第37話
「棺桶職人……?」
「棺桶屋が冒険するのはおかしいかな?」
おかしくはない。そんなもの俺が云えた台詞ではない。
目つきの悪い男と傷だらけの男が無言で前に出た。彼らは前衛職なのか。流石にもう無駄な言葉のやり取りはしない。そして俺は、命のやり取りもするつもりはない。たとえ相手がこちらを殺す気で来ているのだとしても、その動きさえ止めてしまえばいい。
キルシマやジャゴが臨戦態勢なのを見て、棺桶職人は満足そうに云った。
「それでいい。そうでなくてはこちらも多少気後れする。開戦の前の礼儀として自己紹介をしよう。俺はパキスニ。こちらは忍者のベノンと盗賊のキアッカ。後ろにいるのは……まあいいかな。そちらは男ばかりの三人パーティかな?」
俺は頷いた。
「キルシマとジャゴ。俺はカザン」
パキスニは目礼した。いったい棺桶職人がどのような攻撃を仕掛けてくるのか、俺は興味を持った。料理人である自分にも参考にできるものがあるのではないかと思っている。そしてそれ以上に気になっているのが、鎖でつながれた少女だ。俺の目線を辿って、パキスニは笑った。
「どうして鎖でつないでいる」
「どうしてってそれはだね、危険だからにほかならない」
自由を奪うほど危険な存在とともに冒険をしている。それはどういうことか。
「拙者とジャゴでひとまず忍者と盗賊をどうにかしよう」
ジャゴは頷いた。
忍者ベノンは背に負った直刀を引き抜いた。盗賊キアッカは細身の剣を構える。二人ともいかにも素早そうだ。キルシマはまだいいとして、決して身のこなしが軽快とは云い難いジャゴに対応しきれるだろうかと心配もするが、生き残るためにはやるしかない。
ジャゴが鉄槌を振り回した。ベノンは上に、キアッカは横に逃げた。上に飛んだベノンが懐に手を差し入れ小さな玉を取り出すと床に投げつけ炸裂させた。煙幕玉だ。俺たちは勢いよく噴出する煙に視界を奪われた。
「ジャゴ大丈夫か!」
俺は叫んだ。呼びかけに応じてか、ジャゴが煙幕から出てきた。俺はジャゴの手を引っ張りよせるため自分の手を伸ばす。つかんだ手の感触に若干の違和感を覚えたが、俺はそのまま力を入れた。
なんだか軽い。
ジャゴの後ろにもうひとり、ジャゴがいた。
見比べれば一目瞭然、同じなのは顔のみで着ているものも体格もまるで違う。俺は慌てて手を離した。目の前の小さなジャゴは、手にした直刀の先で俺を突き刺そうとした。あの忍者だ。煙幕で目くらましをし、一瞬でその姿をジャゴに変えたのだ。
ジャゴに化けたベノンの刀が俺の胸に突き刺さるその刹那、俺の身体を突き飛ばしたのは、本物のジャゴが力いっぱい投げ飛ばした背負子だった。俺は激しく顔面を打ち鼻血を吹き出しながら後ろに仰け反る。キルシマが飛び入り刀を振るうが、ジャゴに化けたベノンはまた玉を炸裂させ煙幕を張った。
ものすごく痛い。鼻の骨が折れたかもしれない。俺は無理矢理立ち上がり、キルシマを助けようと走り出し、崩れた積み荷に足を取られ転んだ。
顔を上げると厳めしい顔をした盗賊が立っていた。
「あいつはアネムカに来て盗賊になった」
「……え?」
俺はどうにか立ち上がろうともがく。焦れば焦るほど背負子に積んだ様々な荷物が俺の足に絡みつく。俺を見下ろしながら盗賊キアッカは続ける。
「職を得なくてはこの国では暮らせない。あいつは何も持っていない餓鬼だったからな、盗賊になるしかなかった」
俺はどうにか立ち上がった。
「所詮盗賊など卑賎な商売、職業と称するのも烏滸がましい。だが、俺たちは冒険に役立つスキルを多く持っている。そうした背景があり、冒険者ギルドでのみ評価されている特異な職業だ。人から盗む奪うを生業にしていながら、冒険に役立つスキルを持つそれのみで、俺たち盗賊はアネムカでは必要悪という形で黙認されている」
「何の話をしている……?」
キアッカは鼻を鳴らした。
「お前は料理人カザンだな」
俺はぎこちなく頷いた。
「ライホが世話になった」
キアッカは細身の剣を俺の鼻面に突き出した。俺の鼻血は垂れている。
「お前に恨みはない。あの餓鬼がどうなろうと俺の知ったことではないからな。今の話は縁というのは奇妙なものだとそれだけのものだ。悪いが小僧、死んでもらうぞ」
俺の心を掻き乱すつもりだったか、ただの冗長な自己紹介なのか、キアッカの表情からは読み取れなかった。俺は震える手でペティナイフを取り出した。動揺なら遭遇時からしているのだ。
「洟垂れ小僧のナニより小さいそのナイフで俺を刺そうってのか」
いつの間にか天井にへばりついていたベノンが、また煙幕玉を炸裂させた。
煙を割ってジャゴが助けに来た。このジャゴは本物なのか。いや、本物である筈だ。変化の術を使う忍者は今さっき天井に張り付いていた。
「ジャゴ、天井の忍者を!」
もう姿はない。盗賊も煙の中に姿を消した。
「キルシマ、戻れ!」
煙の中から見慣れた浪人が顔を出した。本物かどうか一瞬の迷いが隙を作る。俺はキルシマの顔を思い切りぶん殴った。キルシマの顔をした人間は、正真正銘のキルシマだった。
「なにをするカザン!」
キルシマの鼻から血が噴き出た。俺は自分の顔を示す。
「目印だ」
嗚呼と声を出して、ジャゴも自分の立派な鼻を殴り血を出した。
キルシマが悪態をつく。
「くそったれめ、もっとましな方法思いつきやがれ!」
少なくともこれで忍者の変化の術に対抗できそうだと思ったのもつかの間、キアッカが突出してきた。俊敏性はこの中ではずば抜けている。キアッカの切り上げは深くは入らなかったが着実に俺に傷を負わせた。途端に身体が痺れる。
「ま、麻痺毒……」
「当然だ料理人。盗賊は非力と相場が決まってる」
ジャゴが俺の襟首を掴み後ろに放り投げた。そのままキアッカに殴りかかろうとするジャゴの厚い胸板に、四方刃の投げナイフがいくつも突き刺さった。
「手裏剣か!」
キルシマが云った。一撃一撃のダメージは微少ながら、毒であったり手数であったり、一筋縄ではいかない攻撃を仕掛けてくる。幸いにして麻痺はそこまで強くなく、俺は倒れ込みながらもどうにか動く口で指示を飛ばした。
「ジャゴ、早く手裏剣を抜け!」
毒が仕込まれているかもしれない。ジャゴは胸から手裏剣を抜いた。
変則的な攻撃を繰り出す相手にはとにかく愚直にいくしかない。とはいえ、俺の身体は動かない。
「ジャゴ、なんともないか?」
ジャゴは頷いた。切りかかるキアッカの剣をキルシマが弾いた。キアッカの毒の剣が根元で砕け散る。
「いい刀だな、流星刀か?」
「さすが盗賊、盗むなよ!」
「流星刀もレアだが、これも相当レアだぞ」
そう云ってキアッカは鈍い輝きを放つ短剣を取り出した。
「この剣の名は報復者。一度狙った獲物は逃れることができない」
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