第24話 ダブルデートしない?

 会計を終え、店を出ると、篠生川と二人きりになった。

 相馬とユーキはまだトイレに行っているようだ。

 篠生川はいたずらっぽい笑顔を向けてくる。


「花巻先輩って、小羽ちゃんのこと好きですよね?」


 あまりに唐突すぎる質問に思考が止まる。


「は? え? 急になんだよ」


「へ~、じゃあ小羽ちゃんにバラしちゃおかな?」


 すまし顔で切り返される。

 何なんだコイツは。

 さっきまで小動物みたいだったのが、今や一転して小悪魔という感じだ。


「ふーん、無言ですかぁ。あたし、不良ってもっと怖いんだと思ってたんだけどなぁ」


「あ?」


「たぶん小羽ちゃんは花巻先輩のこと好きですよ?」


 ……は!?

 耳を疑う。だが、篠生川は冗談を言っている風ではなかった。


「それは間違いだ」


 ユーキが花巻に向けている感情は『憧れ』であって『好き』ではない。


「まあいいですよ。ただそうやって花巻先輩が嫌がり続けたら、心変わりしちゃうかもですけど」


 嫌がっているわけじゃない。

 花巻がもしユーキに対して恋のコの字を少しでも見せてしまったら、きっと憧れる思いも踏みにじってしまう。

 つい最近だってユーキの前で不良を貫けなくて格好悪いところを見せてしまった。


「もし花巻先輩が小羽ちゃんのお願いを全部聞いてあげたら関係が進展すると思うんだけどなぁ」


「うるせぇ。俺はあいつの気持ちに応えてやってる」


「ふーん。まあいいけど」


 スッと距離を置いた矢先、相馬が帰ってきた。

 篠生川が相馬の腕に肩をくっつけ、ごにょごにょと二人で密談を始める。

 少し遅れてユーキも戻ってくると篠生川が「ねえ」と会話を切り出した。


「ダブルデートしない?」


「「デートじゃない」ッス!」


 花巻とユーキはハモりながら返事する。


「ムキになんないでよ~。一緒に遊ぼうってだけじゃない?」


「そうそう。俺、結城さんに悪いことしちゃったし、そのお詫びも兼ねてさ、ね?」


 篠生川の提案を後押しするように相馬が口添えした。

 そこまで言われると無碍にはしにくいものだ。

 花巻はユーキの視線を感じてその方を向くと目が合った。


「俺は構わんぞ」


「まあ、そういうことならしょうがないッスね」


 今日は一日ユーキに付き合うと決めていたのだ。

 合格祝いも兼ねて、日頃学校で会うのを控えていた反動というのもある。

 それより何より、引っかかってる言葉を確かめたい。


『たぶん小羽ちゃんは花巻先輩のこと好きですよ?』


 篠生川の思い過ごしに決まってる。

 でも、本当にそうだったら良いのにな、と思う自分もいるわけで。

 確かめるには恋人同士の二人と一緒に行動するのが一番だと考えたのだ。



 ◆



 まずは流行りのアパレルだ。

 さすがユーキと言うしかないのだが、店員が率先して話しかけている。

 顔もスタイルも良く、お店が売りたい服を着れる逸材なのだろう。


「えっと、じゃあ、試着してみるッス」


 まあ、本人の対人スキルはゼロなので言われるがままだ。

 試着パーティが始まる。


 一着目は清楚なワンピースだ。淡い色合いの布地がユーキの肌に優しく寄り添い、そよ風になびく度に優美な波紋を描いた。デザインはシンプルだが、繊細なレースが施され、くらげのような儚くも美しい存在感を際立たせている。


「どうッスか?」


 レースの箇所を恥ずかしそうに手を覆いながら、試着室の前で待機していた花巻たちに問いかける。


「良い」


「さすが結城さんだね。とても似合ってる。一足早く夏が来たのかと思ったよ」


 二着目は無骨なジャケットだ。モノトーンのジャケットとシンプルなブラックのスキニージーンズを着こなしている。そのジャケットのデザインは、スラリとしたスタイルの良さを明確にさせていた。


「どうッスか?」


 タイトなジーンズが体のラインを出していないか気にした様子で、問いかけてくる。


「良い」


「驚いた。クールな装いも最高だよ。都会の闇を支配する女王なのかと思ったよ」


 三着目はボーイッシュなセーラーカラーだ。飾りボタンのワンポイントが可愛らしいトップスである。夏らしい軽やかなパンツは機能性を重視しながらも、ユーキの脚を美しく引き立てている。


「どうッスか?」


 パンツの丈の短さを気にしつつも今までよりはもじもじしていなかった。


「……良い」


「素材の良さが活かされているね。というか何を着てもよく似合ってる」


 そんなやり取りをしていると、隣の試着室がバッと勢いよく開いた。

 妖精みたいな女の子――篠生川が居た。


「あたしはどう?」


 彼女の着ていたのは甘い系のコーデだ。淡い色合いのピンクやラベンダーが繊細に織り交ぜられている。髪は長く美しく、自然なウェーブが揺れ、まるで森の中を舞う風のように優雅な動きを見せていた。


「良い」


「良いね」


 それから二着目、三着目も見せられるのだが、どれもこれも甘い系だった。というか三着目はロリ系で、本人の小柄さも相まって小学生くらいに見えた。まあ、本人が選んだわけだし、これで良いのだろう。


「良い」


「良いね」


 相馬の饒舌も限界のようで、それに対して篠生川は明らかに機嫌を損ねている。

 四着目のために試着室にこもったのを境に、花巻は相馬に耳打ちする。


「『良いね』以外に言ってやれよ」


「花巻先輩も同じじゃないですか」


「俺に服の良し悪しが分かるか」


「なら俺だってああいう系の良さは分かんないですし」


「分かんないのかよ、付き合ってるのに」


 シャッと威嚇するように試着室のカーテンが開いて、仏頂面が出てきた。


「なにか話してた?」


「別に。それより、あーやは何を着ても可愛いね」


 そんな一言で、仏頂面は愛らしい人形にコロッと様変わりした。


「え~! そう思ってたなら、もっと言ってよね~!」


 それから相馬は篠生川に連れられてレジへ向かった、「可愛い」を連呼しながら。

 後から出てきたユーキが花巻の前に立つ。


「あにき、今日はこれを着てても良いッスか?」


 三着目のセーラーだ。ボーイッシュで昔のユーキと今のユーキの良いところがミックスされたような出で立ちである。

 ああ、もう、かわいすぎる!

 しかしそんな気持ちを表に出すわけにはいかない。


「ああ、良い」


 そっけない返事をした。

 ユーキはふふっと笑みを浮かべ、「買ってくるッス」とレジへ向かった。

 残された花巻は店の外で待っていようとすると、思い切り足を踏みつけにされる。


「いっ!?」


「あのさぁ、『良い』以外に無いんですかぁ?」


 篠生川が咎めるような声を出しながら目の前に出てきた。


「ねえよ」


「女の子が男子に褒められた服をその場で着て行くなんて、どう考えても『好き』ってことですよ?」


 そうなのか?

 いや、そういうものかもしれない。

 だけどそうだとして。


「あいつに限って俺を好きなワケないだろ」


 篠生川がイラついたため息を吐いた。

 店からユーキと相馬が戻ってくる。

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