【プラントピア二次創作】朝顔の日記

ももぱんだ

第1話

『こんにちは! 今日も外は良い天気で、ちょうどよく温かい日差しがさしています。一年中こんな日が続くので、今がいつなのか忘れちゃいそうです。

 でも、世界樹を見ればわかります。

 播種が毎日のように起こる芽の季の十二日。蟲時計からすると、翅の一刻。

 もうすぐ播種が始まります。播種は光の粒がとってもきれいで、いつ見ても飽きません。新しいスケッチができたら、この手紙に同封しようかなと思います。

 それはそうと、今日は新しい仲間が見つかったんです!

 ちょっと変わった花人で――』


 花人――身体の至るところが『咲いて』いる、かつて地球にいた人間に近い姿をした存在。ある日突然「咲いて」地上で生き、いつかは枯れて花になる。再び花人として咲くことができるかは、花人次第だ。

「結局、そういうことなんだよね?」

 花人たちの暮らす、大木を利用した施設「学園」。ここに暮らす唯一の人間であるハルは、最下層にある『月の花園』を前に世話係のアルファへ尋ねた。

 花壇の花に水をやるアルファの頭に咲いた桜の花から、ほのかな香りが漂う。彼はハルの問いには答えない。代わりに、花壇に咲いた蒼い花を見つめている。細長い葉の隙間から小さな蒼の花が寄り添うようにいくつも咲いている。

「ワスレナグサのベルタ。『赤い流星』を見て、帰らなかった花人――だったよね」

 ハルはアルファの隣に座って、蒼の花を見る。小さな花がアルファの撒いた水と太陽の光を受けて光った。ハルは胸元のポケットに挟んだ栞のリボンに指をかける。

 ふと、アルファが顔を上げた。桜の花が肩にかかり、さらりと音を立てる。青い空に薄い色の花弁が映えた。

「新しい花人……?」

 つぶやくアルファ。ハルは目を見張って、ハルの手を引いて立ち上がった。

「何? 新しい花人って? 花人の誰かからの連絡? 外から来るなんてこれまでなかったよね?」

 目を輝かせながら、ハルは上の階に向かって駆けだした。繋がれたままに手に引かれ、アルファも彼女の後を追う。


 学園長室の前には、極彩色をした人型の群れ。様々な香りが、彼ら花人でないハルでもむせ返りそうなほどあふれていた。

「誰々? なんの花人?」

 チューリップ、パンジー、ハイドレンジア、アネモネ。

「全然見えない! きっと中だよね!」

 スノードロップ、ウィスタリア、ゼラニウム、ノウゼンカズラ。

 花人たちに押されながら間を縫い、潜り抜け、なんとか人だかりの中心までたどり着いた。ベッドや水道が設置され、ここだけで暮らしていけそうなほど設備の整った学園長室の中心である。そこで、二人の花人が話をしていた。片方は見慣れた赤い髪に赤い瞳――学園長ナガツキだ。かすかに甘い香りが漂っている。

 それより、ハルの関心は隣で話を熱心に聞いている花人の方に向けられていた。ツタの巻き付いた足に、鳥の足跡のような三又の葉、そして先が開いた丸い形の青い花。ハルには紋様蝶に記録されていた情報の中にあった、ラッパのような形に見えた。

「みんな。探索班からの情報はもう知っているかもしれないが、改めて紹介しよう。彼は新しくこの学園の仲間になる朝顔の花人だ」

「はじめまして。皆、よろしく」

 白く輪の入った、青紫の長髪がなびく。葉とツタとラッパの花が混じったそれは、風に揺れる。彼は穏やかな微笑みを浮かべているが、髪と同じ白い輪の入った赤紫の瞳は凛とした光を放っていた。

「きれいな花人だね、アルファ」

 ハルは隣の桜色を見上げた。当のアルファは、興味なさそうに目を逸らしている。以前ならついてくることすらなかっただろうが、今はこうしてハルの隣にいてくれる。

「それじゃ、彼の教育係は――ハル。そろそろ学園での生活にも慣れてきただろうし、どうかな?」

「……へ?」


 朝顔の花人に制服を与え、学園の中を案内する。彼は目を輝かせながら、一つひとつの設備や道具の説明を聞いていた。それから学園での生活、『プラント』の歩き方、そして剪定者たちの存在。

