第2話
まちはずれの緑川病院は心霊スポットだ。
全国ニュースに近所の知ってる場所が出たりすれば、得意な気分になりそうなもんだが、福祉なはずの病院が、のべ二百何十人だかのご老人を、連日じわじわ殺していたとかいう話題だったもんだから、冗談じゃない。
なんだか僕らまで、きたないクサいものをおっかぶせられたような気がした。
何でもっと早くに気づいて、そんなひどいことをやめさせなかったんだ、って、ニュースキャスターはじめ日本じゅうの良識あるみなさんから責められてるみたいで。
ハンサムで有能な緑川久太郎院長は、ホームレスとか、ビンボーで医療代があんまり払えないひととか、家に置いとけないボケたじいさんばあさんとかをせっせと引き受けては、軍隊みたいにやたらたくさんあるベッドに縛りつけて、なんとかいうコワイ点滴をやらかしたんだそうだ。
ギョーセーは保険点数とかってやつでコレにおカネをたくさん払うから、そうとう儲 かっていたらしい。
ここで引き受けてきたのは、よそではほとんど誰も引き受けたがらないようなひとたちで、そういう意味でも多くのひとに感謝されていたらしい。
ここがなくなったら、みんな別の行き場を探さなきゃならないわけで、いったいどうやったんだろう。
とにかくビビった看護士がチクらなきや、いまでもあいつは、困ってるひとを助けるすごくえらい人って言われていたのかもしれない。
なんと、ひとをベッドに縛りつけておいて儲けたりすごくホメられたりする方法ってのも、世の中にはちゃんとあるわけなんだな。
若い裸のオンナを縛りつける以外にも。
若い裸のオンナは撮影が終われば解放してもらえただろうけど、じいさんばあさんは毎日毎日、いつになったら終わるのかわかんない状態で、のべつ縛りつけられていたわけで、誰かがそれで強烈にホメられてるってこと、知ってたんだかどうなんだか。
ベッドならまだいいが、コンクリかなんかの床に直接薄っぺたい布団が敷いてあるとこで、ボルト止めされたベルトで一メートルばかししか動けない、枯れ木みたいに痩せたばあさんとかもビデオに出てた。
あれはつらいだろうと思う。
ビビった看護士だか誰だかが、そーゆービデオをガッチリ撮っていたのだ。
それを全国ネットに流されても、痴呆で自分や他人を傷つける危険性があったからだ、とかなんとか、半年以上バッくれていたあの院長も、相当な心臓の持ち主だと思うが、ついには逮捕された。
その話がさかんにニュースに出てたのって、いったい何年前のことだったろう。
母親の最期の頃の記憶がまだ痛かった頃だ。
病人って聞くと、他人ごとの気がしなかった頃だ。
閉鎖になった緑川病院からは患者が連れ去られ、だいじな医療器械とかも運び出されたけど、建物とかはだいたいそのままだ。
裁判がどうにかなるまで、証拠として残しておかなきゃならなかもしれないし、この不況で売りだしても買い手がないのかもしれない。
ウチの中学なんかよりよほどでっかい敷地に、ひらべったい病棟がふた棟、もとはそこそこ手入れされてたんだろう庭木はほったらかしで、そりゃ誰も電気代なんか払わないから夜になるとあたり一面真っ暗だ。
やばい病院なんかじゃないふりをしたかったせいだかなんだか、外の塀は別に高くも何ともないし、門のとこもガーッと大きく開いてて有剌鉄線が渡してあるだけだから、しのびこむのは超簡単。
捨てるのにカネがかかるようになった、テレビだの洗濯機だのを、不法投棄しに来るヤツや、ラブホに飽きた発情カップル、夜中じゅう家に帰らない不良の溜まり場とかには持ってこいだ。
けど……なにしろ、かなりひどいことが日常茶飯に行われてた場所ってやつだから……出るんだって。
じわじわ殺されたじいさんばあさんの怨霊ってヤツが。
盗んだバイクを乗り回してたやつが行方不明になったかと思ったら、ここから首ナシ死体が見つかったとか、その首が不法投棄の冷蔵庫に入ってたとか、伝説はすでにいろいろある。
他ならぬ、その現揚にいるいまはあまり詳しく思いだしたくない。
正義で賢いオンナたちは、当然こんなところには足を踏み入れるのはとことんイヤがる。
正義で潔白だったら怖いもんなんかなさそうなもんなのに。
