第38話
キアッカは腰を落とし、キルシマの居合の構えに対抗する。
報復者。伝説の武器のひとつとして名高い短剣。先年、所蔵していた貴族の屋敷から盗難に遭ったと云われている。
仕掛けたのはキアッカだった。キルシマは相手の動きに応じて稲妻の如き神速で刀を閃かせる。キアッカは辛うじてキルシマの刀を受けた。
剣技ではキルシマが上だ、何合か打ち合ううち次第にキアッカが押されていった。盗賊の自慢の足も防戦一方では活かせない。それでも流石に伝説の剣、キルシマの貴重素材で錬成された刀の攻撃を受けても刃毀れひとつしないが、それでもキアッカの身体に切り傷が増えていった。
盗賊は余裕のある顔をしていた。その理由は、その手の剣がなぜ報復者と呼ばれているのかを考えるとわかるのだが。
ジャゴは忍者を探した。
煙幕は相変わらず張られ続け見通しは効かない。棺桶職人は能動的に戦闘をこなすタイプではない。ならばやはり盗賊と忍者を潰すことが先決となる。もう一人、奴隷のように扱われている少女のことは一旦捨て置く。あれこれ考えられるほど器用ではない。目の前の物事に最善を尽くす、ジャゴはそうして生きてきた。
「ジャゴ平気か?」
「カザン」
ジャゴは顔を確認し、言葉を発する。
「キルシマと盗賊がやりあっている。俺は忍者を仕留める」
煙が薄まる。
待てよとジャゴは考えた。
俺は寝転がったまま叫んだ。
「ジャゴ、そいつは偽物だ!」
ジャゴの腹に忍者の刀が突きたてられた。
「なぜ一撃で致命傷となるような急所を刺さないのか」
忍者は俺の顔のままジャゴに笑いかけた。鼻血まで偽造して周到なことだ。
ベノンは囁くように言葉を重ねた。
「簡単に殺したのでは恐怖が伝わらない。どうせならば私の、忍者というものの怖ろしさを存分に思い知らせた上で殺したい。つまらない欲」
「本当につまらん」
ジャゴはベノンの手を押さえた。
「おや、大きい手だ。力の勝負を挑むつもりかな?」
やはり忍者は笑った。
「忍者ごときに力では負けないとそう考えているな? たしかに君は実にいい身体をしている。純粋な肉体の勝負では確かにまるでかなわないだろう」
しかしね。ベノンは続ける。
「忘れてはいけない。私は忍者だ。打撃斬撃一辺倒のパワーファイターとはわけが違う。忍者はそして、忍術が使える」
ベノンの刀がジャゴに深く差し込まれた。ジャゴはこめかみに血管を浮かせ抵抗しているようだが、ベノンの細い腕をまるで押し返すことができずにいる。これはつまり、筋力低下の術をかけられたに違いなかった。
「このままはらわたを掻き混ぜてしまおう」
ジャゴは脂汗を流す。俺は動こうともがくが麻痺毒はそう簡単には消え去らない。
「君たちの前に遭遇したパーティの重騎士は、この殺し方に泣いて懇願したもんさ。すぐに殺してくれとな。君はこの国ではあまり見ないタイプだが、戦士かな?」
「港湾の荷運びだ」
「それはおもしろい。だからそんな素晴らしい肉体を持っているのだな。しかしどうだ、私のような細腕でも、忍術の力を利用すれば赤子の手をひねるがごとくだ」
ジャゴは苦痛に顔をゆがめた。我慢強く忍耐強い男も内蔵を抉られる痛みに限界を覚えずにいられない。
「たのむ……とどめを……」
「だ、だめだ、ジャゴ……」
止めを刺せとジャゴは喚いた。感情を表に出すことが少ないジャゴは、また声を荒げることも少ない男なのだが、そのジャゴが懇願している。殺してくれ苦痛から解放してくれと頼んでいる。
「ならん。なぶり殺しにすると決めている」
「だったら最期に俺の術を見てくれるか?」
「君の術だと? なんの冗談だ、荷運びに術が使えるわけもない」
そう云いながらもベノンは鷹揚に構えている。その溢れ出る余裕は、言葉通り力関係が逆転していることが大きいのだろう。
ジャゴは沈黙する。ベノンは荷運びが施す術というものに興味を持ったのか、待った。
力ではもう負けない。ジャゴの力強さの理由をその体格のみで判断している。それも当然。どのような場合でも、視覚から得られる情報が相手を知るに最もウエイトを占めるものだ。しかしジャゴという男は単なる筋肉達磨ではない。仕事として重い荷物を持ち運びしてきた、その結果として出来上がった肉体なのだ。何年も何年も重い荷物を運ぶうち、身体で知ることになる。筋肉のみで荷物を運んでいるのではすぐに疲労で駄目になる。戦士並みの筋肉を持っていたとしても。いや、余計な筋肉は却って邪魔になるものだ。
