第74話

 ユーリップは辛そうにしている。俺は以前のように血を与えようとしたが、空腹ではないと拒んだ。


「風邪か? 吸血鬼が風邪ひくかわからないけど」


「フロイに口を吸われた時から、どうにもいかん」


 俺は奥歯を噛む。平静を装い、ユーリップに尋ねる。


「前から聞こうと思ってたんだけど。ユーリップにとってフロイってのは、どんな存在なんだ?」


 ユーリップは眉頭を上げた。


「どんな? あれも魔王でわらわも魔王。いや、知り合った頃はわらわは魔王ではなかったがの。あやつ、吸血鬼というのを初めて見たと云っておった。気に入ったから、魔王にしてやると。どうもこうもないぞ、カザン。それだけじゃ」


 俺の質問の意図など伝わらない。ユーリップが誤魔化しているとも思えない。それでいい。


「ゴシャとは、どういう魔王なのか、わかるか?」


「ゴシャ、のう」


 ユーリップは小石を蹴飛ばした。よくわからないようだ。ちなみにゴシャは、キューネイで見て以降、俺のもとに姿を現していない。


「いやだめだ、魔王討伐に魔王の力を借りてどうする」


「いやいや、わらわも魔王ぞ」


 俺は鼻を鳴らす。ユーリップは別なのだ。面倒くさいし、色々残念仕様だが、悪さはしない。そんな区分けを勝手にしているが、魔王に家族を殺され家を壊された人には、ユーリップもフロイもネロドマイガも同じ、身勝手なことをと罵られるだろう。それも甘んじて受ける。


「やっぱりリオーに協力を仰ごうと思う」


「えぇ……やじゃ。あいつはなんだか怖い」


 リオーは真っ直ぐな男だ。勇者であることを誇りに思い、驕ることなく真摯に自分の運命と向き合っている。ただ、その直向きな思いは時に狂気を帯びて見えることがある。


 例えば、いま彼が手にしている剣は、仲間として何年も共に過ごしてきたネブラフィカの魂が乗り移ったものだ。それが、ネブラフィカという存在をこの世に繋ぎおく方策なのか、単純にリオーが強い剣を手に入れたかっただけなのか、その両方か。その先に見据えているのは、魔王討伐という目標に他ならないのだろうが、簡単に真似できることではない。


 思いが至純。それだけに一途。一途ゆえ、


 怖しい。


 そしてユーリップは、世界に存在する九人の魔王のひとり。


 俺は唸るしかない。


「馬を買う」


「なんじゃ薮から棒に」


 俺は痩せてはいるが若い馬を買い、食料を買い込んでゼメトの港町を出た。一路北に向かう。南に北に、まったく忙しい。


 馬がバテないよう気をつけながら昼も夜も走る。ユーリップは昼は蝙蝠の姿で俺の懐で眠り、夜は俺と一緒に馬に跨った。


 月の明かりに銀色の髪が揺れる様は、夢のように美しかろうが、それを見ている余裕はない。目指すはキューネイの北に鎮座する山々。


「ドラゴンでも捕まえるか? それともわらわと同じ吸血鬼に協力を仰ぐか?」


 もう移動したかもしれないと、俺はあたりを見回した。


「あ」


 切り立った峰と峰の合間に、石で組んだ人工物が見えた。注意深く見なくては見過ごしてしまうほど、あたりの景色と同化している。俺は馬から降り、石造りの神殿のようなもの目掛け走った。


「いた」


 パキスニに鎖で繋がれていた時とは様子が違う、白い絹の衣服に身を包んだ竜人デアデフイが、そこにはいた。


 デアデフイは俺の顔を見て、露骨に拒絶を示した。


 デアデフイの横には、若く壮健な男が二人まるで彼女を守るように近侍していた。


「で、デアデフイ」


「お帰りください。私はもう人とは関わりません」


 彼女とパキスニとに、なにがあったのか。ダンジョンではじめて顔を合わせた時から不穏な雰囲気は十二分に感じていた。どうしてパキスニと組み、冒険者をしていたのか。ただデアデフイが、パキスニを通して人間というものを理解しているのだとしたら、説得は厄介だろう。それほど深く関わっていない俺ですら、パキスニという男には拒絶感を抱く。


「人間。我々はこの地を捨て、さらに北に旅立つ。もう姫様に構うな」


 デアデフイの右に立つ、日焼けした男がそう云った。


「どうして北に行く」


「魔王が現れた。三百年静かだったものが、ここにきて一気に四人もだ。我々はわかっている、人間が呼び覚ましたのだろう?」


 俺は小さく息を飲んだ。彼らの云うことは間違っていない。


 ユーリップは俺が目覚めさせた。


 フロイはユーリップが目覚めさせた。


 因果は続いている。


「デアデフイ、協力してほしい」


 日焼けした男が、少し苛立ったように前に出た。当然だ、俺は彼の言葉を無視している。聞き入れても押し問答になるだけだからだ。


「ゼアット」


 デアデフイは俺に歩みかけた若者の名を呼び制した。


「姫様。二度と人間の言葉を信じてはならない。長老にもそう戒められている」


 デアデフイの左、両目を閉じたままの長髪の若者もなにも云わず頷いた。


 デアデフイが一族の中で立場ある存在なのはわかった。それがなぜ、棺桶職人パキスニ、ベノンなどとパーティを組み冒険に出ることになり、奴隷か畜獣のような扱いを受けることになったのか、そのあたりの事情は詳らかにされていないし、無関係の俺が詮索するようなことでもない。


