第43話

「皆殺しだ」


 ゼンガボルトはネブラフィカの身体を振り回しリオーに襲い掛かった。強烈な肉体からは絶えず強烈な悪臭が発散されている。ゼンガボルトは自分の意思で魔人となった男、その臭気は人間であった頃の残滓なのかもしれなかった。


「ゼンガボルト……」


 俺のものを奪い続け、そして我欲によりライホまで飲み込んだ恐るべき存在。その獣のような目はなにを思う。


「お前ら選べ。俺に殺さるか、自分で死ぬか」


 どういうことだと俺が云おうとしたその瞬間、竜の咆哮のような声でゼンガボルトは俺の名を呼んだ。


「カザン! てめえからだ! 選べ!」


 殺されるか自死か。死ぬことに違いはない。どのみちこのダンジョンで行われているのは殺し合い、俺はその生存競争に負けたのだ。


 負けたのだ。


 しかし俺は、


「ユーリップだけは助けてやってくれ」


「あああ? 誰がそんなこと云えって云った?」


 ゼンガボルトはネブラフィカの身体を力任せに引き裂いた。リオーはその様子を無感動な眼差しで見つめ、静かに剣を構えた。


「哀しいかリオー! 心配すんな、すぐ逢える」


 ゼンガボルトは差し向けられたリオーの剣を平手で受けるとそのまま握り、半笑いでへし折った。折れた剣先を俺の足元に放り投げる。


「気が変わった。カザン、それを拾え」


 云われるまま俺は折れた剣先を拾い上げた。これを使って死ねと云うことか。


 ゼンガボルトは嗤いながらユーリップを指差した。


「刺せ。目を抉れ、指の一本一本を切り落とせ。吸血鬼は死なねえんだろ? 本当かどうか見てやるよ」


 できるわけがない。


 ユーリップが俺の目を見返した。


「早くしろカザーン。お前だって興味あるはずだ、心臓に穴空けても平気なのか、脳みそ抉ってもなんともないのか。なあ?」


 ゼンガボルトは実に愉快そうだ。少なくとももう人の心は壊れている。そもそも人らしい心はそれほど持ち合わせていなかった男だが、些少な人間性すら今は迷妄の彼方。


 ユーリップは俺を見つめ、平気じゃと告げた。今までにないくらいの優しい声音だった。


「カザン、こいつは人間じゃないのじゃろ?」


 ユーリップの云いたいことはわかる。しかし俺はどう答えたものかわからなかった。いや、いかなユーリップと謂えど、破壊欲求のみを押し固めたがごときゼンガボルトを相手に無事で済むとは思えなかった。俺はユーリップが傷つくのは自分のこと以上に厭だ。


 満身創痍の俺は、折れた剣を自分の首に押し当てた。


「ゼンガボルト、これで勘弁してくれ」


「駄目だカザン、違う違う。それは一番つまらねえ。やめろそんな糞みてえな真似は」


 ゼンガボルトは面倒くさそうに首を振り、鼻で笑った。暫時ユーリップと俺とを見比べ、やおら血なまぐさい口を開いた。


「よし、決めた。お前にはやっぱり、俺と吸血鬼が繋がっているところを特等席で見せてやることにする。少なくても、それまでは生かしといてやる。……おっと、想像しただけではちきれそうだ」


「カザン、いかん。逝かんで」


「ユーリップ」


 圧倒的に足りなかった覚悟を、今ここで。


「君は俺が守る」


 俺は剣の先を両手に抱え、ゼンガボルトに突進した。


「空しい反抗だ、無駄だ!」


 ゼンガボルトは大きな手で俺の顔を掴むと、片手一本で軽々と持ち上げた。首が伸びる、息ができない。


「カザン! カザンっ!」


 ユーリップが走った。銀色の髪が躍りその眼が赤く輝いた。牙が伸びる、黒い爪が鋭く光る。ユーリップのその様子に、ゼンガボルトは一瞬動きを止めた。手から力が抜け俺は下に落ちる。


 美しくて見惚れた。そうではない。俺にはわからない感覚で、ゼンガボルトはユーリップの中に求めているものを見ていたのだ。


「赦さぬ! もう赦さぬ!」


 視界が揺れた。ダンジョンが崩落しはじめたのかと思った。歯の根が噛み合わないほどの地鳴りと地響きが轟く。


 ゼンガボルトは熱いヘドロのような呼気を吐き出した。


「これは? そ、そうか! ついにきたか? いや、神官の呪法は成就してねえはずだが。まあいい、吸血鬼なんぞ目じゃねえ、本物のアイドルのお出ましだぞ!」


 その目はもうこの場の誰も見ていない。ゼンガボルトは雑な足音を立てて、地鳴りの発信源をまっすぐに目指し歩き去った。


 まるで大嵐に蹂躙された後のようだ。


 俺はユーリップ、そしてリオーを見た。


「リオー」


 ネブラフィカを惨殺され身動きすらできずにいるのかと、最初は思った。リオーは煮え滾った瞳でゼンガボルトを歩き去った先を睨みつけていた。


「カザンはどう思う」


「……なにを」


「あれは人と見て断罪すべきか、それとも魔物として退治すべきかを考えている」


「ネブラフィカの仇を討つのなら、俺に止める権利はない」


「仇? 権利?」


 リオーは首を傾げた。折られた剣を柄をそこでやっと投げ捨て、本当に不思議そうに云う。


「カザン、何を云ってるのか俺にはわからない」


「え、いや、」


 俺は腰が抜けたようになって座り込んでしまった。ゼンガボルトにしこたまやられた傷が、今になって酷く痛んでいた。


「だってリオー、ネブラフィカやポーが殺されたんだよ?」


「だから敵討ちか。うん、まあ結局は同じことだけど、僕はそんな矮小な理由で動くつもりはない」


「矮小……?」


 ユーリップが俺の袖を握った。もう行こうと無言で告げている。このダンジョンを出ようと訴えている。疲弊しきっている。俺もそれを考えていた。


「リオーはこれからどうする」


「当然ゼンガボルトを追う」


 一人でも悪は追うのだろう。リオーはそう宿命づけられた男だ。


「カザンは引き返すのか? そちらの吸血鬼のお嬢さんは帰りたそうにしているみたいだ」


「お嬢さんではない、わらわは貴様などより何倍も年上じゃぞ」


 それは失礼と云ってリオーは笑った。目の前に何年も共に過ごした仲間の惨殺体があるにも関わらず。俺は今更リオーが怖くなった。


「このダンジョンに蓋をしたと、奇妙な針金人形は云っていた。くれぐれも気をつけて」


 そしてリオーはゼンガボルトの影を追った。


「キルシマとジャゴと合流し、いったんここを出よう」


「盗賊はよいのか? ライホとかいう盗賊を追うためにカザンはこのダンジョンに来たんじゃろ? もうよいのか?」


 ゼンガボルトに飲み込まれたライホ。


「よくはないけど」


 このままではみんな死んでしまうから。だから俺はダンジョンを出ることに決めた。

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