第四章 『イオマンテへの道』
秋の気配が漂い始めた頃、村は大きな出来事を迎えることになった。狩人たちが、子熊を連れ帰ってきたのだ。
「フレペ、お前に大事な役目を任せたい」
村長のエカシが、真剣な面持ちで語りかけてきた。
「子熊の世話をする係。お前ならできると思う」
フレペの心が高鳴った。研究者としての記憶が、イオマンテの重要性を理解していた。しかし、実際に子熊の世話をすることの意味は、また別のものだった。
檻の中の子熊は、まだ小さかった。不安げな目で周りを見回している。
「心配しないで」
フレペが優しく声をかけると、子熊は少し落ち着いた様子を見せた。
それから毎日、フレペは子熊の世話に励んだ。餌を与え、話しかけ、時には子熊と遊ぶこともあった。研究者としての視点からは、これは「供犠」の準備期間と理解していた。しかし、実際に子熊と過ごす中で、その理解は大きく変わっていった。
「この子は、キムンカムイ(山の神)の使いとして、私たちの元に来てくれたのよ」
母の言葉に、フレペは深く頷く。これは単なる儀式の準備ではない。カムイとの大切な対話の時間なのだ。
日々の世話を通じて、子熊との絆は深まっていった。最初は警戒していた子熊も、今ではフレペを見ると嬉しそうに近寄ってくる。
「フレペ、よくやっているな」
エカシたちも、その様子を温かく見守っていた。
やがて、イオマンテの日が近づいてきた。フレペの心の中で、研究者としての知識と、実際の体験が激しくぶつかり合う。
「私たちは、決して命を粗末にはしない」
母が静かに諭すように語りかけた。
「キムンカムイの使いを、立派に送り出す。それが、私たちに与えられた務めなのよ」
その夜、フレペは子熊と共に過ごした最後の時間を大切にした。
「また会えるよね」
囁くような声で語りかけると、子熊は柔らかな目でフレペを見つめ返した。
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