第4話
帝都の灰色の空の中、大鳥に騎乗したアロイスはいた。遮る物もなく吹きすさぶ冷たい風が、彼の身体から体熱を奪っていく──重量と空気抵抗の最小化が重要視されている空騎士の軽装では、この厳しい冷気を完全に防ぐことはできない。
一方で、アロイスにとって、その冷たさは心地よくもあった。完全に澄んだ空気が肺を満たす。地上の帝都に堆積している淀んだ息苦しい空気は、ここにはない。
乗騎たる大鳥は、人の身丈を優に超える翼を優雅に広げ、アロイスの意のままに動いた。ほんの少しの手綱の動きと乗り手の重心移動に応じて、この空で最も貴い猛禽は右へ左へと旋回する。
この空にいる間は、空騎士と大鳥だけの世界であり、そしてこの世界においては全てが思うがままに操作できる。空騎士の根本原理。すべては物理的法則であり、物理的法則以外のものは存在しない。明瞭で、間違いがなく、不規則のない世界──
ふと、大鳥が警戒するような鳴き声を発した。
眼下に広がる帝都の街並みは、精巧な模型のようにも見えた。その一角に、蟻の群れのような人だかりができているのを、大鳥は見つけ、教え込まれている通りにそれを空騎士へと伝達したのだった。
アロイスは大鳥へと、急降下の合図を出した。
何事かと地上に降り立ってみれば、意外なことに、それはアロイス自身とかかわりのあることだった。
人だかりができていたのは、読売屋であった。年賀競鳥開催と出場者についての報せが、飛ぶように売れていたのだ。今日がちょうど公表日だったらしい。
「なあ空騎士さん」と、群衆の中の一人が厚かましくも声をかけてきて、その出場者情報を見せてくる。「この競鳥は、だれが勝つと思う? 空騎士さんから見て、この中で一番の乗り手は、誰だい?」
アロイスは呆れた。
「あのなあ。おれたち空騎士は予想行為に関わるのは禁止されてんの」
「でもよお。この面子じゃあ、去年までと全く違うじゃないか。これじゃあ予想もなにもできないよ」
これまでであれば──オルゴニア帝国皇帝の治世であれば──年賀競鳥の出場者は、主に空騎士の家門や身分によって決定されていた。
しかし、前回までの出場者は、今となっては戦死したか、投獄されているか、帝都を追放されている。そのため今回の競鳥の顔ぶれは、去年までとはがらりとかわっている。そして、その中にはアロイスとカミルの名前もあった。
「──とにかく、余計な騒ぎを起こすんじゃない! 散れ、散れ!」
アロイスはとりあえず、その場にいた群衆を解散させた。
おれだったらカミルの単勝に全部をつぎ込む、とアロイスは思った。もっとも、空騎士が競鳥に賭けることは禁止されているため、これは単なる空想に過ぎないが。
実力でいえば、アロイスとカミルの二人は他の空騎士よりも抜きんでており、そしてカミルの技能がわずかにアロイスを上回っている。この前提条件がある以上、十中八九、カミルが優勝するという結果に帰着する。それが方程式の解なのだ。
年賀競鳥の出場自体は限られた者にのみ与えられる栄誉であるが、鍛錬の一環としての模擬競争については、アロイスとカミルにも経験があった。
高所から横並びで発走し、定められた距離にある柱を回って、戻ってくる。最初に入着した大鳥の騎手が優勝。乗騎が入着するより前に騎手が地面に足を着けた場合は失格──たったそれだけの単純な競争であるが、単純であるがゆえに、大鳥を操る乗り手の技能の差が如実にあらわれてくるのだ。どこまで力を温存してどこで勝負を仕掛けるのか、進路の位置取りはどうするか、柱を回る際にどの空中機動を用いるか──ひとつひとつの細やかな技巧と判断が、結果的には、覆しがたい着順の差となる。
実際、過去の模擬競争においても、カミルは常に最優秀の成績を残していた。
年賀競鳥でもカミルが優勝だ、とアロイスは思った。おれはおそらく僅差の二番手だが、最後までその差を埋めることはできない。『護民卿』がカミルに賞杯を授与するのを、おれは拍手しながら見守ることになるのだ──
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