第75話
「さて」
竜人の力を借り、俺は気を引き締めた。
「封印か討伐か、それははっきりさせたほうがいい。曖昧な判断が許される相手ではない」
ゼアットがそう云う。魔王とは、小器用に立ち回ることができる相手ではない。
「お前らはフロイに何かしら因縁があるようだが、我らは、我ら一族の安寧がため魔王を討つ」
そしてゼアットはユーリップを見た。勝ち気で無邪気な夜の女王は、血気盛んな竜人族の若者に満面の笑みを返した。
俺はユーリップの目脂を取ってやった。無抵抗なのは可愛いが、美人なのに本当に隙が多い。
「本音を云わせてもらえば、フロイの身体は旧知の人間のものだ、できれば取り返したい」
「そこの蝙蝠女はどうだ。あれは恋人とか、そうしたものではないのか」
ユーリップは眉間に皺を寄せしばらく考えた後、云った。
「フロイはわらわのすべてじゃ」
わかっていたが俺は消沈する。ユーリップの倫理観ではそれは悪いことではないのかもしれない。いや、それ以前に、ユーリップは俺のことなど餌袋くらいにしか思っていないのかもしれない。いやいや、そもそも……
「……ざん、カザン!」
「あ、ああ」
「どうした、ぼうっとして。これでも軍議、首を刎ねるぞ。さあ約束しろ、ここにいる面々の命を最優先に考えるため、魔王は討伐する」
ユーリップはこっくりとうなずいた。
「いいのか、君のすべてなんだろう?」
「すべてじゃが、この世はわらわのものではない。フロイはこの世を壊す」
俺はユーリップの横顔を見て、ひとり混迷の沼に陥る。
「わかった」
俺はゼアットにそう云った。せっかく取り付けた協力をふいにすることはできない。
「よし、それでは先ず、ネロドマイガを追う」
「行き先がわかってるのか?」
ゼアットは鼻を鳴らして死肉のあるところだと云った。今このあたりでもっとも死者がいるところと云えば。
「キューネイか」
ポポタマはデアデフイの手を引く。盲目のようだが杖も使わない。
「目は見えているのですか?」
「いえ。人一倍鼻が利くのです」
俺は馬に跨り、ユーリップを引き上げた。
「俺たちは空を飛んでいく。キューネイで落ち合おう」
ゼアットは見る見る緑竜に変身した。続いてポポタマは青い竜に。そしてデアデフイは赤銅色の竜に。
もう竜にはなりたくないと、ダンジョンで嘆いていたのを憶えている。しかしこれは生存を賭けた戦い、悲嘆で命は繋げない。
「トガ……」
フロイを討伐する。そのための武器はいま、大きな皮翼を広げて青空を飛んでいる。
「ユーリップ。フロイを倒す」
ユーリップは俺の腹に回した腕に力をこめる。
「どいつもこいつも、どうしてわらわに訊くっ? どうして、わらわの許可がいる?」
それは。ユーリップとフロイに、とても深い繋がりを感じるからだ。
「カザンはわらわの他に、誰かを好きになったことはないのか?」
「ない」
俺はくだらない嘘をつく。背中でユーリップがもがーとか、ぶへーとか喚いている。
「ならばこれからは、わらわのみ見ていよ」
「なに云ってる、他の女を見ていたことなんてない」
「へ。あの暗い女忍者はなんじゃ」
「ベノンか。いい子だよ」
ムキーと甲高い声。からかうつもりはなく、ベノンも今はいない。俺は正直に云った。
「料理を教えていた」
「んむ?」
「作ってあげたい人がいるんだそうだ」
「ほほー」
柔らかい月の光。
走る馬と飛ぶ竜。人と吸血鬼、竜人三人。
キューネイが見えてきた。
料理人でもわかる、崩壊した町から耐え難い瘴気が立ち昇っている。
緑竜が速度を上げ先行してキューネイに向かった。青竜と赤竜が手前で着地する。俺は馬を降り、ハミを外して自由にしてやった。
「もう乗らんのか?」
「巻き込まれては可哀想だ」
「カザンは優しいのう」
地面が鳴った。
町に降りていた緑竜が垂直に飛び上がったのが見えたその途端、砂嵐のような土煙とともに魔王ネロドマイガがその姿を現した。
ドラゴンはどんな動物よりも大きな身体をしているが、ネロドマイガはそれをさらに凌駕する。生き物にとって身体の大きさは強さだ。
「カザン、離れていよ」
ユーリップも前に出る。その表情は固く結ばれているが、恐怖を感じているようには見えない。
俺が守る、など云えない。云えるわけがない。俺は後ろに走り、背の高い杉の木に登った。
ネロドマイガは伸び上がり上空の緑竜、すなわちゼアットの尾を掴んだ。その長大な腕に青竜、すなわちポポタマが組みつき牙を立てた。
緑と青の竜が、不死の魔王の周りを飛び交う。ネロドマイガは蝿でも追うような仕草を見せた。
ゼアットがネロドマイガの鼻に噛みついた。払おうとする巨木のような腕にポポタマが絡みつく。
デアデフイが吠えた。二頭の竜は不死の魔王から離れ、赤竜は火を吐いた。まるで火山の噴火のようだ。山のような巨躯を誇るネロドマイガも、絶えず吹きつけられる怒涛の勢いの炎に、その動きを止めた。デアデフイが炎を吐くのをやめたその一瞬の間隙を縫い、ゼアットが地を這うように近づきネロドマイガの腕を食いちぎり、吠える。ポポタマも近づき、足に噛みつく。
一対一では敵わずとも、こうして連携して崩していけば、力量が上にある魔王だろうとも光が差す。
「ユーリップ!」
月光の中、夜の女王は蝙蝠の翼を広げた。
ネロドマイガの洞窟のような目や口が、美しき吸血鬼の方を向く。
ユーリップは首を傾げ、そのままネロドマイガに弾き飛ばされた。
「ユーリップっ!」
思わず俺は杉の木から飛び降りる。逃走を図ろうとするネロドマイガを、再びの地獄の業火が襲う。圧倒的熱量に、ただの人間である俺は息も絶え絶えだ。
どうにかユーリップを抱き抱え、安全と思われる位置まで運んだ。
ゼアットが吠える。
ポポタマの竜語の魔法詠唱の、最後の一文が山間の小さな国にこだました。
ネロドマイガは勢いよく地べたに臥した。
めりめりと嫌な音が聞こえる。まるで土砂崩れの前触れのようだ。
長い時間を要する、ポポタマの竜魔法が静かに結ばれた。
轟々とおめき、不死を司る魔王ネロドマイガが、地面に平たくなって潰死した。
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