魔力に目覚めたので魔法学園に入学したんだけどどうしよう

神泉朱之介

第1話


「やる気あんの、おまえら?」


 いまどき珍しい黒縁メガネの大学生は、新聞社のロゴの入ったぺなぺなしたジャンパーで寒そうに腕組みをしたまま、そう言った。


「ないならさぁ、帰っていいよ。

 うざいだけだから」


 僕もタカチも、他の連中も、神妙な顔して黙っていた。


 目をあわせないように下を向いて。


 親とかキョーシとか同級生が相手なら、「んじゃどうも」とか笑ってさっさと逃げちまうとこだけど。


 よそのオトナは、何考えてるのかわかんないし、次に何をやらかすか予想がつかない。


 このヒョロヒョロが、実は柔道の黒帯で、沖縄拳法の有段者で、とかってことだって充分ありだ。


 逆らってバカを見るのが僕である必要はない。


 毎月第二日曜日はリサイクルの日だ。


 そうなんだそうだ。


 学校内や、近所のご家庭から不用品を集めてきて、市民ホールの駐車場で分類して、ゴミは捨て、カネになるもんは業者とかに引き取ってもらえるようにする。


 儲かったらどこかのなんとかに募金する。


 青少年の健全な育成にとても重要な集団課外活動の一種だ。


 自由参加のヴォランティアってことになっているけど、実際は、金束中学からは各クラス最低二名は出すのが、暗黙の了解になっているらしい。


 正月からこっち、受験が近づいた三年が免除な分、僕ら二年はクラスあたり最低四人にノルマが上がる。


 D組では、清掃委員の木山と、親友の川添のマジメ女子二名が、ずっと犠牲になってたらしく、ほんといって他の全員がそんなもんがあるんだってことすら完璧に忘れてた。


 昨日のホームルームで担任の上尾に、誰かあとふたり行ってくれると嬉しいんだけどな、と、例のおどおどした調子で言われるまでは。


 僕は上尾に弱い。


 無理やりひっつめた髪が天パでふわふわしてるのが三年前に死んだ母親にちょっと似てるからかもしれないし、美人でもないのにちっちゃなオンナのコみたいなやけにきれいな声をしているのが来るのかもしれない。


 上尾が教科書を朗読するとそこらの声優よりよっぽどカワイイ。


 おかげでなんだかよく聞いてしまって、結果、他はサッパリなのに上尾の国語だけはそこそこいい成績をつけてもらえたりなんかしたから、それで余計に(恩に来てるっていうか)弱いのかも。


 上尾の方も、僕が上尾をキライじゃなくてイザという時には味方になるはずだってことが、わかっているんだと思う。 


 わかってるからってそれを露骨に頻繁に利用したりはしないけど、時には使う。


 昨日だってさ。


 僕としては、他の連中の前でいいとこ見せるなんてぜったいにマズイから、自分から手ぇあげたりはしなかったんだけれど、まぁどうせ日曜なんてヒマだし、なんならやってもいいよって気配ぐらいは、にじみ出てしまっていたのかもしれない。


 上尾は、ひとわたりクラスを見回して、とほうにくれると、戸惑いがちにやがてこっちを見て、どうかな? ってちょっと小首をかしげやがった。


 僕はギョッとなったふりで椅子から背中を浮かし、僕?


 うそだろ。


 ちがうよな? って感じにあたりを見回した。


「染井くん、だめ?

 いい?」


「イヤそのべつに、ぜったいだめってことはないですけど」


「えらいぞフミサキ!」


 すかさずタカチのやつが囃したてた。


「これで内申書はバッチリだな!」


「あと一名、欲しいんだよね」


 上尾が言った。


 ムチャクチャかわいい声で。


「けっこう力仕事だから男子のほうがいいと思うの。

 高智くんも一緒に頼めるといいんだけどなぁ」


「えーっ? マジすか?

 ちっと待ってくださいよ、スケジュール確認しないと」


 芝居がかって学生手帳をめくりだしたタカチ。


 どうせヒマだろバカ、と口の中でだけつぶやいて、それから上尾のほうを向いて、僕は特別念入りに、ほんとこんなことってウンザリなんですからね、って顔をしてみせた。


「まぁめんどうだからこの際いいけど、ぜったい明日だけですよ。

 来月は誰か他のやつにやってもらいますよ!」


 そんなわけで、上尾の顔を立てるためには途中でクビになるわけにも行かないんだけど、僕もタカチも、ヴォランティア精神なんてもんはぜんぜんない。


 ただ、たまには運悪く犠牲になっちゃうってことも、集団生活の中では必要不可欠なことだからおとなしく参加してみただけ。


 大学生リーダーさまの期待するような「やる気」なんか最初からありっこない。


 とりあえずは、やりますよ。


 そこそこマジメに。


 目立たないぐらいに。


 だって早く終わったほうがいいから。


 さからったりすると余計なエネルギーが必要でもっと面倒だから。


 そしたら……坂の上のほうのどっかのマンションから、一輪車で運んできた古新聞古雑誌のヒモのほどけかかってやばかったやつをくくりなおしていた時、ちょっとエロいやつが出てきちゃったんだ。