「危ないから、外にはまだ行っちゃ駄目だよ」

 ハルは最後に訪れた月の花園で、朝顔の彼に言って聞かせる。植物の世話に戻ったアルファと植えられた色とりどりの花を交互に見ながら、朝顔は瞬きを一つ、黄色いチューリップを指さした。

「ここに植えられた彼らは、その剪定者によって手折られた者たちなのか?」

 それは――。

 ハルは少し寂しそうに笑う。目線だけよこしたアルファは何も言わない。ハルもまだ、それ以上、伝えられることはなかった。

「そういえば、自己紹介がまだだったね。あたしはハル。あっちで仕事をしてるのが桜の花人のアルファだよ」

 ちらっとアルファが手を止めて、こちらを見た。朝顔の彼は軽く頭を下げる。

「君は? 変わった匂いがするけれど」

「あたしは人間なの。昔いたはずの、最後の人間」

「へえ」

 いつのまにか傾き始めた日の光に照らされた青い髪がかすかな風になびいた。オレンジ色に照らされたその青が先の方から褪せ始めていることに、まだハルもアルファも気づいていない。


「ここが今日から君の部屋だよ。……あれ?」

 ハルが異変に気付いたのは、彼を部屋まで案内し終えた時だった。明らかに彼の髪の色が退色しているのだ。彼の髪や足に巻き付いたツタも同じように萎れかかっている。

 両断されたチューリップの姿が、鮮明にフラッシュバックした。

「ど、どうしたの⁉ ここまでの間に、なにかあった?」

 ハルは彼を備え付けのベッドに座らせた。後ろからついてきていたアルファは、ドアの脇で腕を組んだまま、彼を見据えている。桜の香りが強く部屋に広がった。

 ハルは彼の手を取る。冷え切った彼の手から、少しずつ力が抜けていくのを感じた。

「見た限り、僕のように一日で枯れてしまう花人はいないんだね?」

 微笑む赤紫の瞳は、なお鋭い光をたたえている。

「どうして? どうして、こんなに早く? 花人の寿命は長いはずでしょ? それなのに、どうして――」

「ねえ、ハル。僕の名前は?」

 取り乱すハルの言葉を、青い彼は遮った。ハルは口をつぐむ。

「人間の君にも名前があって、他の花たちにも名前があって。僕の名前はあるのかな?」

「えっと。ごめんね。実は私、学園長みたいに名前を付ける才能とかなくって」

「――そうか」

 彼はベッドの上に倒れ込む。目を閉じれば、青い色が髪の先からどんどん抜けていく。ハルの手からするりと白い手が抜け落ちた。

「もし次に会うことがあったら今度こそ、名前を呼んでほしいな」

 ほんの少し微笑むと、かすかな香りを残して彼の身体は消えてしまった。


 一日のうちに新しい花人が来て、その日のうちに枯れてしまったという事件は、学園中に衝撃をもたらした。青紫色をしたラッパ型の花は、今は『月の花園』の片隅に植えられている。らせんの形の蕾が一つ、月明かりに向かって伸びているのがハルの頭にこびりついていた。

 さらなる衝撃が訪れたのは、次の日の早朝のことだった。

 花人たちのあわただしい足音で目を覚ましたハルは、腫れぼったい目を無理やり開ける。

「何かあったの?」

 近くを通りかかった花人を呼び止め、目を両手で無理やり開きながら尋ねる。

「何悠長にしてるんだよ、ハル! 昨日の朝顔、もう咲いたぞ!」

 ハルは目を見張る。急いで身支度を整えると、最下層の花園へ走った。

 そこにいるのは、細いツタと、鳥の足跡の葉と、青紫のラッパの花があちこちに咲いた姿。長く風になびく青紫の髪と、凛とした赤紫の瞳をした朝顔の花人だった。昨日初めて会った時と何も変わらない。アルファに手を取られて花壇をまたぎ、顔を上げて開いた口からは彼に初めて会った時と同じ調子と同じ言葉が。

