【小さじ1と半分】気配

 既にお分かりの通り、前述の彼女には少なからず霊感がありました。


 二人で出掛けようとしていた朝、「やっぱり今日は止めとこ」と険しい顔をする事もあれば、買い物帰りに、普段とは違う道を無言で遠回りした事もありました。

 勿論、私は霊感など持ち合わせていない為、「ふーん」ぐらいにしか思っていませんでした。


 そんな彼女が、ある朝、とてつもなく不機嫌でした。「寝てる間にベッドから蹴落としたりしたのかな」などと思い、問いただして聞いたお話です。



 私のアパートで二人で寝ていると、いきなり目が覚めました。時計を見ると午前3時過ぎ。

 「誰かに起こされた」という感覚が強くあったそうですが、当然、私と彼女以外には誰もいません。

 なんだか嫌な気分になっていると、すぐに視線を感じたそうです。


 当時私が住んでいたアパートは、六畳二間でした。奥のひと部屋を寝室に使い、玄関により近い方の部屋にはテレビがありました。

 視線は、そのテレビのある部屋からだったそうです。


 目をこらしてみても、真っ暗ないつもの部屋があるだけです。ですが、視線だけはしっかりと、それも異常なほど強く感じたそうです。


「うわ、これヤバいかも」と思った矢先、視線が彼女に近付いてきました。

 視線が近付く……というのもおかしな風に聞こえますが、そうとしか言い表せない感覚だったそうです。


 向こうの部屋から寝室側へ。真ん中にあった小さいテーブルを超えてベッドの傍まで来た時には、視線が中年の男のものだという事が分かったそうです。


 姿形はまるで見えません。ですが、気配がそう教えてくれたとの事でした。


 怖さでもう全く身動きが取れなくなっていた彼女に、視線はもうすぐそこに迫っていました。

 そして、彼女の顔に向けて、中年の男の気配は、はぁー…っと吐息を吹きかけたそうです。



「そこで怖すぎて多分気ぃ失って、気付いたら朝」


 むくれる彼女の話に鳥肌を立てながら、私は聞きました。


「そ…その時さ、俺ってどうなってたの?」

「いびきガーガーかいて隣で爆睡してたよ!だから腹立ってんの!!」


 そう吐き捨てられて、クッションで乱打されました。

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