禅士院雨息斎のクローズドサークル劇場

01

 ここは日本有数の大金持ちの邸宅でありながらなぜかめちゃくちゃ山奥に建っている洋館――山野奥やまのおく一族の本宅である。いかにもミステリー小説に登場しそうなその山野奥邸で、本当に事件が起こった。主の山野奥大助だいすけが、屋敷の一室で死んでいるところを発見されたのだ。

 大助氏はカーテンの開いた窓の傍で、背中から血を流して倒れていた。何者かに背後から刺されたらしい。どう見ても他殺としか思えない死体だった。

「早く警察に通報しなければ!」

 一通りの驚愕のあと、いち早く我に返った山野奥家の次男、山野奥冬彦ふゆひこが大声を出した。しかし室外ではおあつらえ向きの大雪が吹き荒れており、山野奥邸に向かう道が通行止めになっているという。通報はしたものの、警察はすぐには来られないようだ。

「あなた! ああ、こんなことが起こるなんて……!」

 そう言って両手で顔を覆ったのは、大助の妻、園子そのこである。

「え〜っ、外出られないのぉ? じゃ犯人もまだこの家の中にいるってことじゃない?」

 長女の山野奥春子はるこが叫ぶ。「無理むり、超こわいじゃん!」

「ええい、騒ぐでない! 犯人なら大助自身に教えてもらえばいいのじゃ!」

 そう言ったのは、被害者の母親である山野奥ミツヨである。迷信深く、トラブルが起こるとすぐに「ナントカの祟りじゃ!」などと叫ぶ癖がある。

「ちょうど今、我が屋敷にすごい霊能力者の先生をお招きしておる。この方のお力を借りるのじゃ!」


 ――この話を黙って部屋の隅で聞いていたおれ、柳祐介やなぎ ゆうすけは思わず「はっ!?」と素っ頓狂な声を上げ、一同の注目を集めてしまった。

 何を隠そう、おれはその「すごい霊能力者の先生」の助手であり、今日もその手伝いのために付き添ってきたのだ。

 おれの横に堂々と控えているのがその先生である。年はまだ三十歳をいくらか過ぎた位だが、その姿には謎の威厳があった。背が高く、俳優のように整った顔立ちをしていて、黒っぽい和装がよく似合う。

 ただものでないオーラを漂わせたこの男の名前は禅士院雨息斎ぜんしいん うそくさい。今評判の売れっ子イケメン霊能力者である。

 だが助手であるおれは知っている……この男、霊能力などかけらもない、インチキ霊能力者なのである!


(やばいっすよ先生!)

 おれは先生ことインチキ霊能力者・禅士院雨息斎に――インチキだが一応先生と呼んでいるのだ――ほとんど口の中でしか聞こえないような声で話しかけた。先生は異様に耳がいいので、こんな声でも結構聴きとってくれるのだ。

 すっかり動揺しているおれと違って、腕を組んだ先生は涼しい顔をしている。さすが歴戦のインチキ、まず面の皮が分厚いのである。ポーカーフェイスはお手の物だ。

(先生、急に霊視とかできないでしょ!?)

 そう、禅士院雨息斎の霊視は当たると評判だが、何のことはない。事前にリサーチし、現場ではその優れた聴力とコミュ力を発揮し、あとはハッタリで押しまくるのだ。実はおれは元々役者志望で、しかし全然才能がなくて今に至っているのだが、先生はそのおれよりも格段に役者の適正がある。現に今もおれの囁きを無視して、涼しい顔をしている。

「というわけで先生、何とかお願いできんじゃろうか?」

 ミツヨさんが白くなった頭を下げる。インチキ霊能力者に多少金をつぎ込んでもまったく問題ないほどの大金持ちとはいえ、老人を騙すのは心が痛む……。

「息子の無念を晴らしたいのじゃ! この通り!」

(ちょっとちょっと、どうするんすか先生!)

 しかし次の瞬間、雨息斎さんの口から出てきた言葉を聞いて、おれは耳を疑った。

「いや気持ちはわかるけどね、ミツヨちゃん。これちょっと難しいよ」

 ミツヨちゃん!? タメぐち!?

「えー。何でじゃ?」

 ミツヨちゃんも怒らないのかよ! フランクにも程がある!

「うん、息子さんの魂は今、肉体から強引に引き離されて混乱してるからね。交信するのが難しいんだよね」

「そういうもんじゃろか」

 おれは改めて禅士院雨息斎の恐ろしさを思い知った。この屋敷に到着してから一時間弱、そんなに仲良くなるタイミングがあったか? ついさっきまで「大奥様」とか呼んでたはずなんだけど……これがいわゆるコミュ強というものなのだろうか? おれにはわからない。

「そういうわけで、ちょっと時間もらっていいかな? 助手と打ち合わせするんで」

 一同がぽかんと見守る中、先生はぐいぐい話を進める。

「いいよー。ちょうど隣が客間なのじゃ」

 コミュ強のおかげで、ひとまず作戦会議はできそうだ。


 隣の客間に通され、ドアが閉められた次の瞬間、おれは先生にチョークスリーパーをかけられた。格闘技の有段者だけあって、その手並みは無駄に鮮やかだ。

「柳ィ! いちいち話しかけてくるんじゃない! 怪しまれたらどうする」

「あががががが」

 先生はおれを解放すると、高そうなソファに腰かけた。殺人事件を目撃した直後だというのに涼しい顔をしている。やっぱり肝が太い。

「で、どうするんですか先生……」

 おれは先生の向かいの席に首をさすりながら座った。先生はさっきまでの涼し気な顔はどこへやら、顔をしかめて露骨にイライラし始めた。

「どうもこうも、適当なところに話を落とすしかないだろ。ま、一番いいのは解決してみせることだが」

「ええ……元々依頼されてた件だって片付いてないのに……」

 おれは深いため息をついた。

その時ドアがノックされ、「失礼いたします」と言いながら中年女性がコーヒーを運んできた。この屋敷のお手伝いさんである。

「お客様がた、寒くはありませんか?」

「大丈夫です。どうもありがとう」

 俳優ばりの笑顔で礼を言う先生は、さすがに切り替えが早い。そしてお手伝いさんが出て行くと、その顔から一瞬で笑顔が消えて「ああ、あの件か」と仏頂面に戻り、何事もなかったかのように話を続けた。

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