第47話

 魔王? ユーリップが?


 耳を劈くような轟音が響いて、ユーリップに稲妻が直撃した。突然の雷火の発信源にはリオーが立っていた。勇者は確かにいくつかの攻撃魔法を覚えるが、まるでネブラフィカの扱う強烈な上位魔法を習得するには、才覚はもちろん、相当の時間と労力を要するはずだ。


 俺はリオーの手元を見た。リオーは四天王イッゴから魂移しの剣を奪っている。俺はその剣の詳細を知らない。物知りなキルシマがいれば詳しく説明してくれたかもしれないが、それでも剣の名称を考えれば、リオーが放った上位魔法の謎解きは出来る。


 リオーは手にした剣を見つめた。


「リオー、まさか」


 リオーは俺のことなどまるで見もせず、トガとユーリップとを見比べた。


 勇者とは魔王を倒す存在。直感でわかるのか、それともどこかで話を聞いていたのか。


 リオーはユーリップを殺すつもりだ。


 剣に話しかける。


「もう一度稲妻だ」


「ユーリップ、避けろ!」


 ユーリップは翼を出し、リオーの剣から放たれた稲妻をかわした。


「捉えきれないか」


 魂移しの剣とはその名が示すように、肉体を離れた魂の新たな依代となる剣なのだろう。リオーが一度この場を離れた理由は、死したるネブラフィカの魂を剣に寄せるためだったのではないか。単純に考えてネブラフィカの魔法力が失われるのは損失以外のなにものでもない。危険なことはなるべくせず、そこそこの依頼をこなして行こうと考える冒険者などではない、彼はリオーなのだ。


 ネブラフィカはリオーのパーティでもっとも古い付き合いである筈だが、死した魔法使いのその力のみをその手に残し、今勇者は何を思うのだろう。


 仲間の死を悼んだのだろうか。


 今も悼んでいるのだろうか。


「すまないカザン、君の仲間は良くないものだ。殺す」


 秘剣が閃く。


「だめだ、だめだだめだ! ユーリップはいい吸血鬼だ!」


 形ばかりの笑顔ばかりが印象に残っている勇者の、ギラついた表情を俺は初めて見た気がする。


「それはなんの冗談だ?」


 リオーはユーリップそして、その向こうのトガを見据えている。いや、ドロヴァデッドとフロイなのか。これは勇者と魔王の対決なのか。ならば俺のような料理人に立ち入る隙などない。


 そう身を引いていたのは過去の話。


 俺はユーリップとリオーの間に割って入った。


「邪魔だ料理人!」


 リオーは剣は振らず、固めた拳で俺を殴った。何度も殴った。ゼンガボルトの拳とは違い、的確に急所を抉るパンチに、俺は意識が朦朧とした。


「どけカザン!」


「……だ、だめだ」


「だったら俺は、君ごと吸血鬼を切る!」


「させないっ」


 俺はリオーの腰に取り縋った。リオーは俺の腹に何度も膝蹴りを入れ、頭を鷲掴みにして俺を引き剥がそうとする。


 見兼ねたユーリップが、もうやめろと叫んだ。駄目だ、感情の引き金を引いてはならない。


 ざわりとユーリップの髪の毛が逆立つ。


「ユーリップだめだ、自分を保て!」


「無理じゃ!」


 ユーリップが変貌していく。巨大な吸血獣へとその姿を変じさせていく。大きな翼、尖った耳に大きな牙。それが魔王ドロヴァデッドの本来の姿なのか。歯止めが効かなくなったことの証左なのか。


 ユーリップの魔王化に引き摺られトガも姿を変える。栗色だった直毛は鮮やかな紅い髪に変わり、絶えず怯えていた目は金色に輝き鋭い眼光を放つ。四肢が伸び、膨らんだ逞しい肉体はトガの衣服を破りさる。半裸の姿となりながらも尚威厳に溢れている。


 数万年の長生を誇りながら、三百年前にマギランプの人間の中に封じられた冥府の王フロイがそこにはいた。


「カザン、さがっておれ」


 ユーリップが小声で俺に云う。このような場所にいても役に立たないのはわかっている。意地になって居残ったところでユーリップの足を引っ張ることになることも。


「ユーリップ」


 振り向いたユーリップはやはり蝙蝠の顔をしていたが、俺はしっかりとそのつぶらな瞳を見返した。


「ユーリップ、君を、」


 リオーが仕掛けた。その目はフロイのみを見ている。魂移しの剣を振りかぶり、フロイに切りかかった。フロイは顔色ひとつ変えず、リオーの剣を指の先で止めた。


「人の身で我輩に抗うか」


「三百年前に人の手で封じられていながら、よく云った!」


 違いないとフロイは呵々大笑した。リオーは身体を捻り剣に変化を加える。フロイは面倒臭そうに剣を掴んだ。圧し折るつもりか。魂が乗り移った剣が折れたとしたら、その中の魂は二度目の死を迎えるのか。それはとても惨いことではないのか。


「ネブラフィカ、炎だ!」


 剣から大量の炎が噴き出した。フロイは少し煩わしそうな顔をして、剣ごとリオーの身体を弾き飛ばした。


「来いドロヴァデッド! 三百年前果たせなかった夢を今一度!」


 フロイはユーリップに向かって手を伸ばした。


「貴様とともに行けば、カザンは見逃してくれるのか?」


 フロイは歯を見せ笑った。


「さあ、我輩の手を取れ!」


 ユーリップは獣の手を伸ばす。三百年前の続きとはなんなのか。ふたりとも魔王であるならば、それは人間にとっていいことではあるまい。しかしそれとは別に、俺は胸が締め付けられるような思いに戸惑っていた。


「さあ!」


 ユーリップは約束じゃぞとフロイの手に、自分の手を伸ばした。


 俺はその手を取った。


「カザン」


「君は俺といるんだ」


 ユーリップの変身が解ける。それにともないフロイの中のトガが目を覚ます。


「おい、ドロヴァデッド、それはないぞ。ああ待て待て!」


 まだ完全なる復活覚醒ではないフロイは、同じく魔王であるユーリップの力にその存在を左右されている。ユーリップの本来の力に影響され、トガの中から出現できているようだ。


「まったく!」


 フロイは宙に舞い上がった。


「ならばせめて、我輩を封じたアネムカを壊滅させてやる」


 ユーリップが追う。俺も走ってついて行く。ダンジョンを出、マゼーの洞窟を駆け出ると、フロイがアネムカ王都の方向に飛び去っていくところだった。


 脅威は去ったと安心などしていられない、フロイが残した言葉が気掛かりだ。


 その答えはすぐに返ってきた。


 大轟音とともに地面が割れるかと思うような地響きが起こる。


「ああ、あああああああ……」


 燃えている。


 アネムカが黒い炎を上げて燃えている。

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