04
この辺りで、おれたちがこの屋敷に来てからの行動を一度おさらいしておいた方がいいだろう。
おれと先生がここに到着したのは、今から二時間ほど前の夕刻のことだ。玄関で出迎えてくれたのはミツヨさんと、それから主人である大助氏、そして園子さんだった。そう、このとき大助氏はまだ生きていたのだ。
応接間に通されたおれたちがミツヨさんと話をしていると、少しして園子さんが手ずからお茶を運んできた。それから何だかんだと話し込んでいる間に、朝から降っていた雪がどんどん勢いを増してきた。天候の心配をしていたところで、慌てた様子のお手伝いさんがやってきたのだ。急いで三階の秋夫氏の部屋に駆けつけると、そこに大助氏の遺体があり、冬彦氏と春子さんがその傍らに立っていたのだった。
「応接間に現れたとき、園子さんは出迎えのときと同じ訪問着を着て、髪型も整えていた。直前に人ひとりめった刺しにしてきたにしては、些かきちんとしすぎているように思えるな」
先生の言う通りだ。高級クラブのママさんか? というくらいビシッと決めて現れたので、おれは内心(先生を見に来たな……)と思ったものだ。ご存じのとおり先生はインチキだが、見た目はかなりいい。今すぐ映画に出演しても大丈夫そうなくらいよろしい。当然モテる。
「春子さんはその間ひとりで自室にいたらしいから、彼女に関してはアリバイなしだな。冬彦さんの方はよくわからないが……」
「そういえば先生、冬彦さんとは話してないんすか?」
「あいつ、絶対俺のこと警戒してるだろ。面倒なんだよそういうの」
うん、まぁ、それは先生が胡散臭いからでしょうね。たぶん。やっぱり冬彦氏には経営者の素質があると思う。少なくとも、人を見る目はありそうだ。
「冬彦さんの弱点がわかれば、そこをつつくんだが……」
思わずいやらしいなぁ、とぼやきそうになって、慌てて口をつぐんだ。
「そ、そういえば先生、ミツヨさんとは改めて話してないんですか?」
「話が長くなりそうだからな……下手すると大助さんのことまでナントカの祟りと言い出しかねん。そういえばさっきのお手伝いさんにも会ったが、彼女はまだここに来て日が浅いようだな。この家の人間関係にはあまり関わりがなさそうだ」
「じゃあ、シロですかね」
「とはいえ、この人もなんとなく胡散臭い気がするんだがな……」
「先生の類友センサーが反応してるってことか……」
「おい、類友ってどういう意味だ?」
まずい。絞められる――と、幸運なことに、ちょうどそのとき客間のドアがノックされた。
ドアを開けると、そこにいたのは春子さんだった。
「うぇ~い先生、今だいじょぶ~?」
「あれ、ファルコンじゃん、どした~?」
「ファルコン!?」
またタメ口だし、それどころか変なあだ名で呼んでいる。だから何で短時間でそこまで打ち解けられるんだ……さすがはインチキ霊能力者・禅士院雨息斎、恐るべきコミュ力である。
「怖いから来ちゃった~えへへ」
こんなときでも春子さんはホワホワしている。
「いいの~? ファルコン、叱られるんじゃないの~?」
「へへへぇ。で、どう先生? 秋夫兄の幽霊とか出たぁ?」
春子さんは勝手にベッドサイドから椅子を持ってくると、先生の隣に座ってしまった。
「あれ? お父さんじゃなくて、秋夫さんの方なんだ?」
「うん。だって秋夫兄さ~、死んじゃう前に何かすごい悩んでるっぽかったからぁ、自殺じゃないかと思っててぇ。理由とかもわかんないままだし、なんかそういうひとって化けて出そうじゃん? まぁ警察は事故って言ったみたいだけど~」
軽い。これが素なのかもしれないが、内容に反してあまりに口調が軽いよ。ファルコン。
それはともかく、彼女の証言は気になる。もし秋夫氏が自殺するほど重大な問題を抱えていたとしたら、それは今回の事件にも関係があることかもしれない。こと家族の問題で悩んでいたとすれば無視できない。
「え〜そうなん? そういうの助かる〜」
「お、お役立ち情報だった? うぇ~い、あざーす」
先生が春子さんの口調を露骨なほど真似るので、話の内容とは裏腹に、雰囲気だけは異様にフワフワしている。
「ところでファルコンさ〜、こんなとこで油売ってていいの〜? さすがに冬彦さんの手伝いとかあるんじゃない?」
「あー大丈夫大丈夫〜。会社のことはたぶん冬彦兄が全部やっちゃうからさ〜。そういう系のひとだからぁ」
「へー、大変じゃない? 冬彦さん」
「まぁ秋夫兄が死んじゃってから超ピリピリしてるよね〜。仕事の引き継ぎとか色々あったっぽいし〜?」
おれはちょっと心配になってきた。会話の内容はともかく、こんなノリで大丈夫なのだろうか? 事件を解決するとか以前に、不謹慎だと叱られるような気がしてきた。
「そういえばファルコン、最初に大助さんの遺体見つけたのって、ファルコンなの〜?」
先生の口調があまりにフランクかつフワフワなので、殺人事件の話をしている感じが一切しない。
「ううん、冬彦兄。冬彦兄、幽霊の声のこと実は結構気にしてたかんね~」
春子さんはいかにも可笑しそうに笑い声をたてた。
「え〜? 意外なんですけど〜」
「でしょ〜? あの冬彦兄がねぇ。でも実際秋夫兄が死んじゃったあと、よく秋夫兄の部屋に出入りしてたよ〜」
おれも意外だ。冬彦氏は幽霊を信じそうなタイプには見えない。秋夫氏の部屋に出入りしていたのは、何かほかに理由があったのではないだろうか……と考え出すと、今度はにわかに冬彦氏が怪しく思えてきてしまった。
もしや後継者の座を急いで手に入れようとした冬彦氏が、兄と父親を手にかけたのではないだろうか? 遺体の第一発見者というのも犯人っぽいポジションだし……。
いや、とおれは首を振った。すぐに結論に飛びつこうとするな。さっき先生に言われたばかりじゃないか。
「ちな、ファルコンはそのとき何してたの〜?」
「へへー、実はあたしも、秋夫兄の部屋でお化け撮れないかな〜と思って、部屋にいくとこだったんだよね〜」
「マジで? 勇気パないな?」
「えへへ〜、ワンチャンバズらないかなーと思って。そしたらドアが開いてて、中から真っ青になった冬彦兄が出てきてさ〜」
ファルコン、図太い。
彼女の話をまとめると、まず冬彦氏が大助氏の死体を発見し、それから春子さんがそこにやってきた。その後、外を通りがかったお手伝いさんも死体を目撃、そしておれたち四人が呼ばれたということらしい。春子さんが見たときには、大助氏はすでに血まみれで動かなくなっており、一目で緊急事態だということがわかったという。
「そっか〜、ファルコンありがとね〜」
「どもども〜。まぁあたしの印象だけどぉ、パパって最近、冬彦兄とギスギスしてたんだよね〜。だから何っていうんじゃないけど一応ね〜?」
ファルコン、爆弾発言多くない?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます