第3話
十一人がいれかわりたちかわり運んだら一輪車二台はすぐにいっぱいになってしまったので、泰西中から来てる四人が届けに行って、できたらトラックで戻ってくるって話になった。
誰かはケータイを持ってたけど、あの大学生の番号を知らないんだから連絡のとりようがない。
やつらが戻ってくるまでに、僕らは、もうどうしようもないゴミを集めて、燃やせるものはここで燃やし、リサイクルすれば使えそうなものがあったら、取り分けておくことにした。
歌詞の間き取れない歌はずっと続いていた。
和音とかメロディの繋がり具合がなんとなく教会っぽくて、頭の上を天使がぐるぐる回ってるような気がしてきた。
ちょっと聞き覚えのある曲もあって、テキトーにハミングで合わせてると、なんかいい気分だった。
と、ちょっと思ったけど、 ずっとほったらかしだったわりに電池が切れないのは不思議だ、と、ちょっと思ったけど、焚き火をした不良たちかなんかが持ってきて使ってたやつかもしれない。
そこらにはほんとうにたくさんのいろんなもんが捨ててあった。
古い電話機とか、古い電灯とか、古い椅子とか。
なんと懐かしのスーファミのソフトがどっさり入ったプラケースとか。
こんなに雨ざらしになってしまう前だったら、リサイクルできたかもしれないものも、たくさんゴミになっている。
いくらめんどうだからって、こんなとこにうっちゃりにくるなんてどうかと思うなと、僕が思わずつぶやいたら、知らないやつが、日本経済が右肩あがりになりたがっているかぎりこの現状は変わらない、とかって言った。
安くてすぐに要らなくなるようなものを次々に買ってじゃんじゃん捨てろと強制するのが消費社会なんだ、とかって、静かな真顔で言うから、へぇあんた頭いいんだなとちょっと茶化したら不愉快そうな顔をして向こうへ行ってしまった。
タカチは例のエロ本の運命を気にしてずっとぶつぶつ言っている。
いまごろオンナどもが不潔がって捨ててしまったか、いやほんとはオンナたちこそ欲しかったんじゃないか、とか、ひょっとするとあのマジメぶった大学生が全部自分のものにしちまったんじゃないか、とか、古本屋とかネットオークションにかけるとけっこういい値段つくかもしんねぇ、とか何とか。
ゴミの山の奥のほうに土が入ったままのでかい植木鉢があったから、庭木の根元に土をあけた。
腰が抜けるかと思うぐらい重くて、土がガチガチで、ほじらないと出なかった。
途中で、 そういえばどっかで植木鉢の中にバラバラ死体の一部が入ってた事件あったよなぁって思いだして一瞬おっかなくなったけど、それには、幸いやたら伸びまくった根っこしか入ってなかった。
鉢の内側いっぱいに、無理やりのびようとしてそのまま干涸らびた根っこを放りこもうと焚き火に近づいていった時、誰かが、崩れかけの家電を整理してて、邪魔くさい四角ばったものをを一個、なにげなく、よく見もせずにそこらに置くのが見えた。
ストーブだ。
オレンジ色の、古くなってもうメチャクチャにひびわれたガス管がシッポみたいにぶらんと出てる。
ぎくっとした。
やばいんじゃないかそれ。
もしか少しでも中にガスが残ってたら。
あんまり焚き火に近づけたりしたら。
でも僕の足はすくんでとっさに出なかった。
「おい、だめだ、それ近すぎるぞ!」
怒鳴る声が僕を追い越していった。
力強くダッシュしうたタカチの背中を見たとたん、僕の目はおかしくなった。
なんか二重写しになってた。
たぶん、現実とそうでないものが。
現実のほうでは、タカチに怒鳴られたよそチューのやつがビックリしてぽかんとして、え、何のこと? みたいな顔している。
気づいてない。
いま自分がちょっと退かしたがストーブだってことまるで意識してない。
もうひとつの光景は、あとから考えると少し未来だったのかもしれない。
というか、少し未来のそれのひとつ、かな。
タカチが両手をかけて、ヨッコラショと持ち上げたとたん、それが爆発し、タカチごと木っ端微塵になって吹っ飛ぶんだ。
見えたっていうのとはちょいと違うかもしれない。
全部の感覚で感じた。
炸裂する真っ赤なしぶきの一部が叫んでいる自分の口に入った、その鉄っぽい味も熱さも、みんな感じた。
そしてそれが、まだ起こってないけどいますぐ起こりそうなことなんだってことも、わかってた。
ふざけ屋のタカチには瞬発力がある。
ナイスなタイミングにナイスなセリフをかっ飛ばすことができるのは、実は頭の回転が速いからだ。
僕はつねづねそう思ってた。
だからタカチはこんな時、ほんとうにヤバイ時、誰より先に行動できる。
自分がかかわらなくていいはずのことにも。
えれーやつ。
そのわりに成績は僕と同様いまいちなんだけど、やる気になりさえすれば……モチベーションさえあれば、タカチってのはぜったいデキる。
努力が実を結ぶまでやりとおす根性だってあるはずだ。
チューガクのベンキョウなんかにはそれを感じていないだけ。
そのタカチがいま死んでしまう。
木っ端徴座になってしまう。
いきなしこの世から消えてしまう。
やる気あんの?
