第50話

 翌朝、天は厚い雲に覆われていた。火はいまだに燃え続け、アネムカは地獄の底のような様相を呈していた。


 俺は崩壊した家から使えそうなものを掻き集め、やはり一番に約束の場所に着いた。


 それにしてもと焦げ臭い風を匂う。


 冒険者としてギルドにいたのですらお笑い種であるのに、それが魔王を求める旅に出ることになろうとは。軍配のスキルを持っているとは云え、やはり無茶苦茶だ。


 ユーリップの話し振りではフロイという存在は、九人いる魔王の中でも特別であるようだ。


 ジャゴがきた。ロバに荷車を引かせている。


「傷は大丈夫?」


「ゼオにいい薬をもらった。痛みもない」


 ゼオとは、猟師ノトのところにいた薬師だ。昨日まで命の奪い合いをしていたはずが、今は結託し旅に出ることになっている。


 そのゼオと、魔法使いに見えない魔法使いバルクナハがやってきた。朝の挨拶をするのも妙だ。王国の崩壊を横目に見ながらの旅立ちに笑顔はいらない。俺は天涯孤独の身であるから後ろ髪引かれるようなことも少ないが、今日の面子の中には、アネムカに家族や友人を残しての出発になるものもいるだろう。


 賢者フィが軽やかな足取りでやってきた。


「まあお早いこと」


 背景の瓦解している街並みとはまるで馴染まない、ひとりだけ花畑にでもいるような風情を醸し出している。


 義足と杖を突き、別人となったゼンガボルトが到着する。深々とお辞儀をするのを俺は見つめる。力を追い求め、魔に魅入られた僧侶は小さくなった身体でなにを思う。


 キルシマが小走りにやってきた。


「カザン殿、拙者今一度ダンジョンに行ってみたのだがな」


「どうして?」


「いや。秘剣報復者を探しにだ。しかし見つからなんだ」


 それはライホの師匠筋にあたる盗賊が所持していた、怨嗟の対象を追い求め続ける剣だ。その盗賊キアッカは死んでいる。


 いつの間にか背後にベノンが立っていた。俺は情けない声を出した。ベノンの変わり身の術はまさに神業としか云いようがない。


 大小様々な弓、矢筒に矢を満載させたノトがガニ股で歩いてくる


「儂で最後か?」


 本当に声が大きい。俺は首を振った。


「いやあ、遅くなった」


 そう云いながら現れたのは竜騎士サンゴアンゴ・エンデミュート伯爵。


 俺は改めて、集まった面々を漫然と眺めた。なんだろうこの集まりは。どこを見ても個性が溢れ出ている。とてもではないが俺のような男が、音頭をとって右に左に動かせるとは思えない。


「あの、エンデミュート伯。やはり貴方が先頭になるべきかと」


「なぜ」


「なぜ? いや、あの、俺には荷が重い」


「なぜ?」


 エンデミュートは大きな口を引き締め、鋭い目で俺を見た。


「これで全員かな?」


「いや、全員ではないです」


「いっそのことダンジョンでの生き残りすべて従えて旅に出たらいい」


 ユーリップがふわりと参上した。


「とりあえずこれで全部です」


 昨日云い交わした総勢十一名、これで揃った。ちなみに昨日、大剣使いの戦士モータワーのパーティにも声を掛けたが、取り付く島もなく断られていた。


「モータワーにはフラれタワー」


「気に入ってるねそれ」


 ユーリップはにっこり笑った。


 人がたくさん死んでいる。アネムカは復活できるのだろうか。生きて帰って来られるのか。相手にするのは魔王だ。ユーリップも魔王だが、彼女を基準には据えてはいけない。魔王とはフロイのように、不完全な身体であろうと、町ひとつ城ひとつを簡単に消し去ることができる存在であるはずだ。


