第52話
国境にある大きな城門は二国が共同で作り上げたものである。
アネムカ側とゼメト側各々に各々の国の衛兵が立っている。常時何名ほどで門を警備しているのかまでは俺は知らない。それでも誰もいないことはありえない。
トガが。正確にはトガの中の魔王フロイが、この国境門の衛兵を消し去ったのだ。
石積みの隧道の先頭を行くのはエンデミュート。竜騎士は元来防御力がすこぶる高く、重装備とも相性がいい。使用可能な武器も多く、多くの竜騎士が剣を補助的な武器として、メイン装備を槍としている。つまり前衛にうってつけのジョブと云える。問題はその竜騎士様は、とても身分の高い人間だと云うこと。筋金入りの平民で、代々受け継ぐような姓も持たない俺が前に出てくれなどととても云えないと思っていたが、薄々感じていたがエンデミュート伯、立場のある人間であるのにとても変わり種である。
そもそもとキルシマが云う。
「そもそも、国の危機なわけだ。国王が死に、国防の要である四天王も一人死に、一人は行方不明。いくら内政は文官に任せているとはいえだ。国を出ていいものか。……待て待て。そう、そもそも」
「そもそもはもうわかったよ」
「クジキリ将軍が魔王の行方を追って出たのだったよな?」
「そう云ってたよね」
「拙者たちまで行く必要があったのかと」
「それは今更だよ、キルシマ」
諫めつつ俺は普段の自分というのもこんな感じなのだろうかと省みた。行きつ戻りつして遅い歩みをくり返す。しかし今は拙速であろうと速度を要する。先発としてゴゾー・クジキリ将軍の一団が魔王フロイを追い、その後に第二陣として自分たちがいるだけのこと。
キルシマは勿怪顔をした。
「なんだよ」
「いいや。先を急ごう、カザン殿」
薄暗い通路を十一人は黙々と進んだ。
先頭をサンゴアンゴ・エンデミュート。ジャゴと荷駄。ゼンガボルト。ノト、ゼオ、バルクナハ。ベノン。フィ・ポーハパードール。
キルシマ。そして、俺と日光から解放されたユーリップ。光もなく松明も点していない。
俺たちが通り過ぎた石の壁から、まるで獣のような動きでトガが姿を現わす。使用したのは中位魔法である同化の術。落第魔法使いであるトガには扱うことができない魔法だ。
「ドロヴァデッド」
前を行っていた猟師ノトが瞬時に振り返って弓に矢を番える。俺は咄嗟に射つなと叫んだ。
「馬鹿云え、魔王だろうが! 封じられてるうち片付けたほうがいいに決まってる!」
少なく見積もって俺の倍以上の年齢を重ねているだろう頑迷そうな面持ちの老猟師は、石壁にひびを入れんばかりの大声で訴える。
「射たないでくれ! 中身は魔王でも、あれは、」
ノトは俺に矢を向けた。
「やっぱりこいつに仕切らせるのは間違いじゃ! 引き返せ、さもなくばお前から射殺す! かまわんな、竜騎士よ!」
エンデミュートはいかにも困ったという顔をして、俺に云った。
「割り切ってくれ、カザン君。目の前の少年はもはや旧知の人物ではない。それとも君は、この期に及んでトガ・マギランプをどうにか助けられるとでも思っているのかい?」
うまく答えられない。トガは魔王の目でユーリップを見た。
「ドロヴァデッド」
弦が鳴り矢が飛ぶ。しかし矢はトガに届く前に一瞬で消滅した。焦げ臭いにおいが鼻に届く。
「さすがにここの衛兵とは違い、この身体でお前ら全員相手にするのは骨が折れそうだ」
トガがトガではない声でそう云った。
置いてますます盛んなノトがまた一矢、トガの眉間に狙いを定めて放つ。しかし矢は、やはり一瞬で燃えて消えた。
「まあ待て、話をしよう」
怖ろしい存在であるのに声は甘い。それがまた怖ろしさを助長する。
涼しい顔をしてエンデミュートがトガの前に立った。ただそれだけで、俺は竜騎士と自分との格の違いを痛感する。いや、こういう局面こそ俺が前に出るべきではないのか。しかしどのように言葉を交わせばいいのかがわからない。そしてそれこそが男の格を決める要因のひとつであろう。
「なに、難しい話じゃない。ドロヴァデッドを寄越せ。今はそれで引き下がってやる」
トガのつぶらな瞳に鈍い光が宿った。
できるわけがない。俺個人の感情はさておき、今のところ魔王フロイについてわかっていることのひとつに、トガに封じ込められた状態から脱するには、本来の姿となったユーリップの存在を必要としている事実があるからだ。
「断る」
おいこら若造とノトが食って掛かる。
「料理人風情がでしゃばるんじゃねえ!」
俺は一瞬で頭に血が上り、普段出さないような声を出す。
「料理人なめンな! 食べることは生きることだ、それを疎かにするやつはゴミクズ以下だ!」
「なんだとコラ! 食いもんが有り難いのはてめえごとき小僧っこに説教されるまでもねえ! おめえら料理人は、あるだけでありがてえ獲物を、いらねえ手を加えてあれこれ飾ってるじゃねえか! 食うことを大事にするならなんでも有り難く食いやがれ!」
