第63話
ジャゴと別れた俺たちは急ぎ北に向かった。王墓の崩落によって、ゼメト王とともに死んだと思われているだろう。リーベンの街にいつまでも残っているのは得策ではない。
魔王ネロドマイガをそのままにしていいのかという思いはあるが、対抗策がないこと、そして旅の本分とは微妙に異なることから、エンデミュートも無理をして追うべきではないとの見解だった。
アネムカと同じく王が倒れたゼメトは、これこらどうなっていくのか。
「なるようになる」
エンデミュートはそう云う。アネムカにて、国政にも容喙できる立場の人間の言葉を俺は信じた。
港町ポノフレアを出て、俺たちは先を急ぐ。新しい義足に不慣れなゼンガボルトに肩を貸そうとしたが、生まれ変わった僧侶はお気持ちだけ頂戴いたしますと笑顔で断った。
乾いた街道を取り立てて会話もなく俺たちはひたすら歩いた。ジャゴが抜けたことで持ち歩ける荷物も少なくなり、道中口にするのは保存の効くものばかり。干し肉やカチカチのパンでは心は弾まない。
「甘いもの欲しかったら云ってください」
道のはたに背の高い女と、明るい桃色の髪をした推定五歳前後の幼女の二人組が立っていた。こちらを見つめている。
女の顔は傷だらけで、その眼光は猛禽のように鋭い。一方女の子は子供らしい福々しい頬をしていた。女の子は女の上着の裾を引っ張ると、なにか耳打ちした。
女が声を張る。
「旅の方。幼い子を連れた旅の途中である、もし良ければ、ともに行ってもかまわないだろうか」
女はアシダカと名乗った。侍であると云う。かたわらの幼女はネイロ。旅の途中で親と逸れたところを保護したと語る。
俺は構わないと云った。ゼンガボルトも反対はしない。エンデミュートのみ、しばらく値踏みでもするように女侍を見つめた。
「出身は?」
「ジオポルト」
「ゴゾー・クジキリを知っているか?」
「知らぬ。名前から考えてジオポルト人のようだが、知り合いか? 朋輩か?」
俺は思わず口を挟んだ。
「ゆ、ユベ・キルシマを知ってるか?」
「すまない」
ネイロがまた女侍アシダカの裾を引く。
わかったとエンデミュートは答えた。
「カザンがいいなら、私に異論はない」
エンデミュートの声音は固い。俺はアシダカとその横にひっついているネイロによろしくと声をかけた。
アシダカは深々と頭を下げた。
「俺たちは北に向かっている。当面の目的地はキューネイ」
その国はユーリップの、そしてエンデミュートの生まれ故郷だ。険阻な山々に囲まれた、北の山岳国。
「その子はどこの生まれなんだ?」
「わからない。ただ親とはぐれたとしか。北でも南でも、とにかくこの子が落ち着ける国に行ければ私はそれでいい」
「ゼメトは混乱している」
「アネムカも王都が焼かれたと聞いた」
俺はネイロの頭を撫で、ポケットから黒糖の塊を取り出して手渡した。ネイロはもじもじしながら俺に礼を云うと、黒糖を口に入れ小さな舌を回して舐めはじめる。
「よし、急ごう」
背を向けた俺は気づかない、ネイロが口に入れた黒糖を吐き出し、燃えるような目つきで前を行く三人の男の背を睨みつけていたことなど。
「竜騎士」
舌足らずな声で云う。その声をアシダカは聞こえているはずだが、何の反応も示さなかった。
それから幾晩か過ぎた。幸いなのはネイロが聞き分けがよい子供であったこと。ひどい環境でも泣くことなく、親がいない寂しさにも黙って耐えている。
「あとどのくらいでキューネイに着く?」
アシダカが俺に尋ねる。俺は視線で右から左に、その質問をエンデミュートに送った。
「そうだな、人の足であと十日」
「十日」
エンデミュートはネイロを見た。知り合って幾日か経ったが、なぜだか幼女は竜騎士に懐かない。とはいえ俺にもゼンガボルトにも懐いているかと云えば、決してそれほどではない。
「子供の身には些かしんどい道程だろう。ずいぶん寒くなってもきている。その子供はいいとして、アシダカはなぜ旅をする?」
「私は早く子守りから解放されたいだけだ。幼児を拾ったはいいが折り悪しく近い国は混乱していた、それだけのこと」
「答えになっておらん。私は貴殿自身の旅の目的を尋ねている」
比較的温和で、誰に対しても最低限の礼節を失することのないエンデミュートだが、この頃はどうしてか刺々しい。
アシダカは暫時竜騎士の顔を見つめていたが、ぼそりと仇を探していると云った。
「ほう、親のか、恋人のか」
「どちらでもない。ただかけがえのない人ではある」
なんだか鬱々としている。天候もずっと悪く、冷たい雨が続いていた。自分の荷物を整理していた俺は、敢えて大きな声で鯖があったと叫んだ。キルシマでもいれば、いい合いの手を入れてくれたろう。
「よし、卵と酢もある。玉ねぎもある。パンは固いが、鯖サンドを作ろう!」
街道を少し山に入った廃屋。朽ちかけた暖炉に火を熾し、燻製の鯖とパンを炙る。玉ねぎを千切りにし、卵黄に塩と酢を入れ泡立てる。仕上げに胡椒少々。卵白は茹で固め、出来上がったマヨネーズに食感のアクセントとした。
黙々と作業する俺の手元を、ネイロは興味深そうに見つめていた。途中マヨネーズをかき混ぜるのをやってみるかと誘ってみたが、小さな女の子は恥ずかしいのか横を向いてしまった。
幼児を含め五人に分ければ一人分など微々たるものだが、やはりちゃんと食べることは生きることだと俺は思う。ネイロも味付けを気に入ったようで、ほっぺたにマヨネーズをつけて鯖サンドを頬張っていた。
念のため見張りを立て眠る。
魔王。ゼメト、もしくはアネムカからの追手と、気は抜けない。
壊れた窓からアシダカが雨の外を見ている。次はゼンガボルトが見張りに立つ。俺は少しでも眠ろうと寝返りを打った。
俺の背中の向こうで目が輝いている。月光の反射か。いや月は出ていない。暖炉の炎が瞳に映っているのか。それも違う。
ネイロはただならぬ気配を発している。それを竜騎士に気取られないよう、目を閉じ寝たふりをした。
雨の夜は更けていく。
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