとかなんとか思ったんじゃないかね?
悪い幽霊を退治して成仏させるほうがみんなのためだと」
「何で僕が?」
僕はほんとうに驚いたから、それは警察官にも伝わったと思う。
「関係ないです。
あんなとこ行きたくなかったし、行ったのは廃品回収でそうしろって言われたからだし」
「ふうむ」
警察官は書類を書くために持っていたポールペンで耳の横を掻いた。
「じゃあまぁ それはそれとして。
今日までなんでもなかった古いストープがどうしていきなり発火なんかしたのかな。
偶然、きみのいる時に」
きみの、という時にポールペンがまっすぐ僕の胸を指して、拳銃でも向けられたみたいな気がして、首筋に島肌がたった。
黙ってちゃダメだぞ、認めるみたいだぞ、と思ったけど、声が出なかった。
どう言えばいいかわからない。
ストーブが爆発したのは焚き火に近づけすぎたからだ。
あそこにいたのは僕だけじゃないし、焚き火をつけたのも、ストーブをまずいところに動かしてしまったのも、どっちも僕じゃない。
でも、そんなのって言えば言うほど言いわけっぽい気がする。
困ってうなだれているうちに、ふと、これじゃなんだかまるでうなずいてしまったみたいになってるじゃないかってことに気づいて、あわててもう一回顔をあげ、僕は完璧無実ですって熱意を込めて、警察官の顔を見た。
「わからないです」
「ふむ。
このままじゃあともだちが火傷しそうだと思って、とっさにあわててしまったんだろう。
自分でもわけがわからなかったんじゃないかな?」
あわててたのは確かだ。
「でも、僕はストーブにさわってませんよ」
「うんうん。
さわらなくても投げ飛ばせるとしたら、そりやあ魔法だよねぇ」
制服の警察官はとびきり優しい顔で笑いかけ、こわばる僕の手を握り締めた。
昼飯はネギラーメンだったらしい。
「元気な若いコにとっては、魔法力を制御するっていうのはたいそう難しいことらしいから。
魔がさすってことばもあることだし……
やはりそれならそれで、専門の場所で適切な指導を受けるのがいいんじゃないかな、うんうん」
へんになだめるような慰めるみたいな言い方を聞いて、やっと思い出した。
魔法が使える人間は全員きっちり当局の管理下に入らなきゃならないって決まりを。
自分にはこれまで関係なかったし、まわりにそういうやつもいなかったから、全然気にしてなかったんだけど。
もし魔法力があれば、そりゃあ通学はらくちんだよね。
ホウキに乗って飛んでくとかすりゃ、遅刻なんかぜったいしない。
たとえば抜け殻を教室に置いて遊びにいってれば授業をサボってても全然バレない。
ノートなんか自動でとれるかも。
カンニングだって、テスト問題の予測だってスイスイだろう。
跳び箱は体操選手が腰を抜かすぐらい跳べるだろうし、調理実習とか美術とか、ぜんぜん手を汚す必要がない。
なんなら気にいらない誰かをこっそりヒキガエルかなんかに変身させて、使い魔のネコとかにでも襲わせることだってできるのかも。
そんなやつがクラスにひとりいてみろよ。
メチャクチャだ。
だから魔法使いは、健常人と同じクラスにはいられない。
国のひとたちとじゃ、健全な競争にならないから。
差がありすぎるから。
学校の成績とか通信簿とか先生がたの評価とかってもんは、あくまで普通のひとたちの普通で真面目な努力と才能で決まるようにできている。
魔法なんかでズルしたらどーしたって不公平だ。
いや、魔法だって生まれつきの才能の一種だと思えば、そうでもないのかもしれないけど……
とにかく普通の学校の普通のやり方のなかでは、魔法使いは無敵の天才になってしまう。
秩序をボウガイする。
だから……?
ゾッとした。
ひょっとして僕は金束中をクビになるのか?
これきり? 連れてかれるのか?
