第51話

 アネムカを出る前に確認したいことはたくさんあるが、それをひとつひとつ片付けていてはいつまでも出発できない。


「誰か、デアデフイという少女の行方を知らないか?」


 首輪をされた痩せっぽちの少女。棺桶職人パキスニに連れまわされ、いいように使われていた竜人族だ。ベノンは同じパーティにいたが行方は知らないと云った。普段からほとんど関わりなく、満足に会話すら交わしたことがなかったそうだ。


「あのパーティはパキスニのものであったから、それはそれでなんら不都合はなかった」


 ベノンはそう云ってくるりと回った。俺は感嘆の声を上げた。その顔がまさにデアデフイに変わったからだ。


「そう、こんな子だ!」


 すると数人、ああと声を上げた。ただそれはギルドで見かけた、依頼先で見かけた、その程度のものでしかなかった。


 フィが云う。


「その手にはドラゴニュートも抱えられるというんですの?」


 自分の手で守れるものには限りがあると、俺が妙な宣言をしたことに対する揶揄だろう。


「不幸そうに見えたから助けたい、それはわかります。しかし手を出し、カザンさんの云うその手に抱えきれなかった場合はどうなさいます? 切り捨てるのですか?」


 ユーリップが前に出た。俺に助け舟を出すのかと思いきや、天真爛漫な夜の女王はあろうことかフィの意見に同意した。


「そうじゃぞ、カザンはあれやこれや手を出し過ぎじゃ。そんなことでは本当にやりたいことがぼやけてしまう」


 それはそうだ。だから魔王フロイを封じるために奔走はするも、世界を救うその中心には立つつもりはない。


 拾うものと切り捨てるもの、その線引きはとても難しい。


 軸足をどこに置くか。


 やはり俺は冒険者であり料理人でありたい。国の危機を背に世界を救う旅に出ようとも、おいしいものとともにありたいと思っている。どれほどつらかろうと、いやつらい時だからこそ人はうまいものを食べるべきだ。


 フィはユーリップを睨むように見返した。


「精々いまある大切なものとやらを取りこぼさないよう、お気をつけを」 


 なんというか賢者様は独特だ。いや、ここにいる全員特徴の塊ばかりなのだが、中でもフィの存在感は抜きんでているように思う。


「話は歩きながらすりゃあいい、カザン殿出発しよう」


 キルシマの一言をきっかけに、総勢十一人の冒険者は東の国ゼメトを目指し行動を開始した。


 エバ橋を渡り、左手に物見の塔ヨロフトを見てさらに東に進む。さすがに以前のように夜に進んで日が上ってから休むということはできず、やむなく吸血鬼ユーリップは日の光の下でも活動できる蝙蝠姿となっての移動が多くなった。当然最初は獣の姿を見せたくないとユーリップはぐずったが、魔王の力を解放した時の大蝙蝠姿を見ている俺からすれば今更なにを云っているんだという感想しかなく、なだめすかして承諾させた。


 蝙蝠は俺の肩に止まって欠伸をしている。これはこれで気が楽でいい。


 ゼメトとの国境に近づく。国境を警備するアネムカ、ゼメト両国の兵がそこにはいるはずであり、どのような申し立てで国を跨いだらいいのか。


「誰もいない」


 誰もいない。


 アネムカ側の警備兵の姿は見えない。俺は国境に巡らされた城壁を見上げる。


 城門は解放され、通路の向こうのゼメト側の門も開いている。


「エンデミュート伯。これはどういうことでしょう?」


 エンデミュートは難しい顔をして、国境門をつぶさに見聞した。床や壁を見、匂いを嗅ぐ。


「魔王フロイというのは、今もトガ・マギランプの中に封印されているのだな? それをどうにか目覚めさせようとしていた動きがあったことは、それとなく聞いている」


 大神官アゼカイ・ギュンピョルンが魔王復活を目論んでいたこと。あろうことか国王ラドラ・ゴ・アネムカをも巻き込んでの一大謀略であったこと。


「その、ギュンピョルンの呪法は成就しなかったのだよな?」


 それにはフィが答えた。


「蠱毒ではなかろうかと。我々冒険者をダンジョンに封じ込め、殺し合いをさせたのは、蠱毒の呪法を為そうとしていたのではないかと私は推察しております」


「うむ。まったく怖しいことよ」


 他人事のようにエンデミュートは唸った。いや、実際他人事だったのだろう。四天王にはそれぞれ役割があり、必要以上のやり取りはないのだ。


「まあとにかく、魔王フロイはまだ不完全。今はマギランプの末子の姿で外を彷徨いているはず。たとえ人であろうとマギランプの人間ならば、この城門の衛兵をどうにかすることぐらいできるのではなかろうか」


 エンデミュートは壁に残った焼け跡を見ている。それは確実に人型をしていた。


 俺は息を飲み、そしてそろそろと言葉を挟んだ。


「ですがエンデミュート伯。トガはたしかにマギランプ家ではありますが、魔法は絶望的に下手でした。たとえ中の魔王に操られたのだとしても」


「身体の奥に封印されていた魔王から魔力の提供を受けたとしたらどうだ? 仮説に過ぎないが、マギランプという血筋は優秀な家系。その血に魔王の魔力があったれば、ここの衛兵なんぞ焼き殺すことくらい造作もないことではないのか」


 操られたトガがこの国境の兵を消し去ったと、エンデミュートは云っている。にわかには同意しかねる意見だが、それはすなわち東に向かった俺の判断は間違いではなかったということでもある。


「ゼメトの町に入り込んだとして、マギランプの末子というのは見つけにくい容貌か?」


 忍者ベノンがトガの姿に変わった。エンデミュートはその顔を見て、小さく唸る。


「背丈は?」


「ベノンとそう変わらなかったと思います。体格も華奢でした」


 つまり目立たない。人混みに紛れてしまえば探し出すのは困難だろう。


「とにかく近くの町を目指します」


 俺は旅の仲間にそう伝えた。

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