第40話
忍者との戦闘で傷だらけとなったジャゴを休ませ、俺は一人でキルシマを探しに出た。ジャゴと二人で隠れていようが、一人でうろつこうが危険なことには変わりない。ならば心の求めに応じてやるべきことをやるだけだ。
キルシマのことだからきっとどこかからひょっこり現れるかもしれない。そう思いながら足を進める。冒険者にしろ魔物にしろ今遭遇すれば命はないが、怪我と疲労とで俺の頭はずいぶん濁ってしまった。
そして俺は、いつしかユーリップを探し求める。
もう何度同じことを繰り返せばいいのか。
ヘドロのようなため息をつく。
物音がした。俺はうんざりしながら曲がり角を覗き込んだ。
黒のドレス。長い銀髪の女。見覚えのある背中だ。その向こうに立っているのは誰だろう。金髪の小柄な男と、高そうな鎧を身につけたおそらく騎士の男。
「ゆう」
ユーリップの胸に槍が深々と刺さっていた。
「ユーリップ!」
どれほどの手練れが相手だろうと遅れをとることなどなかった吸血鬼が、何もできずにいる。いや、何もできないというよりは何もしていない。無抵抗なまま、騎士の攻撃を受け続けている。
騎士はユーリップの胸から槍を引き抜いた。金髪で童顔の男がすぐさま術を施し、槍を剣に変えた。
「錬金術か?」
騎士は剣を構えた。
「吸血鬼は不死身だと聞くが、首を刎ねられても平気だと思うか?」
騎士は金髪の男に尋ねる。そこに緊張感はなく、まるで楽しんでいるようにすら見えた。
「不死身って云うからには不死身だと思いますよ。首と身体が分離して、首から身体が生えて復活するのか、身体から首が生えて復活するのか、その両方か。もしくは身体と首がおのおの活動しだすのかはわからないけど」
「不死身だものなあ。だったらチェンマ、ミネストローネの根野菜のように細切れにしたらどうなるんだ?」
チェンマと呼ばれた男は鼻で笑った。
「やってみるといい、エラルド」
そうだなあと騎士エラルドは剣を持つ手に力を込めた。ユーリップは心ここに非ずといった顔で、ただぼうと佇んでいた。
「やめろ!」
俺は叫んだ。エラルドが片方の眉を吊り上げ俺を見た。
「なんだおまえ」
「お、俺はカザン」
俺の声にユーリップが振り返る。光が失われていた瞳に、途端に活力が戻った。
「カザン……」
「そ、その人は、俺の仲間だ」
エラルドが笑った。
「人じゃねえ、吸血鬼。言葉が通じる相手じゃねえ、討伐すべき対象だ。邪魔すんなよおい」
エラルドはユーリップを突き飛ばし俺に歩み寄って来た。自信にあふれた歩調。俺は勇者リオーを思い出す。リオーはエラルドとは違い傲慢なところはほとんどなかったが、その所作には常に自信が漲っていた。
エラルドは俺の胸倉を掴んだ。
身なりに気を遣っていることは、かすかに鼻に届く香水の匂いでわかる。料理人である俺は、当然香水などつけたことがない。
金髪おかっぱの男、錬金術師チェンマもやはり緊張している様子はなく、今の状況を楽しんでいるようにすら見える。最初から二人なのか、それとも戦いで仲間を失ったのか。
俺はユーリップに云った。
「心配いらない、俺が助ける」
ユーリップはぐらりと揺れた。
「じゃが、わらわは……」
ユーリップの言葉を遮るようにエラルドが声を張り上げる。
「邪魔をするのか、誰だお前は名を名乗れぇぇぇ!」
歌うような雄叫びだった。俺はカザンだと短く云う。
「カザン? カザあああん? 知らねえなあ!」
エラルドは剣の切っ先を俺に向け、邪魔をするなととてもいい声で忠告する。
「お前から殺すぞ」
殺す殺すと簡単に云いやがって。俺は奥歯を噛む。どうしてどいつもこいつもそんなに簡単に殺し合いができるのだ。
ユーリップはそれでも、俺の命が危ういと手を出した。そうしなければ俺が死んでしまうとそう判断して、あの賢者を殺した。それがどうだ、目の前のこいつらと云い、今までエンカウントした冒険者といい、どうしてそう簡単に人同士で殺し合いができる?
