第36話
結局トガを見失い、俺は引き返した。ジャゴに詫び、一休みしようと告げた。
影からユーリップがでてくる。
「カザン……」
俺は奥歯を噛んだ。こめかみが熱くなる。ユーリップは俺を助けようとした。本当にそれはわかっている。実際あのままでは俺もジャゴも、賢者の焦熱魔法で死んでいただろう。
わかっている。
わかっているが。
「ユー……リップ」
「なんじゃっ」
俺からの呼びかけにユーリップは少しだけ安心したような笑顔を見せて、近づいてきた。
「……俺は殺すなと云った」
ユーリップの顔からわずか灯った笑顔が消えた。
「じゃが、あのままでは」
そんな目で俺を見るな。俺は冷静に言葉を交わすつもりが、いつの間にか頭に血が上っていた。
「殺さなくてもよかったはずだ!」
ジャゴは一切口を出さない。キルシマに意識があれば俺を諫めていただろうか、それとも俺と一緒になってユーリップを糾弾していただろうか。
「じゃけど、あのおなご、ああでもせねば止められんかった」
「殺してまで止めることはなかった!」
俺の剣幕にパーティ内でも圧倒的な力を持つ吸血鬼は涙目になった。いや、そもそもどうしてユーリップは俺たちと旅をしているのか。それがずっと不思議だった。永遠に続く生、その中の束の間の余興のつもりか。
ユーリップは目を真っ赤にして俯き、黒いスカートを両手で掴んで肩を震わせている。
それでも俺は云わなくてはならない。このまま一緒に旅をするなら、絶対にそこは譲ってはいけない。
「人は殺さない。それが俺のパーティのルールだ」
俺はユーリップに背を向け、その場から去った。キルシマを背負ったジャゴが何かを云おうとして結局口を噤み、後に続いた。
俺の背を見られないままユーリップはその場にしゃがみ込み、ついには大声で泣き出した。その声に後ろ髪引かれる思いは大いにあったが、俺もまた歯を食いしばる。
しばらく歩いていると、不意にキルシマが意識を取り戻した。しばらくはぼんやりとしていたが、やおらジャゴの背から飛び降りユーリップの姿が見えないことを口にした。俺は短く、置いてきたと告げた。
「どうして」
「所詮人と吸血鬼、一緒にいられなかったんだ」
「……そんなもの、今更」
キルシマはジャゴを見た。ジャゴは固い顔をしたまま緘黙している。
「三人で生きて出られるのか? せめてこのダンジョンを無事に出るまではいてもらった方がよかったのではないか?」
「打算で冒険してない」
「何云ってる、打算で動かんでどうするのだ。カザン殿はパーティのリーダーだろうに」
その後、とても簡単な食事を摂った。俺は昔から食べるためだけの食事が大嫌いだった。栄養を摂る作業としての食事だ。
砂を噛むような食事を摂り、俺たちは行動を再開した。
「まあ最初は三人だったものな。あのお化け屋敷のような城なども三人で行った」
暗く沈んだ雰囲気を少しでもましにしようとしているのだろう、キルシマはそんな軽口を叩く。キルシマのいう城で俺たちは吸血鬼ユーリップと出会った。
本当にいまさらだ。こうなることは最初からわかっていたはずだ。吸血鬼なのだから。人間の敵なのだから。
盾をなくした俺が松明だけ持ってどんどん先を行くものだから、キルシマが心配して声を投げた。
「危ないぞカザン殿」
「……早くライホを見つけたいんだ。トガの行方を追わないといけない」
キルシマは歩調を早め俺の横に並んだ。
「カザン殿」
「説教ならいらないよ」
「説教できるほどの人物でもござらんよ」
そう云ってキルシマは俺に、利き手の手のひらを見せた。
「なに?」
「うむ。拙者ももとは侍。四天王の侍大将ゴゾー・クジキリ様にお仕えしていた身である。侍とは兵士と同義。すなわち争いごとのために存在するものだな」
俺は前を見た。色々な思いが頭に渦巻く。それでもその目はライホやトガを探している。そして銀の綺麗な髪を探す。
「拙者も幾人も殺めた。人殺しだ」
「食べるのと戦争じゃ意味が違う」
「なにゆえ? カザン殿は料理人、様々な食材を扱う。その中には獣や魚もたくさんおる。食うために殺している。いや、カザン殿が直接手を下さんでも、同じことよ」
「……ユーリップも食べるために殺しているから、いいんだって云いたいのか?」
「いいとかいけないとかではなく、拙者にはその違いが判らんとそう云いたいのだ。おのれを正当化するつもりもない。拙者は侍として人の死を背負っておる。この先もずっとな。なにかの拍子に赦されたり消え去ったりするものではないし、また、そうあってはいけないものと心得ておる」
「だけど、……この先もユーリップが俺たちと旅をすることを望むなら、やっぱり人は殺してはいけないんだ。どんな理由があるにしても。ユーリップには何度も助けてもらった。それでも俺は、それは譲れない」
キルシマは俺の肩を叩いた。
「まあわかる。カザン殿の思いもな。生真面目で意固地だものな。融通利かないところがあり、必死に大人ぶっているものな」
「そこまで云わなくても」
俺は足を止めた。キルシマも足を止めた。
「あの別嬪さんはやはり我らと住む世界が違う。それでよいのだろ?」
俺はなにも言葉がない。たしかに国によっては吸血鬼は討伐対象でもある。しかしそんなことが云いたいわけじゃなかったはずだ。ユーリップが吸血鬼だからと、それは俺の言葉を正当化しようとする卑怯な考え方だ。
「この先も旅をするなら、な」
キルシマは溜め息交じりにそう云った。含みのあるものいいに、俺は片方の眉を上げた。
「いや。このダンジョンを無事に抜け出たとして、それから先も冒険者でいられると思うか? 冒険者同士殺し合いをさせているのは他ならぬこの国、アネムカだ。まあ、今は生き残ることのみ考えるべきだが」
俺は頷きながらも、このダンジョンに閉じ込められてから考えていたことをキルシマとジャゴに告げた。
「俺個人としては、ライホとトガを見つけここを抜け出し、ライホをトリポカさんに送り届けることが第一だ。今はそれに、トガを見つけることも加わった」
「そもそもカザン殿は、冒険者として名を上げ料理人として成功するのが目的だろう?」
俺は頷く。俺の軸足は常にそこに置いている。
「それは最終的な目標だよ。ライホやトガのことが落ち着いたら、ジャゴが迷惑じゃなければ一緒に東の国に行こうと思ってる。もっと見聞を広げたい。どういう理由で俺たち冒険者をここに閉じ込め殺し合いをさせているのかわからないが、アネムカが信用の置けない国なら、東の国で料理屋を開くのもいい」
ジャゴは真っ白い歯を見せ笑った。本当に太陽のような男だ。
「なんにしてもここを生きて出ることが最低条件だ」
「別嬪さんを追い出しておいてよく云うな。矛盾しとるぞ、カザン殿」
感情的になるのはよくないことだと、俺は常々そう思ってきた。
「違うぞキルシマ。俺は信念を貫いたんだ」
「ほほう」
キルシマのしたり顔がとても鬱陶しい。しかしすぐさまキルシマは表情を引き締め腰の刀に手をやった。
冒険者とのエンカウント。
タキシードのようなかっちりした礼服を身に纏った男に、目つきの鋭い男と身体中傷だらけの男。皆俺とそれほど年齢は変わらなさそうだ。礼服の男は手に鎖を持っている。その鎖を引くと、うしろから鉄の首輪をつけられた半裸の少女が現れた。
「いやあ、愉快だ。笑いが止まらない。俺は棺桶職人をしていてね。棺桶屋だからね、死人が出れば出るだけ儲かるわけだ。この状況は願ったりだ。なにせ自分の手で、公然と注文を増やすことができるんだからね!」
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