第32話
猟師ノトの強烈な矢の攻撃を防ぐことに手一杯となり、少ない間隙にキルシマあたりが突っかかるがバルクナハの防御魔法でこちらの攻撃はすべて無力化されてしまう。
どうやらバルクナハという魔法使いは補助魔法に特化しているようだ。攻撃魔法一辺倒のネブラフィカばかり見てきた俺は、バルクナハの補助魔法は、苛烈さはないが対処法が見いだせず非常に厄介に感じた。
「分化」
ノトの放った矢が何本にも増える。ひとつひとつの攻撃力は弱まるが、そもそも的確にこちらの急所を狙って放たれている矢が数を増やして飛んでくるのはひたすら脅威としか云いようがない。さらには矢の飛翔速度を上げる魔法、軌道を曲げる魔法を織り交ぜてくる。俺たちは次第に盾の影から身動きができなくなった。
「カザン、どうする?」
「魔法の効果が切れるまで待つしかない、今出ていってもハリネズミにされるだけだ」
補助魔法の効果は永久ではない。そして魔法使いは延々と魔法を繰り出せるわけでもない。四天王などの英雄クラスの人間であろうと必ずいつかは消耗する。これはもう我慢比べ、持久戦だ。しかし、影が薄い気の弱そうな男が道具袋から時折水薬らしきもの、薬草らしきものを取り出してはバルクナハに手渡している。それは一種の興奮剤で、摂取することで消耗した精神が向上する。
薬師ゼオ。薬師も僧侶と並ぶ希少職であり、冒険者間での奪い合いは日常茶飯事。引く手あまたの状況に、依頼の成功報酬の取り分をずいぶん吹っ掛けてくる輩もいるとか。
「ゼオ! 儂にも寄越せ!」
ゼオはもたもたしながら先程の水薬を取り出し、ノトに手渡した。ノトはガラス瓶の封印を噛み千切り中の液体を一息に飲み干す。疲労が回復していくのがノトの表情でわかる。
「カザン、どうするっ?」
「ど、」
どうすべきか。
猟師ノト、魔法使いバルクナハ、そして薬師ゼオ。もう一人いる。ちらりとしか見ていないが軽装の男だった。その風貌からは職業は判別できなかったが、これだけ明確に役割分担ができているパーティなら、その男にも何かしら重要な役回りがあるはずだ。不用意な突出は避けた方がいいのかもしれない。
「キルシマ、ジャゴ、聞いてくれ。まだ様子を見る、俺がいいと云うまで絶対に攻撃を仕掛けないでくれ」
「しかしカザン殿、このままではまるでらちが明かぬ」
「それでもだ」
ジャゴは頷いた。
俺が警戒している第四の男。離れた位置で隠れたまんまの脂ぎった男は、商人ファルカッセオという。商人という職業は、その勘の鋭さから索敵を身につけることもあるが、やはり彼が本領を発揮するのは買い物のときだ。購入品の正確な価値を見極め、言葉巧みに買値を値切る。
ノトが組み上げたこのパーティでの、ファルカッセオの戦闘時の役割は相手に混乱を齎すこと。一見して何者かわからない風貌に多くの者は惑わされ、勝手に疑心暗鬼に陥る。本来まるで戦闘に役立たない職業を敢えて正体不明の見た目にし、混乱を誘う。これは老獪な猟師の策だ。
冒険者も人間だ。生きていくには金が要る。食うも休むも金次第、遊ぶも飾るも金があってこそ。戦闘を離れた時にこそ真価を発揮する商人という職業を、ノトは気に入っている。
当然そんなことなど知らない俺はいたずらに混乱し続け警戒し続けた。その上、殺しに来ている相手を殺さない程度に倒すと云うのは、云うは易いが実行するのは至難の業と云えた。
「カザン殿、まだか? まだ妙案は浮かばないか?」
浮かばない。俺の脳みそは軋んだままだ。
業を煮やしたキルシマが足もとの小石を放り、その音にノトが釣られた隙を突き飛び出した。飛ぶように距離を詰め、背を向けた姿勢の猟師の弓に手が届く位置まで迫る。猟師は魔法使いの名を叫んだ。
バルクナハは反転の秘術を唱えた。それは任意のものの位置を置き換えることができる上位魔法だ。その魔法効果でキルシマとノトの位置が逆転した。
ノトは皮を剥ぐための片刃のナイフを引き抜き、急に目標を見失って混乱しているキルシマの背中目掛け突き出す。ジャゴが動く。ノトはそれを察して、再び魔法使いの名を呼ぶ。