吸血鬼以下か?
「この子に手は出させない」
ユーリップは許してくれたのかと弱々しく云った。
「許してない! 絶対に許さない!」
「……そうなのか」
「だが助ける!」
エラルドは叫ぶ。
「痴話喧嘩か気持ちわりいな!」
俺はペティナイフを出す。当然笑われる。それでもかまわない。俺のような料理人が無理矢理剣を構えたところで扱えるわけもない。振り回した剣でおのれを傷つけるのが関の山だ。
「チェンマ!」
チェンマは術を施す。貧相なナニと揶揄された俺のナイフすら、チェンマは錬金術でただの鉄の塊に変えてしまった。
「ああ」
ユーリップが出ようとする。俺は目で制す。エラルドは剣をしまい、俺を殴り飛ばした。奥歯が折れる。
「……ちょ、ちょうどよかった、虫歯があったんだ」
俺は涙目で強がった。どうして強がる? ユーリップに手を出させないためだ、心配させないためだ。エラルドは俺の首を掴んでみぞおちを殴り上げ、足を払われ背中から転がされた。エラルドは俺の腹を何度も踏みつけた。
「どうした、どうしてなにもしねえ?」
「腹が痒かったんだ、ありがとう」
エラルドは俺に唾を吐いた。
「守るとか手を出すなとか、よほど強えんだろうと思ったが期待外れだったか」
そしてエラルドは腰から剣を引き抜いた。
「チェンマあああ」
わずかばかり退屈そうにしていたチェンマが顔を上げた。
「槍? それとも槌にするか?」
「鋏だ」
エラルドの手にした剣がその形を大きな鋏に変えた。
「指を一本一本切り落としてやる」
こいつは本当に騎士なのか。騎士とはもっと誇り高いものではないのか。少なくとも俺が子供の頃から親しんできた物語に出てくる騎士というのは、押し並べて慈愛にあふれた存在だった。
俺は駆け寄ろうとするユーリップに云う。
「大丈夫か、怪我をしてる」
「なんぞない」
ユーリップの胸の傷はすでに塞がっていた。エラルドは俺の右腕を踏みつけた。俺は咄嗟に、封じられていない左手を懐に差し入れる。
「チェンマああ押さえとけ!」
チェンマは不承不承といった様子で俺の左手を懐から引き出した。
「なにを握ってる?」
チェンマの言葉に、エラルドが俺の左手に握られている玉を見た。
「それはなんだ、色男」
俺はエラルドの顔を見上げたままなにも答えなかった。
「それはなんだ!」
それは先程の戦闘で、忍者ベノンが散々撒き散らした煙幕玉のひとつだった。炸裂することなく形を保っていることからおそらく湿気っているのだろう。
「忍者が持ってたものを失敬した。少し前、派手に地響きがしてなかったか?」
それはドラゴニュートの少女が動き回っていた音だ。
「爆弾だよ、下手な魔法使いが唱える爆裂の魔法なんかよりよほど強力だ。この距離なら人なんて木っ端微塵だ」
「忍者の爆弾、だと……?」
忍者とは自然天然そして薬を使い、さながら疑似魔法のような奇跡を起こす。忍術と呼ばれる一連のスキルのことだが、エラルドも経験がないわけではない。とても厄介なものだと記憶している。
「チェンマ、取り上げろ」
「おっと、握り潰すぞ」
「形を変えろ、早くしろ錬金術師!」
チェンマは首を振った。
「爆弾のように、薬品を使ったりする複雑なものに僕の術は効かないよ。知ってるだろ。鉄なら鉄、水なら水、同じ縛りの中で形を変えるのが僕の錬金術だ」
エラルドは舌打ちした。
「脅しにビビるかよ」
「だったらやってみるといい」
エラルドは鋏で俺の右手親指に狙いを定めた。
「ユーリップ!」
ユーリップはどうしていいかわからない。
俺は優しい声で囁くように云う。
「最後に君に会えて良かった」
ユーリップの目に涙が溜まる。
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