第16話

東京に戻って一年が経った頃、私が会社を辞めた後、東京に戻っていることを知った由梨枝から連絡があり、丸の内で夜ご飯を食べることとなった。

あの日からなんとなく、由梨枝に連絡するのを避けていた自分がいたのは自覚している。でも東京に戻って多忙な毎日を過ごす中で、時折終電に間に合う時間に帰れた時に見上げる高層ビルの煌めきは、私に東京人たる自信を取り戻させていた。


一年ぶりにあった由梨枝はいつもと変わらないオーラを纏っていて、黒のタイトスカートに白いブラウスを合わせ、ジャケットを羽織っていた。足元には7センチくらいのヒールのパンプス。黒のバックが夜の高層ビルの光を纏って、やけに輝いて見えた。細いグラスにスパークリングワインが注がれてからは、2人でこの一年間であった出来事を語り合った。採用から配置換えとなって、社内の人事異動などを担当していること、社内でも浮いた存在になっている社員が本当にいることに驚いたこと、総務課が”サナトリアム”と呼ばれ、いろんな部署でいろんな理由で心を病んでしまった人を一時的に隔離する部署になっていること、でも本当になんとかしないといけないのは社内で浮いている人に行かせる場所がないことなど、採用することより採用した後の方が大変なんだいいながら、いつの間にか追加で頼んでいた赤ワインのボトルの栓を開けていた。私も転職してから今日までの話をしながら、注がれる赤ワインを見つめていた。それでも東京に帰ってきてよかったと由梨枝に打ち明けた。すると、純粋な顔をして由梨枝が問いかけた。


「「まだ東京以外には住めない〜」とか言ってるの?」

ワイングラスを揺らす由梨枝の声に、小さな棘が胸に刺さった。言葉にはしないが、その棘は意外と深かった。「そんなことないけど」とつぶやき、赤ワインを飲み干して誤魔化した。ムッとした自分を必死に隠そうとするけれど、つい表情が引きつっていたのがわかる。

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