第49話

 燃える町を通り抜け、俺たちはアネムカの中心に辿り着いた。


 王が崩御したとの話を、トリポカは何処から仕入れたのか。いや、町の混乱を見ればそれも首肯せざるを得ない。走り回っているのは市民ばかりで、満足に騎士団も機能していないようだ。


「クジキリ様はご無事だろうか」


 キルシマが云う。四天王の一人、侍大将ゴゾー・クジキリのことだろう。


「ああ」


 俺は喘いだ。アネムカの王城が最も破壊されていたからだ。駆けまわる兵士を掴まえて尋ねる。


「アネムカ王はご無事ですか?」


 煤と血にまみれた若い兵は、心底疲弊した様子で首を振った。


「それでは今は誰が指示を」


「執政官も亡くなり、ギュンピョルン様も行方不明……。今はエンデミュート伯と自宅にいて難を逃れた文官の数名が指揮を執っておられる」


「しょ、将軍は!」


「クジキリ様は紅い髪の男を追っていかれた……」


 兵士は深い溜め息を吐いた。なにから手をつければいいのかわからない、そんな様子だった。


「……貴様らは冒険者か? いったい何が起こっているのだ……」


 俺はダンジョンでの出来事を簡潔に説明した。いや、簡潔になどいかない、思い出したり訂正したり、知らないところを想像で埋めたり、時折感情を剥き出しにして、行きつ戻りつ言葉を重ねた。


「ダンジョンで殺し合いだと……?」


 兵士は信じられないといった顔をした。


「……辛うじて息があった近衛兵の話によると、王の間に現れた紅い髪の男に王はみずから寄っていったのだとか。まるでわからない、王とその男にどんな繋がりがあったのか」


 三百年前……


 封印……


 司祭……


 切れ切れの単語を残し近衛兵は事切れた。


 俺は王都を燃やしたの男の正体が魔王であるとは告げず、竜騎士エンデミュートに会いたいとだけ申し出た。


「たかが冒険者風情がお会いできる方ではないことぐらい知っているだろう。だいたい今の状況を考えろ」


「直接お伝えしたいことがあるんです」


「ならば俺が聞く。俺が伝えてやる」


 兵士はそう云ったが、とても伝言を委ねられるような内容ではない。


 俺はジャゴを支え直しやむなくその場を離れた。兵士は呼び止めようと声を投げてきたが、俺は聞こえない振りをした。


「カザンカザン」


 ユーリップが呼ぶ。


「お前まさか、フロイを探すつもりか」


「フロイと云うか、トガだ」


「なぜじゃ」


 それにはキルシマも同意した。


「袖振り合うもなどと云うが、もう十分だと拙者も思う。そのトガか。その者がカザン殿にとってどれだけの人物か拙者にはわからんが」


「うん」


 しかしとキルシマは腹から声を出す。一見華奢に見えて頑健で剛毅な男は、崩壊した王城を眺めながら宣言するように言葉を繋げた。


「カザン殿が行くと云うなら拙者に異論はない」


 俺はありがとうと言葉を返した。


「ジャゴはどうする? この国でジャゴの夢をかなえるのは相当大変なことになりそうだけど」


「当然一緒に行く。一緒に行って金を稼いで船を買う。それまで俺はカザンの手足となることを約束する」


「ありがとう、ジャゴ。それじゃとにかく、エンデミュート伯爵を探そう」


「カザンカザン」


「なんだい」


「わらわには尋ねんのか? その、ともに行くとか行かぬとか」


 俺はにやりと笑ってユーリップを見た。


「云わなくてもくるだろう?」


「む」


 ユーリップは膨れた。俺は本当は今にも倒れそうなほど疲労しきっていたが、ユーリップのその顔に久しぶりに日常のにおいを感じ、わずか回復した。


「拙者としてもクジキリ将軍のことが心配だ」


 目的の人物はほどなく見つかった。


 サンゴアンゴ・エンデミュート伯爵。


 実際竜騎士とは一度冒険者の酒場で顔を合わせているのだが、極限状態の自分をどうにか騙して立っている俺にそんな余裕はなかった。


 俺は切れ切れに、とても辿々しくダンジョンで起こった出来事を、ユーリップの別名の件は伏せつつ説明をした。後から考えればそれは怖しいことだった。なぜならエンデミュートがダンジョンに蓋をし、冒険者同士に殺し合いをさせた張本人かもしれないからだ。


「魔王フロイ」


 エンデミュートは整った顔に皺を刻む。


「報告で聞いた紅い髪の男。三百年前に司祭ネルマンヌが、当時はただの農奴でしかなかったマギランプの先祖の身体に封じた魔王も紅い髪であったとか。いや、この惨劇を起こしたのはその三百年前に封じられた男で間違いあるまい。魔王フロイの目的が復讐ならば、またアネムカに舞い戻ってくる可能性があるということか」