「魔王を倒したい、力を貸してくれ」


 デアデフイは困惑している。ゼアットがかわりに拒絶する。


「お願いだ」


「どうしてお前が必死になる? お前がこの騒ぎを起こしたのか?」


 そう云えなくもない。話せば迂遠で胡乱で、まとまりない。だから俺は堂々と嘘をついた。


「俺は世界を救いたいだけだ」


 ゼアットは笑った。失礼だとデアデフイは嗜めた。


「どうしてお前が世界を救う? たしかにこのままでは享楽的な魔王に世界は蹂躙されるだろう。実際キューネイはほぼ壊滅した」


「キューネイだけじゃない、アネムカもゼメトもだ」


 ゼアットはまっすぐな目で俺を見ている。四角い顎、引き締まった眉、熱情のこもった瞳。少しリオーに似ている。


「さいわいなのは魔王という存在はおしなべて怠惰であるということ。享楽的で怠惰、それが魔王だ。きゃつらに勤勉さはなく、多く発作的だ」


 冷静な分析だと思う。ユーリップが怠惰かどうかはさておき、大いに発作的ではある。


 デアデフイはもう一人、静かに立つ男に問う。


「ポポタマはどう思いますか?」


 薄い紫の長髪、額の飾り。ポポタマは目を開くことなく、デアデフイに顔を向けた。


「私は、魔王は滅ぶべきかと」


「ではこの方々に協力すると?」


 ゼアットが強い語気でポポタマを呼んだ。


「二度と姫様を人間に近づけることは罷りならん!」


「ではゼアット、君はこの先ずっと魔王から逃げ続ける生き方を、デアデフイ様ならびに我等一族に強いるつもりか?」


「違う、人と関わるなと云っているだけだ!」


「それは、我々は我々で魔王に抗うという意味かな? ネロドマイガのように」


 話し振りから類推するに、不死の魔王と交戦したようだ。


「ネロドマイガ、を」


 思わず声をあげてしまう。


 月下、竜人族の三人は話し合う。


「ドラゴンは、魔王には敵わないと聞いた」


 ゼアットが俺を睨む。


「そこの吸血鬼で試してみるか? それに俺たちはドラゴンじゃねえ、ドラゴニュートだ!」


 俺は固唾を飲み、横に立つユーリップに聞いた。


「正直に答えて欲しい。竜人と戦って勝てるか?」


 ユーリップは欠伸をしたまま、ふぁからにゅと答えた。


「え?」


「……わからぬと云ったのじゃ。竜人と戦ったことなぞない。あのダンジョンでほれ、そこの小娘が赤い竜に変わったのが、はじめてじゃもの」


 小娘だととゼアットが吠えた。直情型でわかりやすい。ユーリップはゆるゆると手を振りかえす。


「判断材料はないか。いや、戦力にならないと云うなら俺も無理強いはしたくない」


「ないのう」


「そうか。いや、たしかにそうだ。魔王相手だ、犬死にとわかっていて突っ込んでいくほど愚かな真似はない」


「おい」


「悪かった。忘れてくれ。北にいい住みかが見つかるといいな」


「おい!」


 ゼアットが前に出た。儚げでおしとやかなデアデフイは、嗚呼と声を出し結果盛んな若者を呼び止めようとして、俺の顔を見てやめた。


「先から云わせておきゃあ、まるで俺たちが魔王に負けるの前提みてえじゃねえか!」


「あ、ああ、そんなつもりは。気に障ったんなら謝る。いや、不肖料理人カザン、魔王討伐で見事花と散って参ります」


 デアデフイはポポタマに耳打ちした。ポポタマは白い歯を見せ笑った。


「姫! ちょっとの間、この馬鹿な奴と魔王退治に行ってきていいすかね?」


 ゼアットのその言葉に、デアデフイはふわりと答えた。


「それでは参りましょう、カザン」


 慌てたのはゼアットだ。


「姫様は残ってください! じゃないと長老に大目玉を喰らう!」


「しかしあなたとポポタマは私のお目付役なのでしょう? 離れていいのですか?」


「あイヤそれはポポ、ポポタマがいる、おる、おりますから……」


「あなたとポポタマで私を守れと、それが長老の指示ではありませんでしたか?」


 ゼアットは観念したように項垂れた。


 比較的魔王討伐に前向きであったポポタマと、ひとつ高い視座から様子を窺っていたデアデフイを見て、これはゼアットを籠絡しさえすればどうにかなると、咄嗟に思いついたことだったが、うまくいった。


 俺の旅は呪われている。


 俺は誓う、もう誰も死なせない。

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