 オンナが裸でなんかやらかしている写真が目に入ったら、十四歳男子、そりゃ手は止まるでしょう。


 あと他にどんなのがあるのか全部見たいもの。


 不自然に膨らんでる不動産の広告チラシをはがして見ると、出てきた出てきた。


 コンビニじゃ売らないようなヤツばかり。


 顔とかモロのあたりとかは、ボカされてたり黒くなってたりなんかが邪魔して一応見えなくなってるけど、やってることはすごいの。


 明るい部屋とか戸外で、フルカラーで。


 オンナは全員、全裸だし。


 まっぱだかのオンナが、縛られてたり、目隠しされてたり、おっぴろげさせられてたり、ふたりしてからみあってたりしてる。


 これでもかこれでもかってほど、いろんな種類のそーゆーのが、とにかく全部ゼンラで次々に出てくる。


 喉やおっぱいや太腿の肌の、びっくりするほどの白さ。


 握り締められてゆがんでる柔らかそうな肉。


 こんなにたくさん、こんなにすごいのを見たのは僕も初めてだったけど、タカチもそうだったらしい。


「やっべ……」


「オイこれ何やってんだ、わかるおまえ?」


 全部じゃ多すぎるけどいいのは持って帰ろう、それにはとりあえずどこに隠しとくのがいいか、とか、ひそひそ相談していたら、他の組のやつらがタンスかなんか担いで戻って来ちゃって。


 あとから考えるとバカなんだけど、そういう時、お宝発見を自慢したくなるっていうか。


 僕らがサボってる間に知らずにがんばってたやつらのご機鎌取りをしなきやっていうか。


 ご苦労さんホラせめてこれ見て元気だせよ、みたく、つい言っちまうのは、男の団結だと思う。


 結果、気がついたらどんどん男子ばかりの輪がふくれあがってて、善意のヴォランティア活動は完壁な中だるみ状態に陥ってて……当然予測がつくべきだったけど、正義で理路整然のオンナどもはこういうバカをよくは思わない。


 あんたたち何サボってんのよ、とか、何のために来てるんだか忘れてるんじゃないの、とか、イライラ声で言われてるぐらいのうちに、スンません見逃してください、って低姿勢に謝っておけばよかったんだけど、なにしろ雑誌の数も多かったし、次々にすんげぇポーズとかすんんげぇおっぱいとかが出てきちゃうから、みんな止まらなかった。


 僕らは最初からいたから、メボシイあたりはほとんど見ちゃったし、正直あんまりいっぱいあってゲップが出そうで、かすかな記憶だけでもとうぶんオカズには困らないし、いいかげんもういいやって気分だったけど、その立場で、まだ充分記憶に焼き付けてないやつらから取り上げるってのもかわいそうだし。


 不機嫌顔してんのがどっかの知らないオンナだったら、ビビって警戒するってこともありかもしれないけど、しょせんそこらのチューガクのそこらのオンナにすぎないし、あいにくとカワイイ子がぜんぜんいないのももうチェックずみだった。


 うっせぇブス向こう行ってろ!


 なんて、高飛車に怒鳴ったのは僕じゃない。


 キーキー文句言ってたオンナのどれかの同級生だろう。


 けどオンナどもは頭にきて当然チクリに走り、大学生のリーダーさまのおでましとなってしまったわけだ。


 そこで帰っていいよ発言が出てしまい、気まずい空気が漂ってしまうわけだ。


 困ったなぁ。


 こんなことになるはずじゃなかったのになぁ。


 僕らがまいっていると、


「帰っていいわけないでしょ!」


 名前を知らないし、覚えたくもないブスが、ここぞとばかりに言った。


「まだ予定の半分も終わってないんだよ。

 行くって連絡してあるおうちのひとたちは、回収希望品を用意して、わざわざ待ってくれてるんだよ。

 はやく行かないと、ずうっと待ちぼうけさせちゃって、申し沢ないでしょう?」


 正義で理屈っぽいオンナどもは、これに励まされたかのように、わかりきっていることを口々に指摘した。


「あんたたちがそんな態度だと、この次はもう協力したくないって思うひとだっているかもしれないよね」


「学校に文句の電話かけるかもしれないし」


「あんたたちのおかげでみんなの評判が」


「うっせえなぁ、もういいよ。わぁったー」


 タカチが大声を出した。


「んじゃ、回収いってきます。

 次どこよ? 急いだほうがいいのはどこなんだよ」


「緑川病院だな」


 大学生がなんだかにやりと笑ったみたいな気がして、ゾッとしたのは僕だけじゃないと思う。


 オンナどもさえ、ヒッ、とか言って、たがいにからだをくっつけあったりした。


「あそこの敷地に家電とか不法投棄するやつらが大勢いて、ご近所のひとたち、すごく 困ってるんだって。

 是非片付けてくれってリクエストが出てるんだ」


「そういうのって行政がやることなんじゃないんですか」


 一年坊主がまだキンキラした声で言うと、大学生は肩をすくめた。


「ギョーセーがほんとにしっかりやってくれてるんなら、俺ら、そもそもいらないだろ?」

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