「はじめまして。皆、よろしく」

 当然といえば当然の話。出会ったのは昨日であったとしても、今の彼は今日「生まれた」のだから。昨日と同じ穏やかな微笑みを浮かべて、彼は花人たちに笑いかけた。

 どよめく花人たち。ハルはノートに少し手をかけてからにっこりと笑い、朝顔の花人の前に歩み出る。

「はじめまして! あたし、ハルっていうの。こっちはアルファ」

 アルファが握っている方と逆の手を取り、彼の手をひいて歩き出す。

「あたし、貴方の教育係を任されたの! まずは、学園長室に案内するね!」

「よろしく、ハル」

 朝顔の彼の手がアルファを離れ、ハルの手に繋がれる。アルファは瞬きをし、仕事に戻ろうと彼女に背を向けた。

 服の裾が引っ張られる。

 振り向いてみれば、ハルがアルファの服の裾を握っている。ほんの少しだけ震える彼女の手に、ハルはため息を吐いて二人の後を追いかけて歩き出した。

ナガツキに朝顔の花人のことを報告する。彼の突然の死と再生については、ナガツキでも良くわからないらしい。その日はひとまず、初日と同じように再度学園の中を案内した。

そして彼は、日の入りと共に再び花の姿に戻ってしまったのだ。

「ねえ、ハル。僕の名前は?」

 初日と同じ質問を残して青紫と赤紫の花をつけた植物に戻った彼を、ハルはアルファと共に見送った。

『それから毎日、朝顔の花は咲いては枯れてを繰り返しました。そのたびにあたしたちは彼を迎えに行って、同じルートを通って学園を案内するんです。

あたしは他の場所を案内したい気持ちもあって、毎日アルファに抗議してます。でも、まずは同じでも彼を混乱させないようにした方がいいって。だから、毎回喧嘩ばっかりです。

