第62話
フィや、あの夜殺された仲間たちの亡骸は、町外れの死体安置所にある。
目の前に蘇ったフィが顕現すると思い込んでいた俺は、いつまで経っても姿を見せない賢者に思わず鼻で笑う。
「ネロドマイガ! 俺はフロイを追っている!」
「ほウ」
ネロドマイガはリーベン城最下層の墓所で腹這いの姿勢で俺に向き直った。圧倒的な差。力や技能や魔力や火力ではなく、見た目にわかりやすい体格の違いは、反対に俺にある種の諦観とそれに付随するかたちで覚悟をもたらしたようだ。
「フロイが復活したノカ?」
「完全じゃない。復活しかかってる。だから今のうちに、フロイを倒すか再び封印したい」
封印かなわず、トガの身体からフロイを出すことも出来なかったとしたら、俺はどうするだろう。
ネロドマイガは雷鳴のような声で笑った。
「ソウカ。この感覚はフロイのせいか。デハ私を目覚めさせたのモ……」
ぱらぱらと天井から石が落ちてくる。このままでは崩落も有り得る。
「フロイの居場所を知りたい」
エンデミュートが俺の肩を掴んだ。引き際だと云っている。
「無茶をすればみんな死ぬ。私たちが死んだら、いったい誰がアネムカ再興の舵を取る?」
ネロドマイガは俺たちのやり取りをただ見つめていた。今すぐどうこうしようとは思っていないようだ。好戦的でもない。ただ尋常ならざる体積をもつため、閉鎖された空間では存在するだけで凶器となる。
「フロイの居場所を!」
エンデミュートはゼンガボルトを肩に担ぎ出口に向かった。
「カザン、行くぞ! 行くんだ!」
未練がましく居残ろうとする俺に、巨大な魔王が声を投げる。
「ニンゲンよ。我々はお前ラノ意思を計レナイ。同様にお前ラモ我々の意思を知り得ナイ。近づくな近づけば巻き込まれル」
そしてネロドマイガが起き上がる。
ゼメトの王墓が崩壊する。
俺たちが地表に出るのと、リーベン城が地下に埋没するのはほぼ同時だった。
瓦礫と化した城から這い出した大巨人は、空に向かって雄叫びを上げ、悠然と歩き去っていった。追うべきかとも思ったが、馬でもなければネロドマイガの歩行速度には到底ついて行けない。
「北に向かっているな」
エンデミュートが山のような巨人の背中を見ながら云った。
「追うか、カザン」
「……いや。その前にやることがある」
ジャゴを伴い、俺たちはリーベンを出た。リーベンから次の目的地に向かう道中、俺の提案にジャゴは反対した。
「たしかに俺の目的は船を手に入れることだが」
造船技術に優れた職人集団が工房を構える港町は、ゼメト首都リーベンの目と鼻の先だ。
「この状況で俺だけ抜けろと、カザンは云うのか」
「そうだよ、ジャゴ。仲間の死はもう見たくない」
「フロイを追い続けるんだな? ユーリップを追い続けるんだな?」
俺は頷いた。
「ならば!」
「ジャゴ! これは俺の勝手だ。俺のことを考えてくれるなら、君は生きる道を選んでくれ」
「俺はもう無用と云うことか!」
「違う!」
俺とジャゴは意地をぶつけ合う。ふたりとも間違ってなく、互いに互いのことを考えている。
「途中で投げ出せない」
ジャゴならそう云うだろう。しかし個人の目的を忘れてはいけない。
「ならばカザンは、このまま魔王を追い求め、料理人として大成できるのか」
できるわけがない。諸国を巡り見識は広がるだろうが、常に命の危険と隣り合わせだ。ネロドマイガという死を司る魔王を目の当たりにして、そもそも魔王というものが俺ごときにどうにかできる存在ではないことがよく分かった。
「たしかに料理人の俺なんか、旅をするうえでは足手纏いでしかない」
生き残っているのは竜騎士エンデミュート。竜騎士とはドラゴン並みの戦闘力を持つといわれる上級職。そして僧侶ゼンガボルト。云わずと知れた回復と治療のスペシャリスト。一方の俺は軍配スキル持ちの料理人。打擲武器を扱うことのできる荷運びと、いったいどちらが旅の役に立つかなど不毛な論議。ふたりとも魔王探索の旅には力量不足なのだ。
「わかれよジャゴ、足手纏いはふたりもいらないんだ」
ジャゴは大きな目をさらに大きくして両手を広げた。
「本気か? 本気なのかカザンっ」
俺はなにもない虚空を吸い込んだ。
「……本気だ。造船の町までは送ろう。それぐらいさせてくれ」
ジャゴはなにかに耐えるように俯いたまま動かなくなった。
王の城を失い混乱するリーベンを後にして、俺たちはさらに東の小さな港町ポノフレアに到着した。首都での混乱はまだこの町には届いていないようだが、いずれここも大きな不安に包まれることだろう。
「ジャゴ、職人の居場所はわかるのか」
ジャゴはうなずいた。冷静で分別のある人間であるから必要以上に感情を表に出さないが、その内面は穏やかならぬものがあるだろう。
ジャゴは長い首を左右に動かし、港そばの大きな建物を指差した。
エンデミュートが折れた槍をジャゴに手渡した。
「武器としてはもう使い物にならないが希少な金属でできている。売ればそれなりの金になるはずだ」
「受け取れない」
「もらってくれ。私の荷物も運んでもらったのだ、大変助かった」
次にゼンガボルトがやってきて、ジャゴに金貨の入った袋を手渡した。
「リーベンで市民の方々から頂いたお金です。ジャゴ様に渡した方が役に立つ気がいたしますれば」
ゼンガボルトがまだ悪意の塊であった頃ジャゴを口汚く罵ったことがあった。そんなことも今は思い出のひとつでしかない。ジャゴは困惑しながらも槍と金貨を受け取った。
俺は懐からスパイス袋とメモ書きを取り出した。それは以前ジャゴに請われて作ったスパイス煮の材料とレシピだ。
「ジャゴ。これは別れじゃない。また会おう。いや、絶対に会いに戻る」
俺はジャゴの手を握った。しかしそれだけでは物足りず、その大きな身体を抱きしめた。それほど長くはない時間だったが、命を懸けた道をともに歩んだ仲間との別れはやはり辛かった。
ジャゴも最初は戸惑っていたが、力強く俺を抱き返し、涙声で云った。
「死ぬな」
ジャゴと別れた俺たちは、船で東の島国キルシマの故国であるジオポルトに渡ることも考えたが、それよりも先ずネロドマイガの足跡を追い北に向かうことにした。
アネムカを出た時は総勢十一人だった旅の仲間がいまや三人。
「だからこれは、魔王討伐の旅じゃない」
俺は誰に云うでもなく、そんな言葉を吐いた。
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