荷運び夫は自然とコツを覚える。荷物の形状を観察し重心を見極め、荷物におのれの身体を合わせる術を知る。力任せでやっていては数年で身体を壊す。
だからジャゴは、筋力ではなく身体の使い方で重いものを持ち上げたり、あるいは引っ繰り返したりする術を体得していた。
ベノンの身体が上下反転した。
忍者は地面に叩きつけられる前に身体を捻りジャゴから離れた。ジャゴは脇腹に刺さった刀を抜き刃をひん曲げる。ベノンが懐に手を入れるのを見て、またぞろ煙幕か手裏剣を出されても厄介だとジャゴは忍者を引っ掴み、そのまま長い手足でベノンを拘束した。どれほど暴れようとジャゴは忍者を離さない。ただジャゴ自身も身動きは出来ない。あとは仲間がどうにかしてくれると、これは信頼の証だ。
ジャゴはベノンを抱えたまま首を傾げた。
「お前」
ベノンは観念したのか抵抗をやめた。
煙幕が薄れていく中、キルシマは刀を鞘に納め居合の構えを取った。
キアッカはキルシマの挙動に注視しながらじりじりと横に移動する。ただの一瞬、瞬くより刹那の隙で、侍は切り捨ててくる。おそらく剣技をスキルに持つ職業の中でも、侍の剣速は最高と云っていいだろう。まともにやりあって敵う相手ではない。しかしキアッカの手にあるのは伝説の剣だ。報復者はその名の示す通り復讐心を力にする剣。散々切りつけられたキアッカを介して、その手に握られた短剣はキルシマへの報復を刀身に漲らせていた。
キアッカがひとたび剣に身を委ねれば、あとは報復者が勝手に切り捨てる。元は神の持ち物であったと云い伝えられるその剣は、神の力を借り受けることができるとも云われていた。たとえ侍でも神には敵わぬ。
キアッカは目を閉じ肩の力を抜いた。報復者が妖しく輝いた。
「行くぞ侍!」
四肢を弛緩させたキアッカが奇妙な動きでキルシマに詰め寄った。居合の達人は流星を鍛えた刀で神の剣を弾く。今までとは剣圧が違うと、ただの一合で思い知った。気を抜けば一撃であの世行きだとキルシマは覚悟した。その覚悟は決して死を意識してのことではない。自分が斃れれば最早、チームカザンは壊滅する、そうさせてなるものかという覚悟だ。キルシマは今の状態をとても気に入っている。食べることそして飲むことを何よりの生き甲斐にしている男は、だからこの冒険をずっと続けていたかった。
「だから拙者は頑張る!」
キアッカの突きがキルシマの頬を切り裂いた。嘘か誠か短剣に操られている盗賊の繰り出す剣は、確かに呼吸が読みにくい。操られているならば目潰しをしても意味はない。さりとてこのままでは埒が明かぬ。
考える隙など与えてくれない。キアッカがふたたびキルシマとの間合いを詰めた。キルシマは壁を蹴り上に飛んだ。真上からキアッカに切りかかるつもりか。しかし飛び上がったキルシマは反転せずそのまま背を向けたまま、天井を切りつけた。
「その剣は拙者ばかりを追うのだとして、本体に迫る危機はどうやって回避する?」
流星刀の切れ味は天井の石材すら切り裂く。剥落した石が土砂崩れのようにキルシマとキアッカの上に降り注いだ。
「キルシマ!」
俺はまた叫ぶ。叫ぶしかできない。なにが仲間を守るだ、俺はいつも這い蹲っている。
「うおぅおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
気合で物事がどうにかなることなどほとんどない。しかしこのときばかりは叫ばずにいられなかった。
やかましいねえと云いながら俺の頭を鷲掴みにしたのは、まるで前に出てこなかった棺桶職人パキスニだった。
「おもしろい戦い方をするねえ。本当におもしろい」
そしてパキスニは手に持った鎖を思い切り引いた。よろめきながら半裸の少女が前に出た。
黒目が糸のように細くなっていた。
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