 エンデミュートは汗と埃にまみれた顔を撫でた。


「勇者リオーはいないのか」


 俺は頷いた。


「城はこの有様だ。指揮系統も混乱している。私の騎士団も四分の三を失った。そこでだ冒険者カザン、これも縁だと思え」


「縁?」


 エンデミュートは城門のある方を見た。俺もその目線を辿る。


「あれは」


 殺し合いを強制されたダンジョンを脱したものの、行き場を失った冒険者たちが三々五々集まってきていた。


「おいお前!」


 銅鑼を鳴らしたような胴間声が俺の耳に届いた。剛腕猟師ノトだ。


「縛ったままどこか行きやがって! 危うく死ぬところだったぞ!」


 殺そうとしていたくせによく云うと俺は思った。云ったところで面倒臭そうなので黙っておく。


 ノトの後ろには薬師ゼオと防御特化魔法使いバルクナハがいる。もう一人商人がいたはずだがと俺は首を伸ばした。


 ノトが笑った。


「ファルカッセオは残った財産を抱えて逃げ出したわ!」


 エンデミュートは太い腕を組む。


「提案する」


 その声には人を惹きつける力がある。集まった生き残りの冒険者たちはエンデミュートを見た。


「君たちには他の魔王を見つける旅に出てもらう。魔王を見つけ、アネムカを壊滅近くまで追い込んだフロイとやらを封じてほしい」


「他の魔王とフロイが結託するようなことはないのか?」


 そうなれば人間ごときにできることはなくなる。


「フロイはアネムカを滅ぼしたい理由がある。それを防ぐには他の魔王の知恵を借りるしか手がないようだ。危難を乗り越え此処に集ったのもなにかの縁、引き受けてくれまいか? 王国の危機を救ったとあれば報酬は思いのまま、地位も名誉も手に入るぞ」


「それなら私も加えていただけますかしら」


 涼しげな声で名乗り出たのはフィ・ポーハパードール。賢者だ。


「不服でしょう料理人。たしかに私は、あなたたちを殺そうとしました。しかし今の状況を考えればここは手を組むべきなのです」


「いや、俺は」


 魔王探しの旅など行くとは云ってない。そして、フィが仲間の戦士三人の生命力を奪い取ったことなど知らない俺は、自分やキルシマたちが殺されかけたことに対しては遺恨はない。


 変幻自在の忍者ベノンも旅に行くと名乗り出た。


「さて、カザン、個性派揃いの面々だがよろしく頼むぞ」


「え?」


 虚を突かれた。俺は四天王の一人、アネムカの英雄に対してずいぶん失礼な反応をしてしまったが、致し方なし。


「俺が? 何を?」


 エンデミュートは笑いながら、逞しい両手で俺の肩を叩いた。


「君がやるんだ! 魔王を探す旅の先導役だ!」


 縁とはそういう意味か。俺は集まった冒険者の顔を漫然と見ながら、力なく笑うことしかできない。


 大変だこりゃ。


「よし、準備を整え出発と行こう。明朝にこの場所でいいかな、カザン」


 エンデミュートが快活に云う。


「え? あなたも行くので?」


「当然だ、私にはその方が合っている。ここの事後処理は文官に任せればいい!」


「だったら貴方こそ旅のリーダーに相応しい!」


「いやあ」


 何故だかエンデミュートは照れたように笑った。


「久しぶりにただの冒険者に戻ってみたいのだよ」


 困惑する俺に、さらに驚くべき人間が声をかけてきた。


「カザン、拙僧もともに行かせてはいただけまいか?」


 右手の肘から先、そして左足の膝から下がない痩せた男だ。俺の名前を知っているが、俺は男を知らない。こけた頬に尖った喉仏、角ばった身体つき、そのどれにも記憶がない。


「すまない、君は?」


「拙僧はゼンガボルト」


「……ん? ゼンガボルト?」


 今一度俺は目の前の男を上から下までなめるように見た。俺の知るあのゼンガボルト要素がまるでない。同名の他人だろうか。


「あの、ゼンガボルト?」


「あのと云われましても……。記憶がなんと申しましょうか曖昧でございまして、カザンのことは憶えております。幼馴染であった」


「……ま、まあ、そうだが」


 云われれば確かに目の色はゼンガボルトだ。鼻の形もよく見た形を似通っているように思う。


「本当にゼンガボルトか?」


 自称ゼンガボルトは神妙な面持ちで頷いた。


「その足と手はどうした? 生えてこないのか?」


「……手や足が生えるものですか。気づくと拙僧はこの姿で倒れておりました。血にもまみれておりましたし、前世からの業障か、今生で積むべき徳が足りぬのか。そして、見れば町が燃えている。これは拙僧が出て行くべきだとそう思い罷り越した次第」


 ゼンガボルトは深々と頭を垂れた。冗談や悪ふざけには見えなかった。キルシマが寄ってきて耳打ちする。


「ずいぶん様子が変わったが、糞野郎は僧侶だろ? 僧侶だ。なあ」


 そう。僧侶だ。


「回復とか治療とか使えるんだよな?」


 キルシマが尋ねた。ゼンガボルトはただ厳かに一礼した。


「よし、それじゃあ明日の朝ここで」

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