第60話

 隣国からの旅行者の被害にゼメトの対応は極めて冷淡だった。たったひとりの役人による通り一遍の聞き取りをおこなって以降、取り立てて動きはない。俺の感触では捜査も調査もしていない。ただ執拗に、何をしにアネムカから来ているのかを訊かれた。


 悲しみが癒えないまま。いや、その悲しみを少しでも希釈しようと俺はとにかく動いた。ほとんどが無為であったかもしれない。実際生き残ったエンデミュートもジャゴも硬い表情のまま、まんじりともせず無為な時間を過ごしていた。傷ついた身体が癒えるのを待っているのも当然あるだろう。ゼンガボルトの献身的な治療のおかげでずいぶん快方に向かっているものの、襲撃者にやられた傷は完全には癒えていない。


 金や物を盗られてもいない。襲われた理由はやはり、魔王を追い求める旅ゆえか。


 ゼメトに入国して真っ先に立ち寄った寒村デレヘンクトをたてよこに伸ばしたような都市。ベーレンの印象も、デレヘンクトに比べれば人が多い建物が立派だというだけで陰気であることに変わりない。


 それでも情報収集の基本は酒場だ。俺は飲めばそれなりに飲むことができるものの、目的がぼやけてしまうこと、また酒に酔う気にも当然なれず、店の主の冷ややかな目線を首筋のあたりに感じつつ、地道な聞き込みを続けた。


「ずいぶん酷い目に遭ったようだな」


 ゴシャだ。気配がまるでない。


「私を疑わないのか?」


 俺は疑心暗鬼だ。ゴシャを疑うべきかどうかすら迷っている。


「あんたを……」


 ゴシャは大袈裟なしぐさでこう云った。


「皆殺しにするつもりなら、はなから貴殿に接触はしない」


「ひとつ聞きたい」


「どうぞ」


 客は俺たちのほかにふたり。各々テーブル席に腰掛け、焼香をあげるように杯を傾けている。


「魔王にとって人間てなんなんだ」


 ゴシャは考えたこともないと腕を組んだ。


「そうさな。ううん。……蟻、かのう」


「蟻?」


「普段は目につかぬ。而して、家に入り込まれると不快。悦んで踏み潰すもの、巣を壊すものもいる。うん、云い得て妙」


「俺から情報を引き出したかったから、近づいてきたんじゃないのか」


 するとゴシャはカラカラと笑った。


「貴殿は料理が得手なだけで他になにも持っていないではないか。云ったろう、私は交渉が不得手ゆえ協力してほしいと」


「魔王であることを隠して、俺たちの旅に加わることはできないのか?」


「無理だ、竜騎士がおる。鼻が利く奴ゆえ、魔王であることを誤魔化せはしない」


「竜騎士相手には誤魔化せない……」


 ならばやはり襲撃者はユーリップ、最低でも人ではないということか。


「カザン殿」


 俺は沈思した。


「カザン殿。いいかな?」


「……え、ああ」


「王の墓を調べろ」


 また会おうと云ってゴシャは消えた。


 王の墓はレーベン城の地下にある。無理矢理でもこの国の王に近づこうと俺は決めた。俺が歩くのをやめれば、キルシマらの死が本当に無駄になる。俺とていつ死ぬかわからないのだ。たとえば、早々に冒険者を辞めアネムカで料理屋でも開いていたとしたなら、今頃フロイの襲撃を受け死んでいただろう。


 ゼメトの王は滅多に城から出ることがないという。リーベンの街の人間も“引きこもり王”と陰で呼ぶほどだ。


 アネムカの英雄、竜騎士エンデミュートを立て接見の機会を設けようとしたが、アネムカ王の親書すら持っていないのでは城に入れることはできないと取り付く島なく衛兵に断られてしまった。


 俺は一計を案じた。


 死の秘術を習得せし僧侶、アネムカより来訪。そんな噂をあちこちで振り撒いた。当然その僧侶とはゼンガボルトのことだが、ゼンガボルトは死の秘術など持っていない。しかしゼメト王は、それはそれは不死に執心している。


