第41話

「ばあああああああああああああんッ!」


 馬鹿みたいに俺は大声を上げた。当然湿気った煙幕玉は爆発などしない。


 エラルドは一瞬だけ身体を強張らせる。それだけで十分だった。俺は上半身を起こし、鎧で覆われていない股間に頭突きを食らわせ、束縛から脱した。苦笑いするチェンマを突き飛ばし、俺はユーリップの手を取って走った。


「なんで戦わねえんだ、カザン!」


 股間を押さえてエラルドは叫ぶ。俺は走りながら呟く。


「それが俺だからだっ」


 ひたすら走ってジャゴのもとまで戻ったが、ジャゴの姿は見えなかった。いやな予感しかしない。


 かすかに聞こえるうめき声に、俺たちは慎重に先に進んだ。角を曲がると、半殺しの目に遭いぼろぼろのジャゴが天井から縄で吊るされていた。


「大丈夫か、ジャゴ!」


 ダンジョンの空気が凍てつく。無駄に大きい足音に、俺は敏感に察知する。


「よーう、カザン」


 ゼンガボルトが現れた。その後ろを狂戦士チシムー、そして忍者ステイシが続く。ベルエフはいない。ライホは何処だ?


「なんの真似だゼンガボルト、ジャゴを解放しろ!」


「いいぜ。ただし条件がある」


 ゼンガボルトは俺の後ろのユーリップを見ている。


「約束通り奪いにきたぜ、お嬢さん」


 ユーリップは豚が引きつけを起こしたような声を上げた。


「その吸血鬼と交換だ、飲まなきゃこの黒いのが死ぬ」


「黒いのじゃないジャゴだ」


「そんな話はしてねえ、どうするか早く答えろ!」


 吠えて吊るされたジャゴを殴りつけるゼンガボルトに、俺は正直身がすくんでいた。ユーリップが前に出る。


「だめだ、ユーリップ。いま考える」


「じゃけど、ジャゴはもう持たん」


「だめだ!」


 どうしてこうなる!


 覚悟を決めた途端、この手からすり抜けていく、こぼれ落ちていく。


「だめだ!」


 ゼンガボルトはユーリップの肩を抱き、後ろに控えていた狂戦士チシムーに短く指示を出した。


「殺せ」


 ユーリップは約束が違うと叫ぶももう遅い。チシムーがハルバードを構え、にやにやしながら俺に近づいてくる。俺にはもはや盾もない。いや、自分のことなどどうでもいい、ジャゴが、そしてユーリップが俺の手から離れていく。


 俺を飛び越えていった影があった。


「キルシマ!」


 やはり生きていた!


 随行しているのは盗賊のキアッカだった。キルシマは目にも止まらぬ抜刀を見せ、チシムーの腕を切り落とした。


「黙ってろカザン、この程度では死なん!」


「……まだなにも云ってない」


 キアッカが俺を見た。


「俺もあの僧侶に用がある」


 キアッカは伝説の短剣を取り出し、ゼンガボルトに襲い掛かった。


「ライホを何処にやった!」


 ゼンガボルトは口を開く。なんの真似だとキアッカが云う。見る見るその口も喉も大きく広がっていった。


 ゼンガボルトの奥の奥にライホが見えた。


「ど、どういうことだ……?」


「見ての通り飲み込んだ。この餓鬼呪いが成就してやっと魔物になったからよ。俺は魔を取り込んで強くなる」


「貴様はなにになろうとしてる?」


「なんだっていいだろうが」

 

