第4話

東京へ旅立つとき、自宅から空港まで向かうバス停で母親は泣き出してしまった。父も泣きそうな顔をしていた。その泣き顔を背中にバスは走り出した。桜も散らしながら、空はどんよりとした鉛色の色彩で、私を見下ろしていた。


大学は思ったよりつまらなくて、大学生活は夜だけが生き甲斐だった。アルバイトは授業の空いた時間だけ、代々木にあるウサギカフェで働いていて、つまらない人間の生活を埋めることで生きるウサギへの給餌とつまらない人間の給仕で、わずかなお金をもらっていた。それでも生活は苦しくなかった。

牛込神楽坂のワンルームの家賃は両親が支払ってくれていたし、大学生の一人暮らしなのに、新卒社会人の初任給くらいの仕送りを貰っていたので、遅れそうな時は平気でタクシーを使ったり、1人1万するようなご飯屋さんに行くことに全然抵抗はなかった。


数回参加したサークル活動は、幼い同学年と無遠慮な距離感に辟易し、すぐに足が遠のいた。

昼はウサギカフェのアルバイトと学校と、夜は神楽坂でおよそ宮崎にはなかった名前のパスタと少しのお酒を嗜んだ後、スーツを着た社会人が千鳥足で駅まで歩く様子を遠目で眺めながら過ごす日々だった。


ご飯屋さんで出会った人とお付き合いすることも何度かあった。メガバンクや総合商社など、高給とされる彼らは、いつも小綺麗にしていてギラギラと輝いていた。彼らも自分の価値を疑っていなかったし、自分に無関係な事柄は例え目の前で人が飛び降りたとしても、そのまま2杯目のハイボールを注文できるような無関心さを備えていた。


大学に入って2番目に付き合った人は、裏神楽にある古民家風の居酒屋で出会った人で、彼が私に聞いた「出身は東京?」という問いは私の自尊心をくすぐった。自称東京出身を始めたのはこの頃からだった。

そんな彼らが私を通り抜けていき、私もまた彼らを通り抜けて、東京を知っていく。大学生から見た社会人は、年齢差はほとんどなくとも、全く東京人であった。


そんな彼らと夜を重ねることで、少なくとも東京という街における市民権を得た気にさせ、そして大人の世界に仲間入りをしている充実を覚えさせた。更に私を夜の神楽坂へ向かわせるには十分だった。ネイビーストライプのスーツを着た社会人が語る未来の話に頷きながら、私はただ、自分が消費されるだけの存在になっていく気がしていた。結局得られたのは駆け抜けていく女子大生というブランドが、少しずつ社会の中に消費されていく感覚だけだった。憧れた東京人にはなりつつあったのかもしれない。

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