第54話

 いくつかの山と川を越え、俺たちは小さな村に到着した。これで今夜は屋根と壁のあるところで眠ることができると安堵したが、宿屋がない。その所在を尋ねようとしても人がいない。ようやく畑の横を歩いている農夫を見つけ、どこか泊まることのできる場所はないかと声を掛けたが、農夫は俺を見ようともせず通り抜けようとする。俺は聞こえなかったのかと思い、もう一度少し声を張って同じことを尋ねた。反応は同じ。


 結局農夫は、俯いたまま俺たちが来た道を黙々と歩き去っていった。


「なんだありゃ」


 キルシマが呆れたような声を上げた。


「耳悪いのかな」


「さてな」


 ベノンが音もなく俺に近づいてきた。


「探してこよう、宿だな」


 返事をする間もなく、ベノンは姿を消した。忍者は神出鬼没というが、まさにその通りだなと俺は感心した。ジャゴあたりは早々に荷車の後ろに腰を下ろしている。バルクナハは懐から布を取り出して額の汗を拭う。


「酒が飲みたい。飲み屋も調べてもらうんだったな」


 キルシマがぼやく。空を鳶が飛んでいる。


「キルシマ、忍者というのは努力してなれるものなのかい?」


「アネムカでは無理だが。忍者が使う術をある程度習得することは可能だろうがなあ。我が祖国、ジオポルト特有の職業だ。侍や浪人などと同じだな。なんだ、なりたいのか?」


「いやあ」


 俺は頭を掻いた。なんとなくかっこよく見えただけだ。


「拙者の家もそうだが、多くは世襲。もしくは株を買って家名を継ぐ」


「へえ」


 職業を買うのかと俺は感心した。音もなく後ろにベノンが立っていた。


「ここをまっすぐ行くと道が二つに分かれている。西側の坂道をのぼってしばらく行くと今は誰も使っていない納屋がある」


 キルシマは飲み屋はなかったかとベノンに尋ねた。ベノンは南の方を指差し、あっちにいくつか店があったと云った。キルシマはよしと云って南に歩き出した。


「納屋だからな、酔いつぶれないで戻って来いよ」


 俺の老婆心に片手で挨拶をして、キルシマは去っていった。


 後からキルシマに聞いた話だ。


 キルシマは小さな飲み屋を見つけ中に入ったそうだ。店内は薄暗く、カウンター席に一人、みっつあるテーブル席に二人一組の客しかいない。店主はキルシマを一瞥したのみで、すぐに下を向きコップを拭く。


 キルシマはカウンター席に腰掛けた。


「なんでもいい、酒をくれ」


 店主は返事をしない。


「聞こえなかったか?」


 後ろのテーブル席で交わされていた会話が止まった。


「ここは酒を飲むところじゃないのか? 小汚い身なりだが、金はあるぞ」


 店主は変わらず無言のままだ。入り口の扉が開き、のっそりと店に入ってきたのは老猟師ノトだった。村に一軒しかない飲み屋だろうからこれは致し方ないことだ。


「酒をくれ」


 ノトの大声が聞こえていないのなら店主は耳を悪くしていると捉えるべきだが、どうも違うようだ。ノトは一番離れたテーブル席に腰を下ろすと再度声をあげた。


「聞こえなかったか? 酒だ!」


 店主は鼻からたっぷり息を抜き、埃をかぶった瓶と罅が入ったコップをノトのテーブルに置いた。ノトは聞こえてるじゃねえかとコップに酒を注いだ。キルシマもカウンターを離れてノトと同じテーブル席の椅子に腰掛け酒をあおった。強いだけで薬のような味がする。腹を壊しそうだとキルシマは顔を顰めた。


 テーブル席の男二人がじっと見ているのをうなじのあたりに感じながら、キルシマは静かに店内を見回した。


「ここはなんて村だ?」


 誰も答えない。今更返答は期待していないが、やはり腹が立つ。ノトは不味そうな顔をしながらも何杯も飲んだ。


「おい店主、女を買いたい」


 店主は無視。さすがにノトは立ち上がり、目の前に立つ店主の襟首をつかんで、その耳に向け怒鳴るように云った。


「女だ!」


 二人組の客が腰を浮かせた。キルシマはテーブルの下で鯉口を切る。


 店主は噎せたように言葉を吐いた。


「女はいねえ」


「口きけるじゃねえか」


 ノトは店主から手を離し代金をカウンターに叩きつけて店を出て行った。


 キルシマは刀に手をかけたまま尋ねる。


「この村の名前は?」


「……デレヘンクト」


「拙者たちは隣国アネムカきら来た。余所者ゆえ、警戒しているのか? それとも何か理由があってのことか」


 それ以降店の誰も口を開くことはなかった。やむなくキルシマは、村の外れにある納屋に向かった。


「デレヘンクト」


 当然俺は聞いたことはない。物知りそうなエンデミュートも知らないと云う。キルシマが、それにしてもまるで廃屋ではないかと苦笑いをした。この納屋のことを云っているものと思われた。


「雨風凌げるだけ有り難い話じゃないか」


 キルシマは綿の入った布団で寝たいと贅沢を云いながら、俺の手から握り飯をもぎ取った。たしかにあばら屋だ、屋根があるとはいえ何ヵ所か穴も開いているし、隙間風も入ってくる。フィあたりは厭がるかと思ったがそうでもなさそうだ。考えてみればあのダンジョンを生き抜いたのだから、この程度の環境屁でもない。


 エンデミュートは握り飯を十個ほど腹に納め、今はのんびりと武具の手入れをしていた。ジャゴは積み荷の整理をしながらロバをブラッシングをしている。


 キルシマに続いて戻ってきたノトが開口一番云った。


「見張られてるぞ」


 月も出ていない晩、戦いに慣れた幾人かは納屋の隙間から外を覗き、潜んでいる人間の数えた。


「五人」


 俺は交代で見張りを立てることにして、ひとまず眠ることを優先させた。少なくとも観察者側に攻撃の意思はないようだ。他国からの侵入者を警戒しての行動なのだろうと思われるが、気持ちのいいものではない。


 翌朝、デレヘンクト村にて、トガの風貌、そしてユーリップの風貌を説明しながら本格的に情報収集をはじめたが反応はすこぶる悪い。そもそもまともに顔も合わせてもらえない。行き交う人も人も少ない。


 やたらに墓が目立つ。


 結局なんの収穫もないまま、俺は納屋に戻った。キルシマが壁際に立って外の様子を見たまま、俺に声を投げた。


「まだ見張っている。ご苦労なことだ」


 フィが欠伸を押し殺しながら口を挟んだ。


「考えられることは、地方の寒村にありがちな排他的な土地柄。それか、村にある重大な秘密の漏洩を惧れている。そのどちらか、もしくは両方」


「重大な秘密だって? こんな墓と畑ばかりの村にいったいなにがあるという?」


「そんなことは知りません。興味もない。カザン、ひとまず疲れは少し回復いたしましたし、なにも情報が得られないのでしたら、もう出発してはいかがです?」


 エンデミュートも異論はないようだった。


「よし。それじゃ荷物をまとめて出発しよう」


 納屋を出て、村の出口に向かおうとした時だった。今まで隠れて様子を窺っていた村の連中が、一斉に俺たちを囲んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る