バルクナハは今度は鉄壁の魔法を唱え、ノトの身体を鋼鉄のように変化させた。魔法鉄壁はジャゴの鉄槌すらはじき返してしまった。
ノトはキルシマとジャゴに体当たりをして、無理矢理弓の射程距離を稼いだ。
「バルクナハ!」
バルクナハは分化の魔法を唱える。ノトの放った矢がいくつにも分かれてキルシマとジャゴを襲う。キルシマはその身軽さで矢を躱し、ジャゴはその肉体で矢を受けた。ノトは追撃の姿勢を取る。俺は焦る。
考えろ考えろ考えろ、現状を打破する知恵をこの脳髄から引っ張り出せ。
「カザン」
ユーリップが呼ぶ。
「カザン」
まだ早い。ユーリップに頼るのは八方手を尽くした後だと俺は思っている。
「カザン!」
再三の呼びかけに俺は振り向いた。
ユーリップは口だけ動かして、が、ん、ば、れ、と云った。
「キルシマ、ジャゴ、戻れ!」
俺はジャゴの頑健な肉体に刺さった矢を抜き、傷口に蒸留酒をかけた。このような場所で破傷風にでもなれば命が危ない。
「ユーリップ」
「あい」
「君、力は強いよね?」
「なんじゃそれは」
盾の影で短く作戦を伝える。キルシマは面白いと唸った。
「危険じゃ」
「このままじゃどうしようもない」
俺はジャゴに盾を手渡した。盾を構えたジャゴがノトに向かう。その陰に隠れキルシマは刀を抜いた。盾に幾つも矢が刺さる。それでも前進をやめず、俺は頃合いを見計らい粉末の白胡椒を袋ごと投げた。当然腕のいい猟師であるノトはそれを射抜き、中の胡椒がダンジョン内に舞った。胡椒での目潰しができている間にキルシマがノトに迫った。俺もペティナイフを引き抜きノトに向かって走った。
キルシマの刀がノトの首を狙う。キルシマより足が遅い俺はまだノトには届かない。
「バルクナハ!」
バルクナハは反転の術を唱えた。キルシマに切られる寸前だったノトと俺の位置が入れ替わった。そのままノトの身代わりに俺の首が斬られる算段だっただろう。
しかし。
キルシマの刀は俺の首の皮一枚も切らず、その動きを止めていた。
ノトが前のめりに倒れた。その背にはユーリップが力いっぱい投げつけた矢が刺さっていた。キルシマはそのままバルクナハに刀を向けた。
矢が刺さりながらも反撃に転じようとしたノトをジャゴが押さえる。
有力な魔法を逆手に取った作戦だった。うまくいったと俺は大きな息を吐いた。
ノトは毒づいた。俺はジャゴの積み荷から荒縄を取り出し、バルクナハに猿轡を噛ませた後、ノトのパーティを縛り上げた。
「殺さんのか?」
「この状況で縛って捨て置かれるのは、場合によっては殺すより残酷かもしれない」
「わかってるじゃないか。気弱なのもここまでくると罪じゃな」
それはそうなのかもしれない。でも俺には、どうしても人を殺すという判断は下せない。
「所詮は料理人か」
「そうなのかもな」
「まあお前らだけじゃなく、今頃互いに殺し合わない口約束を交わしている冒険者も大勢出てきていることじゃろうな」
ノトは俺をじっとりとした眼差しで見つめた。
「どこまで貫けるか、貴様のへっぽこな覚悟を」
ノトの云う通り冒険者同士の不可侵条約はそこかしこで結ばれていた。勝ち続け最後の一組になる野心よりも、とにかく生き残ることに重きを置くことを考えるのは当然だ。しかしこの企てを仕組んだギュンピョルンも、実行役としてこの場にいるオゾオドオゾも、そんなことは想定内だ。だからこそ彼らは、冒険者の中に一人、何があっても徹底的に殺しを行うパーティを仕込んだ。暗黙の協定ばかりの膠着状態を阻止するための機能を期待しての投入だが、無論その彼らが最後の生き残りになるのでもいい。
ゼンガボルト。
戦士ベルエフに、狂戦士チシムー、忍者ステイシ。ベルエフは背に大きな袋を背負っている。その中身がよほど重いのか、体力のないベルエフは大汗を掻き喘いでいる。
「……も、もう無理だ、少し休ませてくれ……」
「いいからとっとと歩け、殺すぞ」
ゼンガボルトは低い声で云う。最早彼は僧侶ですらなくなっていた。
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