第64話

 サンゴアンゴ・エンデミュートは、女侍アシダカを疑っている。他愛もない話から、急に踏み入った質問を投げかけ、返答に詰まらせるのを何度か繰り返していた。真っ当ではないと疑ってのことだろうが、それ以外は存外淡々としていた。


 俺は前だけを見ている。この道を進んで、ユーリップに近づける保証はない。疑念と恐怖と焦燥に背中を燃やされ続けている。


 丸一日歩き通して日が暮れた。また野営する場所を見つけなくてはならない。俺はあたりを見た。すると家の灯りが見えた。薄暗くて視認性は低いが、どうやら炊煙もあがっている様子だ。それも一軒ではない、何軒かの家がひとつところに固まって建っていた。集落といったところか。


「グンダバト。今から数十年前、キューネイを出て、立ち寄った」


「グンダバト村?」


「土地の名前はなく、それでは不便ということで当時の古老の苗字から取ったはずだ」


 ここはゼメトなのだろうか、それとももうキューネイに入っているのだろうか。


 安心したのも束の間、エンデミュートは鼻先を上げ、そのまま剣を構えた。


「アシダカ、腕に覚えはあるのだな?」


 アシダカもなにかを察知して片刃の剣を抜く。


 ゼンガボルトは後ろに控えた。俺も形ばかりのナイフを手に持ち、アシダカからネイロを引き取る。


 エンデミュートは四軒あるうちの、もっとも大きな家を指さした。


「あれがグンダバト老の家だ。あの当時ですでに相当な高齢であったから、今はもう生きていないだろう。しかし、たしか息子夫婦がいたはずだ」


 エンデミュートはグンダバト家を睨みつけ、静かに窓に歩み寄り中を覗き、やはり静かにこちらに戻ってくるとため息を落としながら無言で首を振った。


「盗賊だ。盗賊に家を乗っ取られている。仕方ない、疲れているがここは素通りしよう」


 異論はない。魔物ならばともかく、俺は人と戦うことは二度とごめんだ。


 やむなく街道に戻ろうとしたところ、今まで大人しくしていたネイロが奇声を発した。家々のドアが弾けるように開き、瞬く間に盗賊に囲まれてしまった。総勢三十人はいる。手に錆びついた剣や、鉄塊にしか見えない斧を持ち、旅人である俺たちを値踏みしている。


 エンデミュートは身構えた。アシダカもネイロをゼンガボルトに預け、刀を構える。しかし多勢に無勢、数で押されたら不利だ。


 頭目と思しき男が云う。


「持ってるものとその女」


 アシダカ。頭目はネイロを見る。


「それからそこの餓鬼、置いていけ。命は取らないでやる」


 従えるわけがない。


 俺が答えあぐねていると、頭目は豪を煮やして欠けた前歯をさらして大声で喚いた。エンデミュートが剣を一閃させ、頭目を縦に切り裂く。一瞬だった。呆気に取られる間もなく、二人目三人目と切り殺す。容赦などない。弓矢やボウガンを構えた盗賊の腕を、音もなく背後をとっていたアシダカが切り捨てた。ふたりとも目にも止まらない。


 幼女と二人旅の女侍など出来過ぎな感は否めなかったが、なるほどその腕は超一流だ。


 ゼンガボルトも唖然として二人の超絶技巧に見入っている。


 折り重なるように絶叫がこだまして、やがて動けるものは誰一人いなくなった。エンデミュートは鋭い眼差しのまま家々を見て周り、隠れていた盗賊の悲鳴をいいだけ夜の空に響かせて、やがて戻ってきた。


「カザン、甘さを捨てろ。おまえの思いは理解する。理解するがそれは、人を殺しかねない。誰かを守りたいなら、その誰かのみを見ろ。殺したい時も同様」


「あ、ああ」


 そんなことわかっている。


 俺は自分の手を見た。笑えるほど震えている。ダンジョンの中でもそうだった。その度に俺は、自分は料理人だからと云い聞かせてきた。


 俺は意を決して家の中に入り、食料を物色する。とても後ろめたい。それはどれも盗賊団のものではなく、善良な何処かの誰かのものだったはずだ。それでも生きなければならないと自分を鼓舞する。


「生きるってのは奪うってことだ。相手に同意があるかないかの違いだけだ!」


 立ち上がり窓ガラスに映った自分の顔を見る。ひどくやつれていた。目は落ち窪み髭も剃っていないため、ひどい小汚い。


 ガラスの向こう、外ではエンデミュートが俺と同じように家に出入りしているのが見えた。使えるものを探しているのだろう。ゼンガボルトは盗賊に祈りを捧げ、アシダカは倒れた盗賊の持ち物を物色してやはり使えそうなものを剥がしている。その傍らにはネイロがいる。アシダカの行為は幼い子供に見せるべきものではないと思うが、ネイロはアシダカにくっついて離れない。


 時折遺体に触れるような仕草を見せる。


「なにをしてる?」


 俺は家から出た。ネイロはなにに触れていたのだろうと死体の山を見るが、よくわからなかった。


「ああ」


 死体とばかり思っていたが、中には死にきれずにうめいている者もいる。


 ネイロは蠢く盗賊を見て、あまつさえ触れていたのか? 五歳ほどの子供が、死にかけの盗賊になんの興味があるという。


「カザン、そろそろ出よう」


 持てるだけの武器と酒瓶を抱えたエンデミュートがそう云った。


 まだ祈りを捧げ続けていたゼンガボルトに声をかけ、俺たちは街道に戻った。さすがに盗賊の惨殺体の横の家で寝起きする気にはなれない。


 しばらく歩くと崖下に浅い洞を見つけ、そこに落ち着くことができた。俺は薪を集め火を熾す。早速、失敬してきた塩漬けの乾燥豚肉を炙り、皆に分けた。


 アシダカのかたわらで眠る、小さなネイロを見つめる。


「なんかあったか?」


 蒸留酒で喉を湿らせながらエンデミュートが俺に声をかけた。俺はネイロから目を離した。


「いや」


「子供に手を出すなよ」


「冗談だろ」


「冗談だ」


 薪が爆ぜた。


「魔王はなにをきっかけに目覚めてるんだろう」


「きっかけ?」


「うん。ユーリップはおそらく感情の爆発がトリガーとなって魔王に変わる。フロイは普段はトガの姿だけど、俺の見たところ、ユーリップが魔王化すると、それに引き摺られるように魔王となっていた」


「成程」


 魔王ゴシャはどうなのか。


「ネロドマイガが目覚めたきっかけはなんなのか。ゼメト王の祈りがあの時あのタイミングで届いたのか。わからないことだらけだ」


 俺は北の方向を見た。当て所のない旅ではない、探れば各国各所に魔王の伝説がある。これから向かうキューネイにも、ギブンフプケという魔王がいるとの伝承があった。


 九人の魔王。


 蟻の哀しみは人には汲めず、人の願いは竜には届かない。


「辛そうだな、カザン」


「ああ。でもこの旅はやめない」


 それしか彼女に繋がる道がないのなら。

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