誰かが聞く。
ないなら、いなくなっていいよ。
消去。
タカチに矢印くっつけて、デリートキーを押すイメージ。
ゴミ缶がふくれて、「ほん とうにこれを捨てていいですか?」ってウィンドウが出る。
……ダメだ!
ダメだ。
よくない。
おまえはまだいなくなっちゃダメだ。
「……タカチ……高智伸吾よせ、行くなーっ!」
僕は夢中で走りだした。
手を伸ばした。
届かない。
あとちょっとなのに。
手が届かない。
ちくしょう!
届いた。
手が。
いや、手じゃない何かが。
それはタカチの襟首を掴まえ、腰を掴まえ、ぐいっと引っ張った。
うおっと叫んでタカチが転び、僕はそのタカチにぶつかって、つまずいて、いっしょになってすっ転んだ。
とたんに爆発音がする。
僕はとっさに顔を伏せた。
そして同時に〈バリアー!〉と思ったような気がする。
見えない手で盾を持って、僕らふたりの前でふんばるイメージ。
がつん!
すげぇ手ごたえ。
はんぱに重なりあった僕たちの上、空気をゆすって炎が通りすぎていった。
「……な、なんだ、いまの?」
タカチは僕の膝の間で顎を震わせている。
「見たか?
ストーブ、すげぇ勢いでぶつかっただろ。
なにかに。
まっすぐこっち飛んできたのに、何かにはねかえって……
まるで、すぐそこに見えない壁があって……
すげぇ強い壁だった見たく……」
空気だ。
空気そのものが盾になって、僕の命令に従って、僕らを守った。
まるで魔法みたく。
僕が何も言えないでいるうちに、
「うわ激やば!」
「何だ?」
「いったいどうしたんだ?」
みんながわめきだした。
顔を上げると、病院がぽんぽん燃えはじめていた。
見えない壁にはねかえったストーブは、こともあろうに窓ガラスを破って一階のどこかに飛びこんでしまったらしい。
さかんに白い煙をあげていたカーテンが、ふいに翻って火に包まれる。
煙の色が突然真っ黒になった。
勢いも強くなる。
「119番!
消防車呼んで!」
「誰かケータイ!」
「うそ。いねーよ。そうか。さっきでかけちまった!」
「近所で借りるベ!」
誰かが突然走りだすと、つられるようにみんな走りはじめた。
燃える病院の庭から、潮でも引くように逃げていく。
残されたのは僕とタカチだけだ。
「いいかげんどいてくれフミサキ、重てぇ」
「あ、ごめん」
横に転がってどいた。
さしだされた手にすがってのろのろ立ち上がってみると、火はもうそうかんたんには収まりそうにない感じになってきていた。
いがらっぽい煙が慄ってきて、咳が出た。
ひどい頭痛とめまいと吐き気がして、クラッときて、手から鼻先からチカラが抜けて、気がつくと地面にまたしゃがみこんでしまっていた。
ますます強まった火事の輝きと熱が、顔をそむけていても感じられた。
世界じゅうが真っ赤になったみたいだった。
真っ赤で、耳もとでごうごう唸っている。
怨霊さんたちが怒り狂ってんのかもしれないな、なんて思うと、炎の中にうらめしそうなジジイやババアの顔が見えそうで、おっかないから目をそむけた。
魔法か?
いまのは魔法だったのか?
僕は魔法使いだったのか?
うそでー!
僕は膝をついて、呆然と自分の両手を見下ろしていた。
ただの手だ。
汚ない軍手をはめたちっちゃな手。
わなわな震えている。
母さん。
「フミサキ……おまえ」
タカチの手が背中にやさしく載せられて、自分がいつの間にか涙流して泣いてたのがわかった。
「ば、ばあさんはそうだったんだって」
僕は言った。
「僕に文咲なんてオンナみたいな名前をつけたそのばあさんが。
魔法使いだったって、母さんが言ってた。
だから、ひょっとしてばあさんがバケて出てきたのかも。
僕のピンチに。
だってもしDNAとかの影響で俺にも力があるっていうんなら、なんで母さんのこと、助けられなかった?
助けたかったのに……
あんなに苦しがってた時、すげぇ痛そうだった時、なんでもいいから役にたちたかったのに……
なんであんときばあさん出てこなかったんだろ?
本気で思ってなかったってことかよ?
……ちくしょう!
なんでだよ。
どうしてだよ。
わかんねぇよ。
いまさらなんだよ!
間に合わねぇよ!
間に合えよバカ!」
「とにかく俺を助けてくれるのにはきっちり間に合ったじゃん」
タカチはハンカチを出して、僕の顔をごしごし拭いた。
「なぁ。
よお、魔法使いだかなんだか知らねぇけど。
おまえ、この 火事は消せないんだよなぁ?」
僕はぽかんとした。
炎はいまやとんでもない勢いになり、二階へ、三階へ広がっている。
遠くにいる僕たちの顔にまで、熱の押すチカラが実際感じられるぐらいだ。
これに逆らうんだなんて、いったいどうやったらいいものかまるで見当もつかない。
あの炎と戦う、とか思うと、ぶるっと震えがきた。
「ごめん」
頭を振った。
「無理だって。
こえーよ」
「そらまーそうだろうな」
消防士のひとたちってすげえな。
僕たちはよっかかりながら支え合いながら立ちながら、燃える病院をいつまでも見つめてた。
どこか遠くでサイレンが鳴っていた。
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