第55話
なんの用だと俺は云った。散々こちらの問いかけは無視してきてこれはない。驚くべきことに村人たちは手に手に武器を携えているのだ。
最年長の男がはっきりしない口調でぼそぼそ云う。その目は倦み疲れていて、とても尋常な様子ではなかった。
「なんて云った? よく聞こえない」
ベノンが唾を吐き捨てた。
「女を寄越せと云っている」
「女?」
この村に来てからというもの違和感は様々感じていた。排他的とその一言では片付けられない何かがありそうだと、漠然と思っていた。
女、だ。
腑に落ちた。俺はいまだ、この村で女性に遭っていない。老婆にも幼い子供にも、女性という女性ただの一人も遭っていなかった。
ただ、この一団で女はフィしかいない。俺は馬鹿馬鹿しくはあったが改めて今現在のメンバーを見回した。
村人が相変わらず聞き取りにくい声と声量でおそらく同じことを云った。当然俺の返答は決まっている。理不尽過ぎて笑えてくる。従う理由もない。その上、フィなど寄越してもし彼女の機嫌を損ねようものなら、いや、村人の手に渡すと決めた時点で怒り心頭となるだろうから、そうなれば俺は死亡、この村も未曾有の奇禍に遭遇することだろう。
この村の女はすべて、ゼメトの首都リーベンに連れていかれたと別の村人は云った。補足説明のつもりなのだろうが、だからと云って申し出を受ける気にはならない。そもそも武器を携えこちらを取り囲んでいる時点で、力ずくて奪う心づもりではないのか。
ゼメトがどんな国か、俺は興味がない。ただフィは渡せない。いろんな意味で渡せない。
「少し待て」
俺はそう云って村人たちを待たせ、旅の仲間を連れ一旦納屋に引っ込んだ。ベノンにフィに化けるよう頼む。
「とんだ腰抜けすけべ村だ。女を奪われて、取り返しに行くんじゃなしに旅人を狙うとはな」
キルシマが苦虫を噛み潰したような顔をして、尖った顎を揉んだ。
「頼めるか、ベノン」
ベノンならば隙をつき逃げ出すことなど造作もないとの判断だ。この寒村の中に、忍者以上の手練れがいるとは思えない。ベノンは快諾する。
俺は次に賢者に目を向けた。フィはため息を落とし着ていたものを脱ぎ、ベノンに手渡した。既に若干怒っている。村人の劣悪さと、回りくどいことなどせず、蹴散らせばいいという思いを飲み込んでいる。
俺は納屋から出て声を張った。少し演技がかった口調になったが仕方ない。
「フィを渡すかわりに情報と物を提供しろ。首都に行く最短ルート、そして食料だ!」
ゼメトにどれほど苦しめられているかなどしらない。得手勝手にこちらのものを奪おうと目論む輩の物を奪っても、俺の心は痛まない。俺は聖人じゃない。
たしかにこんな奴ら、蹴散らせばいい。それが簡単にできてしまう人間が俺の手元には揃っている。だからこれは、聖人ではないが、争いごとが嫌いでもある屁たれの俺ならではの、中途半端な妥協案でもあった。
ベノンが化けた偽賢者からはやたらといい匂いがした。偽者だろうと私が臭いと思われたら大変と、フィが香水を振ったのだ。
女に飢えた下劣漢どもは、俺の提案を飲んだ。寒村から巻き上げられるものなどたかが知れていたが、米やカボチャ、ジャガイモなどはいくらあっても困らない。嬉しかったのは豚肉とハチミツだ。スパイスを手に入れスペアリブを作ろう。付け合わせは蒸した野菜だ。
偽フィことベノンを寒村デレヘンクトに置き、俺たちはゼメトの首都リーベンを目指して出発した。
歩いていても料理をしていても、俺はユーリップのことを考えてしまう。これほどひとりの人のことを考え続けたのはいつ以来だろう。親父が死んだ時も相当引きずったが、ここまでのべつ考えていなかったように思う。
キルシマあたりと冗談を交わしたりするが、不図ユーリップの声が、顔が、頭をよぎる。目の前で連れていかれたのだから当然だ。取り返さなくてはならないという、使命感に常に背を焼かれている。
「カザン!」
キルシマが刀を抜いた。ひどい腐臭に鼻をぶん殴られたようになる。べちゃりと湿った足音をさせて、数体の魔物が姿を現した。
明らかに腐っている。
動く死体。所謂アンデッド。かろうじて人型ではあるが、皮膚や肉は変色し、ほぼ腐り落ちている。内臓ははみ出し、目玉も溶け落ちていた。
「糞僧侶、祓え!」
キルシマがゼンガボルトに云い放つ。ゼンガボルトは云われるまま、さ迷う屍体を永劫の眠りに誘うべく神の御言葉を唱えはじめた。これはたしかに効いた。一体は崩れるように倒れ、そのまま静かに白骨化した。
俺は数を数える。最初は数体だったものが、今や二十を越えている。この手の魔物はすぐに仲間を呼ぶのも特徴だ。
魔法使いバルクナハが防壁の呪文を唱えた。これでしばらくは、死体どもは近づけない。
竜騎士エンデミュートが白金製とも云われている自慢の槍で動く死体を突き刺す。賢者フィが炎の魔法で一気に数体の死体を燃やす。猟師ノトは弓矢では相性が悪いと、そのへんに落ちていた棒切れで死体の頭部をぶん殴った。
途中から音もなくベノンも参戦した。早速デレヘンクトから抜け出したようだ。
みんな強い。キルシマもジャゴも強いと思ったが、さすがに皆名うての冒険者だけのことはある。
「カザン、油を撒くのです!」
フィに歌うように云われ、俺は積荷から油壺を取り出し、動く死体にぶっかけた。追撃はフィの炎の魔法だ。
盛大な火柱が空に上がった。
「死体は燃やすのが一番!」
フィは顔を顰めながらそう云った。キルシマがぼそりと、怖しやと呟いた。
相手が死体であり、燃やしてしまったのだからろくな拾得物もない。剥がすようなものも皆無。ただ安らかに天に召されてくれと、ゼンガボルトの祈りの言葉だけがしばらく続いた。
「さあ参りましょう」
フィが香水を振りかけながらそう云った。
背後から数人の足音が迫ってきた。新手かと俺たちは足音のほうに振り返る。
デレヘンクトの村人だった。
「騙したな!」
「おうおう、そこまで女としたいのかよ!」
騙されておけばいいものを。腕に覚えがあるようには到底見えない連中が、顔色を青に赤に変えて叫んで食ってかかる。
「女を寄越せ、騙すんじゃねえ!」
「そうまでして女が欲しいなら、奪ったゼメトと戦ったらどうなんだ?」
キルシマの言葉に、村人のひとりが喚くように返した。
「うるせえ、なにも知らねえくせに! 十日に一度、女を生贄に出さないとデレヘンクトに住む俺たちは皆殺しにされるんだよ!」
「は? それはゼメトの連中にか?」
「じゃあ今殺してあげる」
フィが口を挟んだ。おそらく本気だ。
今死ぬか、あとで死ぬか。
村人は引き下がっていった。
「まあ、女好きの王や領主がいる地域では珍しい話じゃないが」
エンデミュートはそう云って槍を鞘に収めた。
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