【小さじ1と半分】閉店後の居酒屋

 学校や病院。沢山の人間が出入りする施設には、人の想いが多く集まります。

 それが心霊現象に繋がる……なんて話、皆様も一度は聞き覚えがあるんじゃないでしょうか。

 勿論、私も聞いた事がありました。



「本当にそういうもんなんですかね」


 そう私がいぶかしがると、アバ崎さん(仮名)は目を大きく開きました。


「そういうもんなんですって!飲食店だってそうなんですよ?」


 アバ崎さんは、アルバイト先で知り合ったパートさんでした。当時の私より年上で、色々な飲食店での勤務経験がありました。


 これは、そんな彼女から聞いたお話です。




 まだ二十代だった頃、アバ崎さんはチェーンの居酒屋でアルバイトをしていました。

 今よりも遥かに景気の良かった時代です。毎日お客が押し寄せ、閉店作業が日付けを跨ぐのは当たり前。シャッターを閉めて外に出ると明るかった……なんて事も多かったそうです。


 閉店作業は、いつも決まって社員一人とアルバイト一人でした。今ならなかなかブラックなお話に思えますが、昔はこうしたお店も少なくありません。



 その日の閉店作業も、いつも通り二人だったそうです。

 店長が厨房で締め作業をする傍ら、アバ崎さんはその近くのレジで現金をまとめていました。


 雑談に花を咲かせていると、会話の流れが怖い話へと変わっていきました。


「飲食って出るからね、基本的に」

「またまたー……止めて下さいよ店長」


 そう断言した店長に、アバ崎さんは吹き出しました。ですが、床を流す手を止めた店長は、至って真顔です。


「いや、これマジだから。この店にたまたま出てないだけの話だよ」

「え、じゃあ他の店ではあったんですか?」

「あったよ、他県だけど凄いお店もあったね」


 どれだけ笑いながら返しても、店長は淡々と応じます。その雰囲気が、返って本当なんだと伝えてきていて、アバ崎さんはどんどん怖くなっていったそうです。


「…ちょっと、もう止めましょうよ。私を怖がらせて楽しんでます?」

「違うよ、俺はただ本当の話をしてるだけ。人が集まるところにはさ、やっぱり出るんだよ」


 そう言った後、店長はデッキブラシで床を流し始めました。

 いそいそと普段どおりに作業する店長に、アバ崎さんは少しイラっとしたそうです。


 さんざん怖がらせといて、どういうつもりなんだこの人は。


「でも、うちの店には出ませんから安心ですね!」


 少し大きな声でそう返した時でした。


 ピンポンピンポンピンポンピンポン


 それはコールボタンの音でした。表示を見ると、一番奥の個室からです。


 一気に血の気が引いたアバ崎さんを放っておいて、店長は一目散にホールに出ると、問題の個室へと歩いていきました。

 そして、レジから一歩も動けないでいたアバ崎さんの元に戻ってくると、薄ら笑いで言ったそうです。


「ね?飲食、出るでしょ?」




「で、結局どうしたんです?」


 そう訊いた私に、アバ崎さんは笑いました。


「どうもしませんよ?そこから普通に三年働きました」


 そのお店で怖い思いをしたのは、その一度きりだったそうです。

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