 次に俺はゼンガボルトを街の辻に立たせ、傷ついた人、病いに悩む人に無償で癒しを与えさせた。それ自体は徳のある行いであるから、聖人に生まれ変わったゼンガボルトは俺の提案にそれほどの難色を示すこともなかった。


「施しは尊いこと」


 当然奇跡の僧侶に死んだ誰それを生き返らせてほしいと申し出るものも現れたが、それは容易にはできないと断らせた。死者を蘇らせるなどどうあってもできない。嘘をつくのは心苦しいとゼンガボルトは云ったが、この世界の平和のためだと俺は説き伏せた。


 ゼンガボルトに力任せや脅迫で云うことを聞かされ続けていた子供の頃と、まるで立場が入れ替わっている。あの頃、俺を虐めていたゼンガボルトは、気持ちが良かったのだろうか、興奮したのだろうか。今の俺には不快感しかない。


 それでも、ゼンガボルトの癒しの術は本物である。ゼメト王から呼び出されるのにそれほど時間は掛からなかった。


 王との接見で魔王ネロドマイガの存在を探れとゼンガボルトに吹き込んだ。


 あなたは死に近づき過ぎた、祓わないとならない、その場所に私を連れて行け!


 手足を失い眼光にだけ力強さの残っているゼンガボルトには相当迫力がある。


「城の地下?」


 リーベン城の地下深く、歴史あるゼメトの王族の墓が縦横無尽に広がり、結果としてダンジョンの様相を呈しているとのことだった。ゼメト王は毎夜ダンジョンに降りては魔王ネロドマイガに祈りを捧げているのだという。なるほどゴシャの云っていたことはこれだったかと俺は納得した。


 ゼンガボルトは早速今晩、ゼメト王とともに地下に行く約束を取り付けたそうだ。護衛に雇った人間、という名目で俺たちを連れて行くとの許可も取り付けたそうだ。


 俺はジャゴには回復に専念してもらうことにして、エンデミュートを伴いゼメト城に向かった。


 はじめて見るゼメト王は、小柄で乾いた老人だった。目だけやたらと光っている。


「遅い、は、は、早く行くぞ、来い!」


 ゼメト王は近衛兵二名を前後に配置し、さらにもう一名を先頭に立たせて灯りを持たせた。その後ろにゼンガボルト、俺、最後尾にエンデミュートと続く。


 城内の地下に降りていく。会話はない。ゼンガボルトの新調した義足が石の床を打つ音だけが響く。暗く、寒く、黴臭い。ダンジョンとはどこもそんなものだろうとは思うが、慣れないものだ。何度も角を折れ、梯子や階段を降りる。途中でいくつもの墓を通り過ぎる。広い部屋に石棺があるところで俺はレレスカー城を思い出していた。キルシマとジャゴとはじめて向かったギルドの依頼、そこで俺はユーリップと出会ったのだ。


「これは父、向こうが祖父」


 ゼメト王がなにか早口でぼそぼそ云っている。


「そそ僧侶ゼンガボルト、本当に呪いを解かねば、わ、我が身体に毒なのだなッ?」


「如何にも左様で」


 エンデミュートが顔を顰める。


「臭いな」


 黴のにおいのことか、それとも墓場のにおいか、俺にはわからなかった。


 最下層に至る。


 大きく足元が揺れ、林立している王族の墓が次々に倒れた。


「おお! おおお!」


 近衛兵が床を照らす。


 ゼメト王が声を上げた。


 ユーリップやフロイ、そしてゴシャ。魔王とは超絶的な力を持つ人だと、俺は勝手に思い込んでいた。


 床のすべてが巨大な顔面だった。


「うわ、いやだ、たすけてくれええええええええええええええええッ!」


 灯りを手にしていた衛兵が、開いた口に吸い込まれていった。

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