第5話
「パス、パス!」
「いけーっ。
けずれー」
「バカ。
どこ蹴ってんだよお」
土だらけの枯れた芝生の上を十人ほどの少年たちが走っている。
半分はミントグリーンの、 半分はショッキングピンクのビブスをつけて、敵味方の区別をしている。
数人もつれて団子になった中から、突然ぽーんとボールが出た。
ピンクが三人、すさまじい勢いで散開した。
グリーンのディフェンス陣があわてて戻ろうとするが間に合わない。
ピンクのひとり、中央にテディベアの刺繍のあるハチマキをしめた顔立ちのひときわ美しい少年が鋭く脚を振ると、横ざまに飛びつこうとするキーパーの手をすり抜けてシュートが決まった。
ハチマキ、にっこり笑ってガッッポーズ!
木陰の地面に座りこんでゆったり応援していた連中から、やんやの喝采があがった。
彼らのいちばん後ろ側で、大きな楡の木にもたれて分厚い本を開いていた眼鋭の少年がうるさそうに顔をしかめ、チラッと顔をあげた。
誰も振り向かないのを見ると、かすかにため息をついてすぐにまた本に目を落とす。
ゴールは錆の浮いた枠だけで、ネットがない。
ボールは当然、はるか遠くまで転がっていってしまった。
ピンクチームの仲間たちと勝利のハイタッチをかわしたハチマキがふと気づいて、ひょい、と指をしゃくった。
ボールはたちまち浮き上がり、待ち受ける彼の手の中に素直に戻ってきた。
ハチマキは軽快な駆け足でセンターサークルに戻り、ボールを置き、汚れた運動靴で軽く踏んだ。
もうひとりのフォワード、クセのない長い黒髪をを襟足でひとつにくくったこれまた端正な顔立ちの少年だ。
彼がが素早く寄り添って、無表情なまま身構える。
ハチマキが瑚都乃業幸。
ポニーテールが長井倫紀。
ふたりはほとんど同じ背丈だ。
「たんま。
組換えしてくれよー」
膝に両手をついてゼイゼイと息を荒らげながら、グリーンのひとりが言った。
「ナルもミッチも敵ってのはあんまりハードすぎるぜ」
「じゃグーパー?」
とくまハチマキの瑚都乃。
「いや、だから、まずおまえらふたりは別々にシードにしてだな……」
言いかけたグリーンがふと、耳をすますような顔をした。
「およ?」
「なんか来る」
ピッチ上の少年たちも木陰の少年たちもみなひとつの方角を振り返る。
楡の木のところのひとりだけが、一心不乱に本を読みつづけている。
芝生の先、背の低いりんごの木がびっしり植わった向こうは赤い煉瓦塀だ。
塀はたいして高くはないが、上部にはキラキラした感じのなにかの材質でできた天使像が約一メートル間隔で満遍なく飾ってある。
ガーディアン・エンジェルスだ。
ほとんどの天使はじっとしているが、時折、背中の翼を広げてはばたいたり、ゴキゴキと首をまわしたり、腕をあげて伸びをしたりするものがある。あまり長いことじっと立っていて退屈しているらしい。
天使たちがまるで緊張していないということは、近づいてくるものは危険ではないということだ。
塀の中途の真っ黒い鋳鉄の扉が開き、装甲車が入ってきた。
黒っぽい灰色の分厚い鉄板で覆われていて、窓は細いスリットのようなものしかなく、しかも色が濃いので中はまったく見えない。
すぐにまた扉が閉まり、重々しく錠のかかる音をたてる。
物々しい車は、あたりを睥睨するかのようなゆっくりとしたスピードで、りんごの木立の合問の道を抜けていった。
敷地のもっと奥まったほう、やはり赤い煉瓦でできた校舎の建物に向かっていく。
「新入りか」
「どんなやつかな」
少年たちは口々に言いながら顔を見合わせた。
「やった! 久しぶりに新入生いじめができるぞ!」
瑚都乃はハチマキを振り上げてはじけるような笑い顔になった。
「とりあえず三留校長のドタ靴磨きだな」
とあくまで穏やかで静かな声で(なのにやたらによく響いてみんなにちゃんと聞こえる)ポニーテールの長井。
「雨どいの落ち葉掻きと、一角獣牧場の餌当番と、魔法の絨毯の洗濯も、とうぶんそいつひとりに押しつけて……」
「やめておいたほうがいいな、からかうのは」
眼鏡の少年が無関心そうに言いながら本のページをめくる。
「彼には守護霊がついてきている」
瑚都乃はエーッそんなのガッカリじゃんと顔をしかめ、長井は眉間に皺を寄せ、やわらかく囁くような声で尋ねた。
「ほんとですか、将彦さん?
読書の邪魔をして申し訳ありませんけど」
「ああ。
ほんとだよ。
それも大量の幽霊だ」
将彦と呼ばれた少年はしかたなさそうに顔をあげ、白く長い指を読みかけのページに慎重に挟んだまま、眼鏡の奥で片方の眉をあげた。
「なんだ、誰も感じなかったのか?
おおぜいのお年寄りが青い煙みたいになって、ひらひらたなびいていただろ。
バスツアーのうぶなお客が添乗員さんの後にくっついて歩くみたいにさ」
瑚都乃と長井は頻を見合わせた。
「じゃあ、あの子、ひょっとして?」
「病院の失火事故の」
「そうか。
来たか」
「やっぱりね。
いまに来ると思ってた」
「続きを読んでも良いかな」
伊藤将彦は指を挟んだままの本を振ってみせた。
「いま、すっごくいいとこなんだ」
表紙には、ウィリアム・サローヤン著、我が名はアラムと書いてある。
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