第33話
ゼンガボルトの目的はひたすら強くなることにある。誰よりも何よりも強くなる。まるで餓鬼の発想を、常に本気で考えている。
痩せぎすのベルエフに背負わせている袋の中身は、療養所から拐かしたライホだった。相変わらず呪いは解けてなくまるで身動き出来ないままだが、その身体のいたるところに蚯蚓腫れのような傷がいくつも浮き出つつある。よくよく見ればそれは何かの呪文のようだ。
ゼンガボルトの云う、蛹から孵る段階が近いと思われる。
不運な冒険者がゼンガボルトの一団と遭遇する。普段ならば刺青の狂戦士チシムー、もしくは忍者ステイシが前に出るのだが、無言で前衛についたのはゼンガボルト一人のみだった。その身体は以前より一回り、いや二回りは大きくなっている。
ライホの犠牲により獲得した洞窟の秘宝。普通の冒険者ならばギルドに買い取って貰うことで冒険の報酬とするものを、ゼンガボルトは宝箱の中に入っていた小さな石を、あろうことか砕いて飲み込んだ。
とち狂ったのか。そうではない。
秘宝は所謂魔石と呼ばれるもので、その名称が示す通り、大量の魔力が含まれている。それを身体に取り込むということは、当然魔の力を取り入れることに他ならない。一部の魔法使いの間で簡便に魔力を上げる乱暴な方法として知られていたが、肉体的な負担が大きく、精神に異常をきたす場合も散見されたため、今は実践するものはほとんどいない。
繰り返す。ゼンガボルトは強さを求めている。乾いた砂漠で水を欲するように強さを渇望している。力が得られると聞けばなんでも試した。それが呪いであろうと法に触れるものであろうとお構いなしに、玉石混交その身に取り込んだ。
そうして僧侶ゼンガボルトは今、魔人になりかけている。魔人とは人を超え、あらゆる魔物を凌駕する存在だ。
冒険者は雷撃の魔法を放った。ゼンガボルトは魔法を全身で受け止め、そのまま何事もなかったように顎をさすった。
「効かねえなあ」
戦士の剣がゼンガボルトの首を切りつけた。血はおろか傷すらつかない。
「ば、化け物か!」
ゼンガボルトは戦士の頭を掴んだ。
「失敬な。拙僧はこれでも神に仕える身である」
そのままゼンガボルトは戦士の頭を握り潰した。容赦ないその行いに、ベルエフのみが顔を背ける。ゼンガボルトは戦士の亡骸を投げ捨て、狂戦士チシムーに後は任せたと云って、大股でダンジョンの奥に進んでいった。
「荷運びとっとと来い!」
胴間声がダンジョンに響く。チシムーはハルバードを構えて、いやらしい笑みを浮かべた。
そんな怖ろしい出来事が起こっていることなど当然知らず、俺たちはひたすら歩き続けていた。いや、ゼンガボルトとはいつかは戦わなくてはならないのだが、今はとにかく現状を打破する良策をひねり出すことばかりを考えていた。
ひとり苦悶する俺の前に、大男が三人そして上等な絹のローブを身に纏った気品溢れる女性が姿を現した。
ジャゴが鉄槌を手に前に出る。キルシマが刀に手を掛ける。
女性は見た目通りの透明感のある声で云った。
「いったいなにが起こっているのでしょう」
フィ・ポーハパードール。職業は賢者であるという。キルシマが嘆息を漏らす。それも当然で、賢者とはアネムカ王国では勇者に並ぶ希少職だ。この世のあらゆる知識を得てはじめて名乗ることができる。
「賢者様ってのを、拙者ははじめて見たでござる」
俺もキルシマの言葉に素直にうなずいた。家が職を決めるこの国であろうと、賢者というのは何もしないままですんなり得られる職業ではない。血の滲むような努力と研鑽を重ね、その上で持って生まれたセンスも重要になってくる。それはしかしどの職業にも云えることではあるが、賢者の場合は最低でも通常職の倍の修練が求められた。
「若干有り難い」
キルシマは賢者フィからにじみ出るなにかを身体に浴びようと、手招きするように手のひらをはためかせた。清楚で清貧なその佇まいもまた、そのありがたみを助長しているように思われた。
俺は勝手に話し合いでどうにかなるだろうと思っていた。フィは伏し目がちで物憂げな表情のまま、自分を守るように近侍する戦士ネレイド、戦士マンスズ、戦士ウモンを紹介した。
「降伏なさい」
「え?」
「降伏なさい」
フィの表情は変わらない。
「そ、そうはいかない」
そう云うしかない。
「降伏はできない。でも傷つけあわない選択はできる」
フィは首を傾げ声だけで笑った。
「傷つけあわない選択というのは、不戦協定のようなものですか? それではこのダンジョンから出ることは叶いませんが」
「どうして冒険者同士で殺し合いをしないといけない。俺は納得できない」
「それは納得いく返答が得られれば人を殺すと云うことでしょうか」
「……そ、そうじゃないけど」
「それではずっと逃げ回るのですか? それにも限界があると思いますよ」
「その前に打開策を見つけ……る」
「まあそれは素晴らしい」
フィは口笛でも吹くような軽やかさでそう云った。出遭った時の印象と言葉を交わすほどズレていく。
治癒治療の施術が可能だとは云え、賢者は聖職ではないということだ。
フィは俺の後ろに立つユーリップを見、固まった。
「ネレイド、マンスズ、ウモン、油断は禁物です。後ろの青白い女は吸血鬼です」
剣に槍に斧。体格はほぼ同じ、身につけている装備も皆黒。三人は足並み揃えて前に出た。
「吸血鬼、それはいい。倒して名を上げる!」
槍を持ったひとりが色めき立った。どれがネレイドで誰がウモンかわからない。いやそれは誰でもいいのかもしれなかった。
フィが鉄壁そして速度向上の補助魔法を三人にかける。
「せめて降伏なされば、痛みを感じずに手を下す方法もないわけではなかったのですが。今からでも遅くはありませんよ?」
キルシマが刀を抜き、腰の鞘を投げ捨てた。
「カザン殿、そろそろなめられるのはごめんだぞ」
ジャゴも硬い表情で三人の戦士を睨みつけていた。
俺は小さく毒づいた。
「糞!」
いや、かなり大きく毒づいた。斧を振りかぶったマンスズの腹部にジャゴの鉄槌が突き刺さった。しかし事前に唱えられていた鉄壁の魔法でダメージはない。ウモンが剣を薙ぐ、キルシマが受け流す。ネレイドが尋常ならざる速度で踏み込み、槍を突き出した。猟師ノトとともにいた魔法使いも同じ補助魔法を唱えていたが、フィのそれは向上する速度が桁違いだ。
斧が降る、剣が来る、槍が飛ぶ。ジャゴもキルシマも四方八方から襲い掛かってくる攻撃に次第に防戦一方になった。俺もどうにか盾で防ごうとするが、前衛に入り込む余地がない。
また胡椒で目潰しをするか。俺は懐に手を入れた。
涼やかな声が飛ぶ。
「動くな」
「……う」
それは警告ではなかった。俺は本当に身動きが取れなくなった。フィはやっと効いたと声に喜色を乗せた。
「あなたは聞く耳を持っている。お侍さんやそちらの大柄な方にも再三硬直魔法をかけていたんですが、なかなか効果が現れませんでした。あなたは素直なよう」
それは多分誉め言葉ではない。
賢者フィ・ポーハパードールのパーティ。冒険者クラスはB。
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