第59話
嘘であってくれ。
俺がみんなを宿泊させている宿に戻ったのは、ずいぶん夜が更けた頃だった。
嘘だ。
宿の中に入った途端にその異変に気づいた。尋常ではない腥臭に鼻をぶん殴られたようなって、俺はその場で嘔吐した。
「キルシマ? ジャゴ?」
宿泊者が俺たち以外いたのか。
宿の人間が何人いたのか。
俺は叫び、なかば狂ったように二階建ての建物の中を駆けずり回った。
「キルシマあああ!」
流星刀を手に壁に背中を預けキルシマが事切れていた。その奥に腹に穴の空いたジャゴが臥し、義足を失い頭から血を流したゼンガボルトも倒れていた。
ノトにいたっては頭部がなくなっていた。
フィは血みどろで意識を失い、ベノンは一階で下半身、二階で上半身が見つかった。バルクナハは後ろから背中を襲われ、瞬間的に石化魔法を自分にかけたようだが、命を守るには至らなかったようだ。
「どういうことだ!」
叫ぶしかできない。
折れた槍を手に、エンデミュートが身体を引きずりながらどうにか俺のそばまでやってきた。竜騎士ですら、伝説の冒険者ですら大怪我を負っている。
「ユーリップが」
そう云い残し、エンデミュートは気を失った。
「え、エンデミュート伯! いったいなにがあったんです!」
ユーリップ? ユーリップがやってきて、この惨事を引き起こしたと云うのか。
結局助かったのはジャゴ、ゼンガボルト、フィ、エンデミュート。
キルシマ、ノト、ベノン、バルクナハ。
一夜にして俺は、仲間の半数を失った。
意識を取り戻したエンデミュートに、襲撃者を目撃したのかと問う。
「男か女か、髪の長さとか背格好とか、思い出したことをなんでも」
「髪の色は銀で長かった。女だ。いやあれは、ユーリップだ。絶対かと云われればそれは断言できないがね」
魔王ゴシャに協力を得られ、雲を掴むような話が少しだけ形を見せた矢先の出来事であり、それ以上に仲間を、とりわけキルシマを失った俺の心は失意のどん底にある。しかもその襲撃者がユーリップなどと、到底受け入れることができない。
エンデミュートはユーリップがフロイに操られている可能性も示唆した。
夜半荷物の手入れをしていたジャゴは、酔ったキルシマが鼻歌を歌いながら宿に戻ってきたことに気づいている。
「俺以外、眠っていたはずだ。宿は静まりかえっていた」
同じように飲みに出かけたノトは酒を買い込んで早々に宿に戻り、自室で酒をかっくらって高鼾を掻いていた。その大きな鼾を、隣室のジャゴが聞いている。
ゼンガボルトは部屋で神に祈りを捧げた後、床についたという。気配に目を覚ました時にはもう遅く、頭に強い衝撃を受け目と耳から血を流し気を失った。気を失う間際咄嗟に回復の術を展開させていなかったら落命していたかもしれないと云った。
エンデミュートは外で買った果物をジャゴに分け、その後は自分に宛てがわれた部屋から出ていないと云った。バルクナハも食事に部屋を出た以外は部屋にいたようだと語る。
襲撃したのが本当にユーリップであるなら、近くにフロイもいたと云うことか。フロイに操られたか指示をされたか、それともユーリップ自身の意思か。
いや、信じない。竜騎士の言葉を、ではなく、自分の目で見て耳で聞くまでは、ユーリップが襲撃者などと信じない。そうしなければ俺が壊れる。
そして俺は、キルシマに恩返しできていない。こんな別れ方でいいわけがない。
失意。泥の底。二度と起き上がれないような喪失感の奥底で三日を過ごし、俺はどうにか立ち上がった。
新たに投宿した宿でジャゴを見舞う。ゼンガボルトの治療の術により腹に空いた穴を塞ぎ、どうにか瀕死の状態から抜け出たジャゴは、寝たまま窓の外を見ていた。目が真っ赤だ。
「すまない」
「なにを謝る?」
「キルシマが死んでしまった」
「ジャゴのせいであるものか!」
「酒を飲みに誘われた。一緒に行けばよかったのだ」
「酒に酔っていたらジャゴまで死んでいたかもしれない!」
ジャゴは思い詰めた表情で言葉を吐く。
「儚い。なんと儚い。もっとキルシマと話をしておくべきだった。いつも軽口ばかりで、俺はキルシマのことをなにもしらない」
それは俺も同じだ。
「悔しいな」
俺は膝を突いて泣いた。
生き残った人間が回復する間、俺は寝る時間を惜しんで襲撃者の手がかりを探し回った。もっとも宿にいたところで眠れやしない。
ユーリップを信じたいその一方で、魔王ドロヴァデッドの存在を感じずにはいられない。俺の知らないユーリップの別の顔。違う、そもそも俺はユーリップの上辺だけを見ている。ユーリップは本来吸血鬼。その昔なにをしていたのかまったく知らない。
もしユーリップが大罪を犯していたなら、俺は、
「俺が、あいつを殺す」
キルシマとノト、攻撃力の高い手練れ二人は酔っていなければ最悪死ななかったかもしれない。防御特化のバルクナハ、隠遁の術を心得ているベノンですら敢えなくやられてしまった。回復ができる僧侶ゼンガボルト、上級職である賢者フィと竜騎士エンデミュート。その三人でもどうにか命を拾ったほどの相手。ジャゴが助かっただけでもよしとすべきか。
「違う」
いいことなどなにもない。
血液を大量に失ったフィのために、俺は市場で新鮮な牛の肝臓を買い求め、ペーストにして食べさせた。ゼンガボルトの回復も間に合っていない。ジャゴよりもフィの症状は重篤だった。どういう状況で襲撃されたのか、いまだ意識の戻らないフィから聞けていない。
その夜。
比較的動くことができるエンデミュートに中のことは任せ、俺は情報を集めに夜の街に出かけた。もし仮に、マゼーの洞窟奥、殺し合いのダンジョンでの出来事を知っていたなら、もう少し警戒したかもしれない。
この惨劇は尾を引く。
フィ・ポーハパードールは、他人の命を吸い取り我が物にすることができる。
隣室のジャゴが、フィの唸り声を聞きどうにか這って様子を見に行ったことで不幸が連鎖した。
意識を失っていたはずのフィに腕を掴まれ、ジャゴはその命を彼女に命を吸われた。
「私は見た。生きて、そいつに報復する! すまないが私の糧になれ」
「見た? 襲撃者をか?」
ジャゴの意識が遠退いていく。その代わりにフィの顔に生気が増していく。
物音に駆けつけた竜騎士が、折れた白金の槍をフィの左胸に突き刺した。
フィは絶命した。
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