 そして思う。本当に今、アネムカを離れていいのだろうか。ここに残ってすべきことがあるのではないか。


 集団は歩き出している。俺はユーリップに背中を押され、前を行く集団についていく。


 顔見知りの店主が炊き出しをしている。


 根野菜を干しトマトで煮込んだものだ。そうだ、俺も料理人であるならば、


 ユーリップが俺の尻を叩く。それを見て笑いながらエンデミュートが云った。


「この国に留まり生き残った人間のために動くのは大切だ! しかし我らには我らにしかできない使命がある!」


「俺たちにしかできない使命」


「冒険者ならば旅に出るのだ!」


 その言葉に高揚しない者はいない。やはり旅の中心はエンデミュートであるべきだと、俺は息を吸い込む。


「カザン!」


「は、はい」


「さあ最初はどっちに向かう? 西か東か、北か南か」


「え、あの、ユーリップ、他の魔王の情報はある?」


 俺は小声でユーリップに尋ねたが、ユーリップはゆるゆると首を振るのみだ。


「名も知らん」


 さて困った。調べ物をしようにも王立図書館も破壊され、数万冊あったと云われる本も灰と化している。


 賢者ならば。


「フィ。フィ・ポーハパードール」


 全体的に色素が薄いフィは、下着が透けて見えそうなレースの衣服に身を包み、青みがかった長い髪を払いながら振り返った。


 俺やキルシマは彼女の怖ろしさをよく知っている。その見た目に騙されてはいけない。


「あの、魔王についてなにか知っていれば教えてほしい」


 フィはそよ風のように笑った。


「私はひたすら、アネムカを救いたいそれだけなのです」


「そうか……。ううん」


 俺は頭を掻く。前を行くジャゴが見えた。


「それじゃあ、東に」


「よし、皆に周知せよ」


 エンデミュートに促され、俺は声を張った。


「東に向かいます!」


 先を行っていたジャゴが振り返り、親指を突き出した。東の国には大海を渡る船を作ることができる技術者集団がいるという。ジャゴは本来、アネムカで冒険者をして金を作り、東の国に向かい船を手に入れるつもりでいた。海運で身を立てることこそジャゴの夢、俺は洞窟の中で吊るされていたジャゴの姿が目に焼きついて離れない。このまま旅を続けさせていいものだろうか。東の国に至り、船を手に入れる手立てが何かあるならば。


 ジャゴは怒るだろうか。


「東というと、まずはゼメトだな」


 アネムカを中心に考えた場合、東に海に面したゼメト。西にカスガスの森に覆われたベラブス。北に山岳国家キューネイ。


「キューネイは我が故郷」


 エンデミュートがそう云った。険阻な山にはドラゴンが棲み、古城には吸血鬼が眠る。竜騎士は窮屈なところだったと付け加えた。


「てことは。ユーリップの生まれもキューネイ?」


 ユーリップは口を尖らせて、首を傾げた。


「憶えてない?」


「憶えとらんの」


 南には海。アネムカは海に面した国でありながら、海に出ることを禁じている国だ。


 ゼメトから船に乗りさらに東に向かえばキルシマの祖国に辿り着くという。ジオポルトという国名だそうだ。


「キルシマは、そこに戻りたいと思ったりする?」


「そうさな、年を取ってまともに刀を振れなくなったら、ジオポルトで隠居するのもいいのかもしれんな。温泉もあるし」


「たとえばジオポルトに魔王がいたなんて話は知らない?」


「さて。しかし行くしかあるまい?」


 キルシマは振り返った。アネムカの空は黒い煙に覆われている。


「我らが行かねばアネムカが崩壊する」


 遠からずフロイは再びアネムカを襲うだろう。ただそれには魔王の力が不可欠だ。


 俺たちに希望があるとするならば、魔王フロイは自力では魔王になれない。他の強烈な存在に引き摺られてその力を引き出している点だ。となればフロイはまたユーリップに接触しようとするか、他の魔王のところに向かうだろう。


「つまりはそこな吸血鬼をおとなしくさせればよいのでしょう? 鎖でぐるぐる巻きにして深い海に捨ててはどうでしょう?」


 おそらくフィは本気で云っている。そんなことをしても魔王はユーリップだけではないのだ。


「たとえばカザン、魔王フロイを呼び覚まし得る存在がこの吸血鬼しかいなかったとしたら、あなたはどうするのかしら」


 実に厭なことを訊いてくる。


 世界を敵に回しても。なにかと耳にするセリフだが、まさか自分の人生でその選択を迫られる日が来るとは思っていなかった。


 ユーリップも俺を見つめている。


「……ユーリップを犠牲にするつもりはない」


「世界は魔王に蹂躙されるままかしら」


 俺は大きく息を吸った。


「世界を救うのは俺の役目じゃない」


「それではこの旅の目的とは?」


「魔王フロイを封じる方法を知ること」


「矛盾してません?」


「していない」


「正気ですか?」


 俺は両手をフィに向かって突き出した。


「人の手は小さい!」


「は?」


「この手で守れるものなんて高が知れてる! なんでもかんでも手の中に収めようとすれば無理が出て、なにひとつ守れない! だから俺はこの手から離さないものを決めた! ユーリップは離さない! だからアネムカは他の人が守ってくれ!」


 キルシマ、そしてエンデミュート、ノトが大声で笑った。笑われて当然だ、なんて宣言をしているんだと俺自身も思う。


 ただ、俺は本気だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る