「命を安全に有り難く食べるための料理だ。なんでも余すことなく、命をいただくための料理なんだよ! 料理を否定するならなんでも生で食え、塩も振るな、そして腹壊して死ね!」
なんとも子供っぽいと、そんなこと自分でもわかっている。云い争いをしている状況ではないことも十分承知しているが、料理人を否定されて黙っていられるわけがない。
俺はそのままの勢いでトガの中の魔王に云った。
「ユーリップは絶対に渡さない!」
ならばよとトガは口中魔法の詠唱をはじめた。
それは怖ろしい、体力減退の呪いだった。まず、薬師ゼオが白目を剥いて倒れた。ゼンガボルトが駆け寄るが、既に息絶えている。呆気ない。
「弱い奴から死んでいく」
「馬鹿野郎カザン! その女は魔物じゃねえか、とっととそいつに渡せ!」
それにはエンデミュートが返した。
「いやいやノトさん、彼女を渡すことはすなわち魔王フロイの復活を加速させる」
「このままだと全滅だ!」
フィが同意した。魔法使いバルクナハが胸を押さえ倒れる。
悩んでる暇はない。
「どうする、カザン!」
ベノンも倒れる。
エンデミュートが腰の剣を引き抜いた。
「その呪いはこの場の全員殺せるのか?」
トガはにやりと笑う。それができるのならばわざわざ姿を現したりはしないはずだ。
「……うう」
「カザン!」
俺の意識も薄れはじめた。視界に靄がかかり、耳が遠くなっていく。
「もうやめよ、フロイ。わらわが貴様と行けばよいのじゃろう?」
「だめだ、ユーリップ、行くな」
「この場で魔王の姿になるのでもかまわんぞ。それだけで我輩も元の姿に戻ることができる」
ノトが叫んだ。
「おい、女吸血鬼! もしおめえが儂たちの味方だとほざくんなら、魔王にでもとっとと化けて、その目の前の餓鬼をひねり潰せ! それともおめえは、やっぱりそいつの仲間か?」
どうなんだ! まるで絶叫だ。
「いやじゃ、いやじゃ……」
それができるなら多分ユーリップは、とっくに魔王となっていたはずだ。彼女自身力のコントロールはできていない。
「フロイ、もうやめよ。わらわはそなたとともに行く……行くから!」
ユーリップは涙を流した。とても綺麗な銀のしずくだ。
「だめだユーリップ! 行くな! 行かないでくれ!」
ユーリップの背を射ようとしたノトはエンデミュートに止められた。フィも魔法の詠唱をはじめている。
ユーリップの背に腕を回し、トガは再び壁の中に吸い込まれるように消えていった。
「ユーリぃぃぃップ!」
壁に消える刹那、ユーリップはちらりと俺を見た。
「必ず助ける!」
トガの声で高笑いが響いて、やがて消えた。
ノトが俺を殴った。キルシマとジャゴが割って入る。
「止めんな! こいつはいったいなんだ、いったい誰の味方だッ?」
俺はノトには構わずユーリップの消えた壁にしがみつくようにして調べた。石はきっちり組み上げられており爪の先すら入る隙もなかった。
「ゆう、ゆうりっ……糞ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
「喚くんじゃねえクソガキ! 答えろ、おまえはなんなんだよっ!」
簡単にゼオが死んだ。俺は殴られた頬を押さえもせず、折れた奥歯を吐き出した。
「俺は料理人だ、美味いもの作って食わすのが職分だ」
「云ってる意味がわかんねえな」
俺は奥歯を噛み締め、ゼメトに向かって歩き出した。
「待てこら、話は終わってねえ!」
ノトの肩をエンデミュートが叩く。ノトは竜騎士にすら噛みつきそうな勢いだ。
「私はカザンを旅のリーダーとした。君は違うのか」
「おいやならアネムカにお戻りなさい」
フィもそう云って先に進む。ノトは短く壁に向かって毒づき、どうにか怒りを抑え込み、ゼオの亡骸を肩に担ぎ歩き出す。
「おい僧侶」
キルシマがゼンガボルトに尋ねる。
「世界には生き返りの奇跡を扱う僧侶もいると聞く。おまえはできないのか?」
「拙僧が? とんでもない!」
すっかり様子が変わってしまってまるで拍子抜けするが、かつて悪童と謳われた僧侶は必要以上に大きな身振りで否定した。
そうして旅の一団は一人欠いた状態で東の隣国ゼメトに入った。ノトはゼオの道具をジャゴの荷車に移し替えている。
「見てもわからんものばかりだが、捨てていくのは勿体ない」
ゼオは火葬にされた。本当に呆気ないと思う。彼の死を悼むほど、俺はゼオのことを知らない。それもなんだか悔しい。だが今はとにかく前進しなくてはならない。圧倒的な力に立ち向かう為、他の圧倒的なものの知恵を借りるのだ。
祖国アネムカの為、世界の安寧の為、
違う。
「ユーリップ」
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