☆追憶1 出会い

月光亭の看板が、夕闇にぼんやりと浮かび上がる。


カルカソンヌの街を歩きながら、アキラはズキズキと痛む頭を押さえた。


(……やっぱり、あのモンスターを倒してからずっと調子が悪い)


まるで何かが脳内で暴れているような、不快な感覚。


疲労とも違う、記憶の奥底を無理やり掻き回されるような違和感が続いていた。


(とりあえず飯だけ食って、さっさと寝るか……)


そんなことを考えながら、彼は宿の扉を押し開けた。


「いらっしゃいませ、月光亭へようこそ!」


カウンターの向こうで、中年の店主が笑顔を向けてくる。


宿の中は、温かい灯りに包まれ、テーブルには数人の冒険者たちが食事を取っていた。


酒の匂いと、ローストされた肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「アリアから聞いてると思うけど、一泊分の部屋を頼んでる。とりあえず飯を先に食わせてくれ」


「おや、アリアさんの知り合いの方ですか?」


店主が微笑む。


「そんな感じだ」


店主が奥へ消えていくと、程なくしてスープとパン、そして焼きたての肉が運ばれてきた。


「おお、うまそうだ……」


アキラはスプーンを取り、スープを一口飲む。


温かい液体が喉を通り、胃に染みわたる。


(……うん、悪くない)


スープをすすりながら、肉を頬張る。


しかし、どうも頭痛が邪魔をする。


(くそ、早く寝たい……)


夕食を手早く済ませたアキラは、店主から鍵を受け取り、宿の二階へと上がった。


部屋の中は、必要最低限の作りだった。


シンプルな木製のベッド、窓際には小さな机と椅子。


暖炉はなく、壁にはランプが取り付けられているだけ。


しかし、ベッドがあるだけで十分だった。


(……寝る)


アキラは何も考えずにベッドに倒れ込んだ。


心地よい沈み込む感覚。


意識が、徐々に暗闇へと沈んでいく。


場面が変わる。


アキラは、夢を見ていた。


それは、まるで第三者視点で映像を眺めるかのような明晰夢。


自分自身の記憶を、遠くから見ているような感覚だった。


目の前には――


古びた木造の建物。


そこは、なぜか見覚えのある場所だった。


(……孤児院?)


夢の中のアキラは、周囲を見渡した。


室内には、10人ほどの幼い子供たちがいる。


彼らは楽しそうに笑い、部屋の隅では金髪のシスターが微笑みながら彼らを見守っていた。


そして、その中に――


14歳のアキラがいた。


(……俺だ)


夢の中のアキラは、自分自身を眺めながらぼんやりと思った。


14歳のアキラは、部屋の奥のテーブルに座っていた。


その隣に座っているのは――


蒼い髪の少女。


(あれは……アズール……?)


今よりも短めのストレートヘア。


むっつりとした不機嫌そうな表情。


小柄な体に、白みが目立つ清潔な孤児院の制服を身にまとっていた。


記憶を失っているはずなのに、アキラは彼女を『』。体と心が訴えて来る。彼女は間違いなく幼い頃のアズールで、ロケットペンダントに入っていた写真の子だ。アズールの事を認識すると、自然とアキラの頭に燻っていた違和感が少しだけ溶けて消えて行った。一部ではあるが思い出せた、のかもしれない。


「なぁ、ちょっとくらい話そうぜ?」


14歳のアキラが話しかける。


しかし、蒼髪の少女――10歳頃に見える幼いアズールは、そっぽを向いたまま答えない。


「……うるさい」


ボソリと呟くだけだった。


(あー、そうだったな。最初はこんな感じだった。……最初は?)


夢の中のアキラは懐かしさと記憶が混濁しているような違和感を覚えながら、その光景を眺めていた。


この頃のアズールは、他の孤児たちとはまるで関わろうとしなかった。


彼女にとって、周囲の子供たちはただの存在にすぎなかったのだろう。


しかし、14歳のアキラは違った。


彼は、一目見た瞬間に悟っていた。


この子は、圧倒的に頭がいい。


そして――魔法の才能を持っている。


それを確信したからこそ、彼はこうして彼女の隣に座り、話しかけているのだ。


「そんなこと言うなよ。俺、お前と話したくてわざわざ来てんだからさ」


14歳のアキラは、ニヤリと笑う。


幼いアズールは、頬を少しだけ赤く染めながらもぷいっと顔を背ける。


「……バカみたい」


(……可愛いな、昔のアズール)


夢の中のアキラは、そんなことを思いながら、二人のやり取りを見つめていた。


そして、運命の瞬間が訪れる。


「ねぇ、お前さ……魔法使えるんだろ?」


「……」


幼いアズールは、一瞬だけ目を見開いた。


「……なんで、そう思うの?」


「なんとなく?」


14歳のアキラはニヤリと笑う。


「俺、天才だからな。なんでも分かるんだよ」


「……バカみたい」


そう言いながらも、幼いアズールの頬が再びわずかに赤く染まる。


(……なるほど、この頃からだったな)


「まぁ、俺の方が強いけどな」


「……なんて?」


アキラが煽ると、幼いアズールの目が鋭くなる。


「お前、魔法使えるんだろ? でも俺の方が強いと思うぜ」


「……ふん。なら、確かめてみる?」


幼いアズールは、スッと立ち上がった。


彼女の手には、小さな魔力が灯る。


(……懐かしいな)


夢の中のアキラは、懐かしさを感じながら、その光景を見つめていた。


そして――二人の魔法勝負が始まる。


――そこで、夢が途切れた。


アキラは、瞬間ハッと目を覚ました。


「……なんだ、今の夢」


懐かしすぎる、そして記憶を失った体と頭に流れ込んでくるような光景だった。


アズールとの出会い。


彼女との魔法勝負。


(そういや、俺、どんなきっかけであの孤児院に行ったんだ……?)


頭の奥が、ズキズキと痛む。


アキラは、再び目を閉じた。


そして、再度深い眠りへと落ちていった――。

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