 キアッカはゼンガボルトに飛びかかった。ゼンガボルトは人の頭ほどもある拳を握り締め、キアッカの顔面をぶん殴る。ただの一撃で、キアッカの首が圧し折れていた。


 キルシマは忍者ステイシの相手に忙殺されている。


「魔人じゃ」


 ユーリップが云った。当然それはゼンガボルトを差した言葉に違いない。


「吸血鬼は知っていたか。その通り俺は魔人になるため盗賊をも飲み込んだ。しかしまだ足りない。まだまだ足りない」


 ゼンガボルトの脇に抱えられたユーリップは嫌悪感丸出しに云う。


「だからお前は嫌いなのじゃ。底なしに欲深い」


「欲は人を前に進める糧よ。化け物のお前にはわからねえかもしれねえがな」


 そう云ってゼンガボルトは、ユーリップの頬を舐め上げた。


 混乱の最中に響く足音。


 これ以上熟れて爛れたこの場所にいったい何が必要なんだと、俺は足音のする方向に目を向けた。


 リオー・サンヴォイセン。


「勇者様のご登場とはな」


 そう云いながらゼンガボルトは、リオーの後ろのネブラフィカを見た。


「相変わらずいい女だな、一発やらせろ。そうしたら見逃してやらなくもない」


 ネブラフィカは完全なる拒絶を眉間の皺一本で示す。


「クビにして正解ね、リオー」


 リオー団の前衛である騎士のエーライトが前に出た。腰の剣を引き抜き、ゼンガボルトに挑みかかった。魔人と化したゼンガボルトは剣を躱すことなどしない。エーライトはゼンガボルトの胴を袈裟掛けに薙いだが、纏っていた衣服を切り裂いたばかりで薄皮一枚削れなかった。ゼンガボルトは一歩前に出ると、エーライトの頭を掴んだ。


 めりめりと鋼鉄製の兜が軋む。


「あっ! ……ああ! いたっ、痛い!」


 痛いとエーライトは叫んだ。ゼンガボルトは無表情のままエーライトの顔を覗き込む。


「痛いよな。大丈夫か、目から血が出てるぞ」


 ゼンガボルトは笑いながらエーライトに話し掛けた。エーライトは答えることなどできずただじたばたと足を動かす。


「ぃはぃ……ぃぁ……たす、ぇ、て……」


「エーライト!」


 リオーが走りながら剣を抜きゼンガボルトに切りかかった。ゼンガボルトはリオーの剣を素手で握り、造作なく圧し折った。


 エーライトの足の動きが止まった。ポーが幼いドラゴンを仕向けた。


「駄目だポー、相手にならない!」


 ゼンガボルトはエーライトの死体を振り回しドラゴンの頭を打つ。ドラゴンは軽い脳震盪に頭を振った。そのまま頭を潰されたエーライトの剣をもぎ取り、ゼンガボルトはドラゴンの首を切り落とし、その血を啜った。


「さあ次はどいつだ? もっと寄越せ! 俺は魔物を食ってまだまだ強くなる!」


 まるで獣の咆哮だった。逃げ出そうとしているユーリップを目の隅に置きながら、ゼンガボルトはドラゴンを貪り食い、呆然としているポーの下顎を引き千切った。


「勇者のパーティはこんなに弱かったか?」


 ゼンガボルトは大声で笑った。本当に愉快そうだ。ネブラフィカは気丈にも呪文の詠唱をはじめている。


「とっときの頼むぜ、おっぱいちゃん!」


 雷火の支配者との通り名を持つネブラフィカは、特大の爆炎の呪文を唱えた。ゼンガボルトはポーの身体を盾としたが、ダンジョンいっぱいに広がった焦げ臭い炎の濁流は、人ひとりの身体だけでは防ぎきれない。爆炎の魔法が過ぎ去ったあと、わずかばかりの静寂が訪れた。


「うそ、よ……」


 ゼンガボルトは着ていたものと髪の毛を燃やしながら本体はほぼ無傷であった。


「ネビー。やるねえ、素晴らしい。俺は勇者様より、実はあんたの方こそ評価していた。俺のパーティに来ないか? 気持ちいいことたくさんしてやるぞ。そこのリオーより、俺の方が数倍うまい」


 ネブラフィカは唖然としながらも、どうにか言葉を吐きだす。


「馬鹿なこと云わないで。私は、弟を探さないと……」


「だから見逃せってか?」


 ネブラフィカは固唾を飲んだ。到底かなわない。圧倒的な力の差。手練れであればあるほど、ゼンガボルトと自分の力の差を気取っていることだろう。その上ゼンガボルトはおそらく力のすべてを見せていない。それでも尚、勇者の力も魔法使いの力も軽く凌駕してしまっている。


 倒す倒さぬの選択はここにはもうなく、どうやって生き残るかに主眼を置く必要があった。


 俺は叫んだ。


「ユーリップを離せ!」


 ゼンガボルトは岩でも噛み砕きそうな顔で俺に云った。


「だったらかかって来い。その前にステイシをどうにかするんだな」


 前に出ようとする俺の足元にくないが数本突き刺さった。キルシマを相手にしながらも、俺にも牽制の一手を打ってくるあたり、忍者ステイシも只者ではないのは確かだ。


 リオーは盾を手にネブラフィカを守っている。


 ゼンガボルトは大きな声で笑いながらユーリップを連れて奥に消えていった。


「カーザーン、俺と一緒に吸血鬼を輪姦したかったら、ステイシ倒してとっとと来い」


 俺は気が狂いそうだ。

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