他の花人たちも始めのうちは物珍しそうに見に来てましたが、慣れてきちゃったのか今は迎えに行くのはあたしとアルファだけです。

でも、毎日彼はちゃんと同じ時間に咲いて、同じ場所で同じように反応して、目を輝かせて。なんだかだましてるみたいで申し訳なくなってきます。

そんな毎日が過ぎて、十日くらい経った今日――』


朝顔の姿が消えた。


ほんの少し、目を離した瞬間の出来事であった。ハルは学園中を探し回った。外を見回る探索班も彼の姿を探すが、朝顔の香りは花人の中でも弱いようで捜査は難航した。

「どうしよう。もう日が傾いてる。沈む前に見つけないと、危ないよ」

「ハル! いたぞ!」

 アルファに連れられてきたのは、月の花園の花壇。青い髪の端がほんの少し褪せた、ラッパ状の花はしゃがんで花を眺めていた。

「ねえ、ハル」

 彼は黄色いチューリップの花びらに指をかける。

「もしかして、僕のような花人は多いのかな?」

「どうしてそう思うの?」

「案内に慣れているように見えたから」

 青い髪から、ほのかな夏の香り。すっと、息と共に強い朝顔の香りをハルは吸い込んだ。

「じ、上手だった? うれしいなあ! あはははー……」

「まるで、僕の反応を何度も見たことがあるかのようだった」

 赤紫の瞳がハルを見つめている。この十日ほど毎日のように見せる好奇心旺盛な表情から一転、理知的な光をたたえた瞳だ。ハルはたじろぐ。

「やはり、僕はここにいたんだね? そして君に同じ説明をさせた」

「それは」

「教えてくれ。僕はどんな奴――」

 桜の香りが強くなる。

「そこまでにしてやれ」

 アルファが朝顔の彼の肩を叩いた。彼は腕を放して数歩、後退り。いつのまにかハルの腕は跡になってしまうほど強く握られていたのだ。

 腕をさすりながら、ハルはうつむく。胸ポケットの栞のリボンに指をかけて深呼吸。小さく震える身体を押さえつけて、彼へ微笑んだ。

「大丈夫だよ、アルファ。貴方もごめんね。だんだん慣れてきちゃったのが出てたのかも」

「いや。僕こそすまない。力加減を間違ってしまった」

 頭を下げる彼の髪は夕日のあたたかな色を受けながら、先から少しずつ色褪せ初めている。ハルはアルファを見上げた。不安げな表情の彼女へ、アルファは息を吐く。

「お前のやりたいようにすればいいだろ」

 肩をすくめるアルファを見て、ハルはぱあっと表情を明るくする。

 そして、朝顔の彼に向き直った。

「ちゃんと話すよ、朝顔……ううん。ダボーグ。貴方は朝日と共に咲いて、夕日と共に枯れて花に戻る毎日を続けているの。この学園に来てもう十日ほどになる」

 赤紫の瞳がゆっくりと見開かれた。小さく開いた唇から吐息が漏れていった。

「ごめんね。もっと早く、ちゃんと打ち明ければよかった」

 ハルは申し訳なさそうに眉を寄せながら笑う。朝顔の花人――ダボーグは首を振り、眉根を寄せた。

「いや。つまり僕は、十日も君たちに同じことをさせていたわけなんだろう? すまなかった」

「それはいいの。なんだかんだ、楽しかったし」

「だが、それだと君をずっと縛りつけてしまう」

 ダボーグは、ハルが指をかける栞の青いリボンに目を向ける。瞬きをしてから、彼は自身の花を一つ手に取った。

「頼みたいことがあるんだ。僕の部屋に連れて行ってくれないか?」

 彼の青い髪から色が失われていく。足から力が抜けて座り込むダボーグに肩を貸し、ハルは彼を部屋に連れていった。

 新しく用意された彼の部屋は、今なお備え付けのものの他にはものがない。ダボーグは簡素な部屋の中心に置かれたテーブルに、先ほど取った花を活けた器を置いた。

「うん。これできっと、大丈夫。あとは、僕が枯れたら鉢植えはこの部屋に置いてほしい。良いかな?」

「わかった。アルファにも伝えておくね」

 彼は微笑むと、目を閉じた。ハルはダボーグをベッドに寝かせる。青い髪はほとんど色が抜けて、萎れたツタはほとんど茶色に変色していた。

「ハル。名前を付けてくれてありがとう。嬉しかった」

「アルファやナガツキに手伝ってもらったんだけどね。意味は『めぐる太陽』なんだって」

「そうなんだ。良い、名前だ」

 ハルは拳を握る。

「……決めた。アルファたちがなんて言ったとしても、明日こそ貴方に違うところを案内する」

 ダボーグの紫の瞳から、雫が落ちた。うっすらと紫に色づいたそれが、枕に色を付ける。

「ありがとう。楽しみだ」

「うん。だから、また明日!」

「ああ。また」

 そう言って、彼は花の姿になった。空に伸びるツタに茂る緑の葉、ラッパの形をした青紫と赤紫の花――。

 入口で様子を見ていたアルファが、部屋の中に入って来る。彼は何も言わす、ハルに鉢を差し出した。蒼い花を鉢植えに植え直した時を思い出しながら、ハルはアルファと共に朝顔を植えて支柱を立てると、紺色の空が広がる窓際に置いた。


 次の日。

 日が昇るよりも早く、ハルは部屋を飛び出した。目指す場所は、ダボーグの部屋。

 一つ窓を通り過ぎるたびに、空が白んでいく。遠くに佇む世界樹が浮かび上がって、プラントの一日が始まった。

 ドアを勢いよく開ける。

 そこには、足にツタが巻き付き、鳥の足跡のような葉がついた、ラッパ状の花が青い髪に咲いた姿。赤紫の瞳がゆっくり開くと共に、大きく息を吸いこむ音がする。

 テーブルに置かれた青紫の朝顔から紫に色づいた雫が零れ落ち、ほのかな夏の香りがした。

「おはよう、ハル」

 ダボーグはハルに笑いかける。窓から差し込む朝日に彼の笑顔が映えた。

 ハルは満面の笑みを浮かべて、彼に駆け寄った。


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