どっか、おっかない強制収容所みたいなとこに。
魔法を使ってズルしたり勝手なことをしでかしたりしないように、もっと強い魔法で縛られて閉じ込められて、家族とも、タカチとか他のともだちとかともずっと会えなくなって……
緑川病院の気の毒ななじいさんばあさんが急にものすごく身近な存在に思えてきた。
「で、でも、ま、まだわからないですよねぇ」
声が裏返ってしまった。
「確かに、死んだばあさんは魔法使いだったらしいけど……
僕は僕は、ちがうって。
ぜったい違いますよ。
誤解です。
きっと。
全然そんな。
だってなんにもできないし!」
「謙遜はいやみだねぇ」
警察官はポールペンを置いて、両手を組んだ。
「イクセンが把握したんだそうだ。
きみによる魔法力の行使を、その瞬間にね。
あいにくわたしなどには魔法力なんかほんとうにまったくないので、電話で連絡をしてきた。
だからきみの自覚がどうあれこれは確実なことなんでしょう。
……いやぁいいねぇ。
羨ましいよ。
わたしなんか自分が魔法使いだったらどんなにいいだろうって何度思ったか知れないのに」
「い……いくせん?」
「青少年健全育成センター付属魔法学校」
警察官は書類をこっちに向けた。
「きみの入学を許可すると言っている」
染井文咲どの。
青少年健全育成センターは貴殿の豊かな魔法力を認め、当方にて専門教育を施す必要があると判断した。
早急に保護者の了解を得、入学のために必要な準備をすすめられたい。
青少年健全育成センター付属魔法学校校長。
三留益三
どっかで聞いたぞこの展開、と僕は思った。
どこだっけ?
なんてこった。
世界のベストセラーだ。
でも僕はハリー・ポッターとは違う。
イヤな親戚のうちでほとほとウンザリしているわけじゃない。
偉大な魔法使いの直系なんかでもない。
いや もしかしてそうだったらどうしよう?
いのち狙われるのか?
「やはりねぇ。
青少年期には、人間は能力に見合った仲間の中で研鑽するべきだろうね、うんうん」
これはきっと悪い冗談だ。
マジ嘘に違いない。
でも何度読み直しても文書はそこにあり、すごく正式っぽく、ウムを言わさない感じだった。
じゃあ、あれは……
届かないはずのタカチに手が届いたり、ぶっとんできたストーブを跳ねかえしたりしたのは……
ほんとに、ほんとうに魔法だったのか。
しかもあの時、あの場限りのものじゃなくて。
ばあさんがバケて出たんでもなくて。
この僕の才能?
タカチには悪いけど、だとしたら、母親を助けられなかったのがますますほんとショックだった。
まるで僕が無意識のうちに母親よりタカチのほうを大事だと思ってたみたいじゃん。
親不孝にもほどがある。
イヤな感じにドキンドキンする胸を抱えこんで息を殺していると、こちらですか、とかなんとかって声がして、誰かパタパタ駆け込んでくる気配がした。
「文咲」
言ったきり、そのひとはそこに立ち尽くした。
オヤジだ。
とてもじゃないけど、こんな時、オヤジの顔なんてまっすぐ見れなかった。
聞きなれた声と呼び方を聞いたとたん、涙があふれてきてたし。
パイプ椅子の座面に両手でしがみついたまま、肩に力こめて、口結んで、目をさまよわせてたら、オヤジのつつかけサンダルが見えた。
サンダルからのぞいた古靴下の親指の爪のところが擦り切れかけてるのとか、すそ
ゴムの伸びたジャージの裾がほつれてるのとかが見えて、ますます涙がこみあげてきて、ますます顔があげにくくなった。
そりゃああわてたんだろうけど、日曜日なんだからしょうがないけど、ちゃんと背広着て来てくれればいいのに。
オヤジまで見た目的にこんなにだらしないと、父子家庭はやはり何かと不便でこどもの教育にもよくないから、やはり施設に預かるほうがいいのだとかなんとか、すんなり話がまとまっちゃうじゃないかと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます