第73話

 ノノカは変わらず安閑としていた。北方圏の山間の町、吹く風は酷く乾き、とても冷たい。ゼンガボルトを探すにしても宛がまるでなかった。


「ユーリップ」


 薄曇りながら太陽が目視できる昼下がり、俺は肩に乗った蝙蝠に話しかけた。


「ゼンガボルトを連れて行ったクネヒァイスの生まれはわかるかい?」


 焦茶色をした有翼の獣は、ふんと鼻息を漏らす。わからないと云っているように俺には思えた。


「だったら、うん」


 俺は以前、このノノカの町で好評を博した焼きそばをまたたくさん作った。前の評判も手伝って、まさに飛ぶように売れた。


「それじゃあ次は」


 金に物を云わせる。


 酒場で管を巻いていた自称絵描きを捕まえ、鼻先に金をチラつかせゼンガボルトの肖像画を描かせる。俺の説明が拙いせいで何度も描き直させることになったが、どうにか悪くない程度のものが完成した。その肖像画を立て看板に仕立て上げて町の真ん中に掲げ、“尋ね人、情報求む”とやった。有力な情報には報奨金を出すとも。


 宿でしばらく待っていると玉石混交様々な目撃談が持ち込まれた。精査統合し、次に向かうべき場所の目算を立てる。


 どうやら、隻腕独脚の僧侶は山を降り南に向かったようだ。桃色髪の不思議な幼女と金獅子のごとき美丈夫も一緒だったと云う。


 稼いだ金のあまりでロバを一頭、上底に改良した荷車を購い、保存のきく食材を積む。ユーリップのために血をたくさん作らなくてはと、豚と鳥の肝臓を多めに買った。


 数日かけて山を降り、俺たちはやがて鬱蒼とした森に入った。普通の旅なら避けて通る暗い道だが、少しでも身を隠したい今の状況には、繁茂した枝葉でまるで天蓋が見えない大森林、カスガスの森はうってつけだ。森を東に行けばアネムカ方面に出ることもできるし、南に下れば森の国ベラブスに出ることが可能だ。


 森の中には当然立ち寄れそうな町や集落など皆無。たくさん買い込んだ食料もずいぶん目減りしている。さいわい魔王に遭遇することはなかったが、ゼンガボルトの影もない。


 一度アネムカに戻りマギランプ家にトガを預けるべきか。代々依代として魔王を封じてきた家系であるならば、なにか策を持っているかもしれない。しかし、アネムカの現状がわからない。不用意に戻っていいものかと疑念が湧く。そもそもマギランプ家とて存在しているかどうかわからないのだ。


 内臓ごと鶏を一羽、スパイスとトマトで煮込んだ料理を頬張りながら、ベノンが息をついた。


「結構辛い」


「辛いのは苦手か?」


「ワサビは好きだが、スパイスは」


「ジャゴが好きな味つけだ」


 ベノンはそうかと云って、皿の残りを一息に平らげた。


「東のアネムカに戻るべきか、南のベラブスに向かうべきか」


「私もそれは考えていた。このままではこの森で行き倒れてしまう。まだ戻ることができるうちに街道に戻った方がいいように思える。こうして身を隠せるのはありがたいがな」


 仮にマギランプ家が滅んでいたとして。ゼンガボルトの家を頼ると云う手もある。封印の術が残されていないか。


「ネルマンヌ家か。死に絶えていたのだとしても、書物ぐらいは残っているかもしれない。いや、私がフロイならマギランプもネルマンヌも、そのすべてが灰になるまで燃やし尽くすが」


「それでもベラブスに行くよりは可能性がある」


 数ヶ月ぶりのアネムカは復旧がまるで捗っておらず、そこここに瓦礫やゴミが山積みにされていた。


 崩御されたラドラ・ゴ・アネムカ王と王妃には子がなく、ラドラ王の甥が王となったようだ。


 改めて白日の下町全体を見渡すと、あの日フロイはいったいどれほどの破壊をこの町で行ったのかが痛いほどわかり、その凄まじさに身震いする。


 マギランプ家は跡形もなく消え去っていた。近くにいた人間に生き残った人はいないかと問うも、皆一様に首を振るのみ。それはゼンガボルトの家でも同様だった。


 当然だ、わかっていた。ベノンに云われるまでもない。ただフロイは、あの畜生僧侶ゼンガボルトが、自分を封じた神官の末裔であることまでは見抜けていない。


 ゼンガボルトの家の跡で、誰も片づけない瓦礫の下になにか有用なものはないかと探す。しかしよほどの高温の炎に包まれたのだろう、本も巻物も何もない。陶器の器すら変形していた。


「無駄足だったか」


 鐘が鳴った。


「教会?」


 アネムカに教会はない。道行く人に話を聞けば納得で、周辺国が信奉しているような普遍性を持った、所謂神に関わるもののほとんどを禁止していた大神官ギュンピョルンがいなくなり、なにを差し置いてもまず教会を建てることを優先させたようだ。再度立ち上がるにはまず、心の拠り所が必要だと皆わかっていた。


 そういえばと俺は思い出す。新生ゼンガボルトは、新たな土地に行くたびに教会に出向いていた。もしかすると顔を出しているかも知れない。


 冒険者ギルドが復興したら、今後は登録者に僧侶が増えるかもしれない。


「あ」


 ゼンガボルトが立っていた。幼女フィと手を繋いでいる。


「君がカザン」


 色欲の魔王クネヒァイス。やはり礼服のような白の上下をきっちり着込んでいる、見目麗しい金髪の男が二人の後ろに立っている。顔は笑っていないが、声が笑っているように聞こえるのがなんとも不思議だ。


「トガ・マギランプを連れているね」


 俺は簡単に返事ができない。


「フロイを封印するため、各国を駆け回っているのでしょう? 僕は途中で追いかけるのを諦め、アネムカで待つことにしました。結果としてそれは正解でした」


 ゼンガボルトとフィがクネヒァイスに絡みつく。魅力されている。とても強く。


「フロイは恐ろしい。同じ魔王ですが、私もカザンの計画に賛同いたします。当初はひとりでどうにかしようかとも思いましたが、まず居場所がわからない」


「だ、だから俺を泳がせトガを見つけさせたのか?」


「人聞きの悪い。まあ、その方が展開が早いとは思いましたが。とにかくフロイを封印しましょう。トガ・マギランプは今どこに?」


「ここにはいない」


 俺は嘘をついた。クネヒァイスはロバの牽く荷車を見つめている。目減りした食料の下に空間が作ってあり、その中にトガを寝かせていた。


 見抜いている。


 俺の肩に蝙蝠が止まった。ベノンも懐に手を差し込んでいる。


「ドロヴァデッド。いいですね、フロイを完全に封印します」


 蝙蝠は蝙蝠のままだ。


「あなたは封印の方法を知っているのですか」


「ええ。同じ魔王ですから。封印のためにはトガ・マギランプの中のフロイをもう一度目覚めさせなくてはならない」


「それは危険だ!」


「危険でもやらなくてはならないのです!」


 俺は固唾を嚥下した。絞り出すような声で、どうやってとクネヒァイスに問うた。


 クネヒァイスはほんの一瞬だが突き刺さるような鋭い視線を見せた。それだけで背筋が凍る。


「すまないが、ここでくどくどと言葉を交わしていることこそ無駄。そちらにトガ・マギランプがいることはわかっているんです。力ずくでも、私はなんの問題もないんですよ?」


 ベノンが小声で出そうと云った。結局強いもの大きいものの意思には逆らえない。悔しいがこれが現実だ。


 トガは眠っている。


 クネヒァイスは満足そうにうなずいた。


「見えてますね、フロイ!」


 快活な発声でそう云った後、クネヒァイスはゼンガボルトに魔法をかけた。見る間にゼンガボルトの身体が膨張しだした。


「ゼンガボルト!」


 相当の苦痛が、ゼンガボルトにかけられていた魅了の魔法を解く。正気に戻った僧侶は見る見る膨満していく自分の身体に怖気を起こしながらも、カザン、カザンと俺の名を呼んだ。


 ばん、ばんと義手義足が弾け飛んだ。まるで小麦を詰め込んだ麻袋のようになっている。膨張は止まらない。柔らかい腹部から裂け、ゼンガボルトの悲鳴とともに血と臓腑が飛び散った。


「……か、カザン、カザン!」


「クネヒァイス! やめろ、何をしてるやめろォォォォ!」


 ゼンガボルトは飛び出かかった目で、しっかりと俺を見た。


「すまなかった」


 爆散!


 アネムカに俺の叫び声がこだました。


「必要なもの、トガ・マギランプ。懸念材料、ネルマンヌの末裔。ニコイチ解決、爽快!」


 俺は呆然とするので精一杯だ。


 魔王クネヒァイスは満面の笑みで叫んだ。


「さあフロイ、これで君の懸念はなくなった。ここにはドロヴァデッドもいる、そして私もいる、出てきてまた昔のように愛し合おう!」

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