結局無理やり派遣されたのは、エロ雑誌につい熱中しちまっていた男ばっか十一人だ。
ウチの中学のやつもいれば、よその中学のやつもいる。
塾とかで知り合いな同士もあったりするらしいけど、僕はほとんどのやっと今日はじめて会ったばっかりだ。
名前もちゃんとわからない。
覚えてない。
「感じる?」
「いる? なんか……」
「わかんねー」
病院の敷地のすぐ外で、みんなおっかなびっくり言い合ったりなんかして。
「いくらなんでもこんな真っ昼間っからは出ねぇだろ」
誰かがまくりかえしておいてくれた有刺鉄線の間をすりぬけながら、タカチが言った。
「こんなに気持ちよく晴れた日曜の午後だもん」
「どうかな」
A組のデブ広山には、みんなの通れる隙間が狭い。
「なにしろ敵はボケ老人だろ。
曜日とか昼夜の区別、ついてねーかも」
「全員がボケてたわけじゃないでしょ」
「ばーか。
したら余計やべぇじゃん。
家族団欒の日曜に、わしらだけこんなところに押し込めやがってぇ、この恩知らずどもがあ、って、すげぇ恨みまくってるかも」
「う、うちのおばあちゃんもホームに入れっぱなしなんだ……
こんど、遊びにいこうかな」
「あー。
もう、いいから早いとこやることやっちまって、トットと帰ろうぜ」
僕たちは病院の庭に居並んだ。
ひどいありさまだ。
門を通ってすぐの辺りにボロい家電とか、骨組みの出たソファとか、染みだらけの布団とか、コンピュータの残骸とか、スーパーの袋や昔の黒いゴミ袋にくるんだなんだかわけのわかんないもんが、しこたまテンコ盛りになっている。
「げー」
「すごい量」
「こんなの手に負えねぇよお」
ちょっと行ってみると、もとはまともに刈り込んであったんだろ庭木の間に焚き火の痕があって、周囲にはビールや酒の空き缶空き瓶、ポテチとかサキイカの袋、カップ麺の容器にコンビニおにぎりのラップ、吸殻とか煙草のパッケージとかもやたらある。
不良たちが涸まり場にしているウンヌンっていうのは嘘じゃないらしい。
そいつら、こんなとこにしか居場所がなのかなぁと思ったら、なんだかしみじみ悲しくなってきた。
覚悟きめて不良になっても、あんまり楽しそうじゃないんだもの。
将来がひとつ閉ざされてしまったなあっていう感じ。
どっから手をつけるか、とりあえず一輪車を入れるにはペンチかなんかもってきて、あの有刺鉄線を切ったほうがいいんじゃないか、とか、例の大学生に頼んでトラックで来てもらえないか、とか、みんなでちょっと話した。
正規のゴミ袋を持ってきてたやつらが、不良のほったらかし物件を黙々と拾いはじめた。
えらい。
正直いって、いくら軍手してても、あんまりさわりたくないものばっかりなのに。
この次は、ゴミはさみ用に、あの何ていうんだろう、でっかいトングみたいなやつ、持ってくるといいかもしれない。
まぁ運悪く次があるとしたらだけど。
僕もしょうがなく、まだしもキレイっぽく見えたカラーボックスを抱えあげた。
失敗だった。
雨に降られた時にでも濡れて腐ったのか、べしょっとなって、見た目よりよっぽど重い。
すごく持ちにくいけど、肩とかに乗せたら服が汚れるから、なるべくからだから離すようにして苦労して運んだ。
ウチじゃあ洗濯は僕の役割なのだ。
会社員やっているオヤジは通勤で毎日疲れきってるから。
デブ広山がゴミ山脈のそばにしやがみこんでるのが見えた。
「何してんだよ、働けよ」
「これイケるかも。
まだ動きそうだよ。
いっつあSONYだし」
広山のいもむしみたいな指がCDデッキのボタンを押した。
いきなり音楽が……エンヤらしい……少々歪みながら流れだした。
「おお。
いいねぇ、なごむねぇ」
通りすがる誰かが言った。
「へぇ。
まだ使えんじゃん。
なんでそんなの捨てるかな」
「新しいの買って置き場所に困ったとか」
「日本で一番高いのは住居費だからねぇ」
「別れた彼氏とかのプレゼントだったとか?」
「ここタムロってるやつらが持ってきたんじゃねーの」
「俺が見つけたんだ!」
広山はみんなを睨んだ。
「俺が!」
「あー、わかってるってば」
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