第42話
まるで重力など存在しないかのようにキルシマはダンジョンの壁を走り、吊るされたジャゴの縄を切った。俺は落ちるジャゴを受け止めようとしたが、結局は下敷きになった。
みっともないとネブラフィカが云う。
わかってる、俺はいつもみっともないのだ。料理以外なにもできないから、いつも必死だ。俺がプライドを持っているのは料理のことだけ。それでいいんだ。
「キルシマぁ!」
「おう」
「忍者を頼む!」
「合点承知」
「死なないでくれ」
「せっかく拾った命、ここで散らせてなるものかよ」
キルシマは頭を潰され絶命したキアッカを見た。
「必ず後を追う、ジャゴを連れてな」
俺の行く先に立ちふさがろうとしようとする忍者を牽制したのはリオーだった。俺はゼンガボルトを追った。
「リオー」
魔法使いは勇者に声を掛けた。
「あんたの性格上、あの品のない僧侶を叩きのめしたいでしょうけど」
「わかっている」
俺は走る。追いついたところでゼンガボルトは最早、幼い頃から知っているゼンガボルトではない。容赦なく撲殺されるかもしれない。
ユーリップはなぜおとなしくされるがままにしているのか。おそらく人を超えた力を持つあの吸血鬼は、妄りに力を出すことに因って人が死ぬのを怖れている。たとえその相手がゼンガボルトであろうともだ。
どこをどう行ったものか、ゼンガボルトの姿は見えない。
「ユーリップ!」
俺はその名を叫ぶ。
いったいこれだけ複雑なダンジョンを誰がなんの目的で作ったのだろう。そして、この混乱の行きつく先はなんなのか。その答えを知るのはおそらく、ダンジョンで右往左往している冒険者ではない。
「カザーン!」
ユーリップの声がした。俺は声の方に向かってひたすら走った。
「ユーリップ! ぜったいに俺が助けるからな」
壁をぶち破ってゼンガボルトが現れた。
「ステイシの野郎しくじったんだな? ……ったくよう。追いつくのが早えんだよ、ゴミクズが。やってる最中に目撃されるのが一番好きなんだよ俺は!」
俺はゼンガボルトに腕を取られそのまま壁に叩きつけられた。激しく噎せ、血を吐く。ゼンガボルトは足を上げ、俺の頭を蹴りつけようとする。ユーリップがその足にしがみつきそれを阻んだ。
「あとでいいだけ抱いてやっから今はおとなしくしてろ!」
ゼンガボルトはユーリップを突き飛ばす。
「ユーリップ!」
ゼンガボルトは足元の石くれを俺に放った。石は腹に当たり、俺は背を丸めて蹲った。血反吐がせり上がり、口から大量に吐き出した。
「カザンよお、殺さないでおいてやっからそこで見ててくれよ。その方が俺、興奮すんだよ」
おそらくこの発言は本気だ。俺はユーリップのみを見て、云う。
「安心しろ、俺が、助けてやる」
ユーリップは怯えている。なにを思いなにを感じて怯えているのか。俺の言葉に傷つきそして、ゼンガボルトのような男ですら傷つけることを怖れている。
だから俺は何度も云う。
それが償いだ。
殴られ蹴られ顔面の骨が折れ、血を吐き立ち上がれなくなっても、安心しろとユーリップに伝え続ける。
「カザン、カザンッ!」
ゼンガボルトがユーリップの顔を鷲掴みにした。
「おい売女ァ俺を見ろ!」
「いやじゃ、お前の顔なぞ見とうない!」
「だったらカザンを殺すぞ。見ろ! 俺を見ろ!」
まさに悪鬼の形相でゼンガボルトはユーリップに迫った。
ユーリップは泣きながら俺に手を伸ばす。俺もその手を取ろうと身体が砕けそうな痛みに耐え手を伸ばす。ゼンガボルトは俺の手を掴み、そのまま俺を壁に向かって放り投げた。
もうだめかもしれない……
目が見えない。
「いやじゃカザあああああああああああああん!」
ユーリップの悲鳴が響いた。俺は赤く染まった視界に向かって血とともに言葉を吐く。
「心配いらない、俺が助ける」
「まだ云うか糞雑魚がァァァ!」
ゼンガボルトの渾身の一撃を盾で受けたのは、勇者リオーだった。
「俺の身勝手で君をクビにしたその罪滅ぼしをここでさせてもらう」
俺は床に落ちた。意識が混濁している。
この世になぜ、勇者という職業があるのか。魔王と称された怖ろしい存在がいるからにほかならない。ならば勇者とは、怖ろしい魔王を打ち滅ぼすほど強いのか。
強いのだ。
リオーはアネムカであればどこでも買い求めることができるありふれた剣で、魔人ゼンガボルトに切りかかった。ポーもエーライトも失ったが、まだ彼には雷火の支配者がついている。ネブラフィカの電撃を受け、ゼンガボルトは雄叫びを上げた。筋組織に損傷を受け動きが鈍くなる。その隙を逃さずリオーが剣を振るった。鋼鉄のような身体を持つゼンガボルトだが、リオーのまっすぐな攻撃に、少しずつだがダメージが蓄積されていくのが傍目にもわかった。
ゼンガボルトにあるのは怒り。妬み、嫉み、そしてそれらを解消せんとする強さへの憧憬。
「くそったれがああああああああああああああああっ!」
リオーは腰から短剣を引き抜きゼンガボルトの利き腕を封印すると、そのまま首を切り落とそうと剣を振るった。ゼンガボルトはもう片方の手でそれを阻止する。
肩で息をするゼンガボルトに、リオーは云う。
「さすがにもう神の祝福は得られないか。ポーとエーライトの仇を取らせてもらおう」
リオーのまっすぐな目など見ることなく、ゼンガボルトはネブラフィカを見ていた。傲慢な魔法使いは自分の魔法に自信を持っている。今もそうだ、魔人と化した僧侶を簡単に追い詰めた。だから隙が生じる。ネブラフィカとは短い付き合いながら、ゼンガボルトも彼女の悪癖を知っている。
血塗れの腕を伸ばし、ゼンガボルトはネブラフィカを捕らえ、剣を構えたリオーに対する盾にした。
リオーとはまっすぐな男だ。
今はひたすら魔人誅すべしとのスイッチが入っている。
リオーはネブラフィカごとゼンガボルトを貫いていた。崩れ落ちるネブラフィカを受け止めながら、勇者リオーはゼンガボルトのみを見つめた。ゼンガボルトは仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。
ネブラフィカは妙な声を上げた。
「冷静ね相変わらず」
ネブラフィカの右の脇腹には剣に貫かれた穴が開いているも、血は出ていない。ネブラフィカはその昔、魔法の失敗により深手を負い腹部に人工物が入っていた。リオーはその位置を正確に把握していた。
リオーは俺に向き直る。先を急ごうとネブラフィカが云う。半分気を失っている俺は、ユーリップに膝枕されていることにも気づかず、どうにか意識をとどめようと努力しつづけた。
「カザン、君とはまた会うことが出来そうな気がしている」
その時は殺し合いをしなくてはいけないのではないか。俺はどうにかリオーを見ようと、霞む目に力を込めた。混沌を煮詰めたダンジョンに光のような勇者。その横に立つ赤髪の魔法使い。魔法使いは相変わらず俺を見下したような目で見ている。
リオーが剣をしまい、俺に背を向ける。
ネブラフィカが音を立てて倒れた。
首が捩じ切られている。
ゼンガボルトが立っていた。
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