第20話 セーラー服に1つオプション付けるなら何が良い? それはエプロンかな。
その意味はすぐに分かった。
ユーキはそそくさと立ち上がり、居間の横に据えられた台所に立つ。
壁に掛かったエプロンを「借りるッスよ」と一声かけて、制服の上から身につけた。
「どうッスか?」
制服エプロン姿だ。
その場でくるりと回ってみせた。
「文句のつけようが無いほどの可愛さだが?」
「そっ、そうじゃなくて! おかしくないか聞いたッス!」
「へ? おかしくないと思うぞ! うん!」
ユーキの顔が真っ赤になっていたが、たぶんそれはこっちも同じなのでおあいこだ。
先ほどまで喧嘩をしていたとは思えない一転ぶりである。
しかし、それこそ腹を割って話した証拠だ。
「それじゃ、ぼくがあにきの朝ご飯を作ってあげるッスよ」
「ユーキ、料理できるのか?」
そうは見えないけど、この不健康少女はお金持ちのお嬢様だ。
じゃなければ世話係のメイドや黒服のボディガードがつくわけがない。
で、お嬢様ならば料理はメイドに任せてるのではないかと思うのが普通だろう。
「一応、一通りの家事は仕込まれたッス。料理、洗濯、掃除、裁縫、家計簿、着付けとか何とか」
「そんなに。苦労してきたんだな」
「そッスよ~、結城家の女たるもの……っていいか。冷蔵庫の中身、使っても良いッスか?」
「ああ。ただ、ウチは俺も親も料理をしないから、ロクなもの入ってないと思うぜ」
台所の流しは乾燥途中の皿の一枚も無い。
傍らのゴミ袋には惣菜のパックや菓子パンの袋、そして缶ビールが入っているのが見える。
ユーキは冷蔵庫を開け、「あー」と納得したように頷いた。
「ほぼ酒のつまみッスね。でも充分これで料理はできるッスけど、怒られないッスか?」
すると、奥のふすまが開き、寝間着姿の母が顔を出した。
「怒らないわよ~。おはよう、結城ちゃん」
「おはようッス!」
「結城ちゃんの分も食べていって良いからね」
「あざッス! さゆりさんの分も朝ご飯作るッスよ」
「あらあら、ありがと~。私はあとで食べるわね」
スパンとふすまが閉じられた。
いつの間に母と仲良くなっていたんだろうか。
何度か家に上がり込んでいるので顔見知り程度だと思っていた。
「ユーキは見ないうちにすごい成長してるんだな」
「不肖ながら結城小羽はまだまだ成長中ッス」
小さいガッツポーズをした。
こころなしか胸を両手で挟む形になり、さらに腰で結ぶタイプのエプロンだからか、膨らみが強調される。
今まで気づかなかったが、けっこう胸もあるみたいだ。
いったいどこまで成長するんだ。
胸のデカい女がタイプなので、もしそうなったら辛抱できないだろう。
ちょうど腹も鳴った。
「まだ食べられないッスね~。もう少し待つッスよ」
「楽しみだ」
ちゃぶ台を挟んで、どっかりと座り、ユーキが台所でせかせかと料理する姿を眺める。
跳ねるボブカットとか、小さい背中とか、真っ白い膝裏とか。
見るとこ全部が可愛らしい。
そうこうしているうちに、いかにも朝ご飯らしい香りがしてきた。
たしかこれは白米が炊けた時のむせ返るような芳醇な匂いだ。
そこに味噌の香ばしい湯気が合わされば、幸せな空気が満ちてくる。
「出来たッス!」
振り向きざまに、にっこりと笑顔を見せた。
「早いな」
それから目が合って、意図が伝わる。
「運ぼう」
今まで座ってるだけだったのが途端に申し訳なくなる。
だが、料理など花巻には出来ない。
料理を運ぶのだけは手伝った。
「それにしてもちゃんとした朝ご飯だな」
ちゃぶ台には2人分の朝ご飯が並ぶ。
流し場には母の分も用意してある。マメな奴だ。
さて、メニューは白いご飯に味噌汁、小鉢が2つというラインナップ。
「早く食べるッスよ。いただきます!」
「お、おう。いただきます」
いただきます、なんて言ったのは何ヶ月ぶりか。
しかもユーキにつられて手を合わせてしまい、こんな食べ方は小学生以来だ。
正面を一瞥すると、ユーキが食べずに目を光らせていた。
「あんまり見るなよ。食いづらいだろ」
「えー! あにきの食べるところ見たいッス」
なんでだよ、と思いつつ渋々と味噌汁のお椀を持ち上げ、口元に近づける。
出汁の香りを感じた時、舌の上に唾液が溜まっているのに気づいた。
ごくり、と喉を鳴らしてシンプルなお椀に口をつける。
熱すぎず、ぬるくもない。ぐいっと、すする。
ずず、と音が鳴った。トロッとした汁だ。口に味噌のなめらかな塩味が広がる。
箸で具ごと掻き込むと、塩気のある味噌に白ネギの甘みがマイルドに合わさった。
豆腐のつるりとした食感も嬉しい。
再び、ずず、とすする音。朝の静謐な時間にその音だけが聞こえる。
初手の味噌汁を先に半分もやってしまった。
「うん」
うまい。特別な味噌汁だとは思わないが、気になる点が何も無い。
これをユーキが一人で作ったのだから賞賛に値する。
正面へ視線を戻すと、不安げに目をしばたかせて、おずおずと口を開いた。
「あの、どうッスか? ぼくの味噌汁」
「うまいぜ」
「ほんとッスか! はぁ~、良かったぁ!」
心の底から安心したように、胸に手を当てた。
それから、ふふっ、と笑みを浮かべたのを見て、花巻は目をそらし、白米を掻き込む。
ユーキと一緒に暮らしたらどうなるか、妄想してしまった。
「これだけ絶賛なら毎朝つくるッス!」
それはもはや新妻なのでは。
しかし、片手でVを作るのはまだまだガキくさくて安心する。
これがもう少し成長して大人っぽくなったら、自制できるか心配だ。いや、マジで。
「それは楽しみだな……、はは」
もうしばらくはユーキにとって憧れの兄貴でいなきゃならない。
ユーキが自分に頼らなくとも生きていけるようになったら、その時は告白しよう。
花巻は心のうちに気持ちを仕舞っておくことにした。
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