第31話

 ダンジョンで火を使うことを相変わらずキルシマに揶揄されながら、俺は米を炊いていた。


「お、米の飯は嬉しいね」


 これが完全に密閉された空間ならば、干し肉とチーズとパンの簡素な食事にしていただろうが、火が使えるなら話は別だ。食事は暖かいだけでもまるで味が違う。


 炊けた米で塩おにぎりを握り、胡麻油を敷いた鍋に半乾燥の豚肉、玉ねぎ、生姜汁、甘薯を入れ、火が通ったところで水を差し、浮いた灰汁を掬い取って味噌を溶かす。


「いい匂いだ」


 キルシマあたりは味噌の匂いはたまらないはずだ。ジャゴはどうかと俺は口数少ない男の顔を見るが、豪腕の紳士は興味深そうに俺の手元を見つめていた。


 家から持ってきた豆のピクルスとともに、おにぎり、豚汁を供する。ジャゴのおかげで食器や調理道具はもちろん、かなりの量の水も運ぶことができ、用意できる食事の幅もずいぶん広がった。本当ならば一瞬の休みもなくゼンガボルトの後を追いたいが、無理は必ず身体に出る。目的の男を追い詰めたところで体調が万全でなければなにもできない。


 キルシマとジャゴは仮眠をはじめた。俺は気だけが逸っている。落ち着きのない俺を、ユーリップはじっとりした目で見つめている。


「ど、どうした?」


「なんぞない」


「なんでもないことないだろう、変な顔して」


「変な顔で悪かったのう」


「そういう意味じゃなく……」


「必死じゃの」


「え?」


「盗賊を助けるために必死じゃの」


「当然だ。ライホの呪いを解いてトリポカさんのもとに返してあげたいからね」


「本当にそれで、その盗賊は幸せになれるのか?」


「……それは」


「カザンがそう思いたいだけではないのか?」


 そうなのかもしれない。確かに俺は、ライホが呪われたことに強く責任を感じている。ライホの呪いと解くこと、そしてその身を許婚であるトリポカに預けることで、責任から解放されようとしている。核心を突くユーリップの言葉に、俺は唸り声すら上げられなかった。


「いいのう」


「……え?」


「その盗賊はいいのう、カザンにそれほど思ってもらえて」


「だから俺は」


「仲間でも友達でも責任でもなんでもいいのじゃ。その思いをわらわも受けてみたい」 


 きゅう、とユーリップの腹が鳴った。


 俺はユーリップに血を吸うかと尋ねた。強がりの多い吸血鬼だが、その時は素直に頷いた。俺はユーリップに近づき腕を差し出す。はたから見ればそれは恐ろしい光景なのかもしれないが、どうしてか気恥ずかしさが先に立つ。


 キルシマのいびきが聞こえる中、ちらちらと明滅する焚き火の灯りにユーリップの青白く綺麗な顔が近づいてきた。


 ユーリップは俺の腕を繁々と見つめ、ぼろぼろだと嘆いた。ずいぶん間を置いて血を吸ってくれているとは云え、傷はそう簡単に塞がりはしない。


「いや、やめよう。わらわは平気じゃ。貴様ら人間のように腹が減っても死ぬことはない」


「でも眠くなるだろ?」


「カザンとしてはそれが困るのじゃな?」


 ユーリップは上目遣いに俺を見た。


「わらわがいなくなれば大いなる損失、計り知れない戦力減じゃものな。わかる」


 俺は笑った。


「なめんなよ吸血鬼」


「なんじゃと?」


「たしかにユーリップは大事な戦力だ。そしてそれ以前に大切な旅の仲間。何遍も云ってるけど、仲間は全力で守る」


 見捨てられそして裏切られ奪われ、俺は強くそう思っている。


「仲間、のう」


 ユーリップは俺を見つめた。


「わらわはそう思っておらぬ」


 美しい顔が近づく。俺はまたその顔に見入ってしまう。


「じゃが、わらわもカザンが大切じゃ」


 ユーリップの吐息が耳にかかった。頭が破裂しそうになる。


「カザン」


「な、なに?」


「首から血を吸ってよいか」


「……す、好きにしたらいい」


 ユーリップの冷たい唇が俺の首筋に当たって、薔薇の棘のように牙が食い込んだ。俺は声を抑えるのに必死だった。痛くはない、痛くはないのに甘い疼痛が胸にあるのは何故だろう。


 ユーリップは俺から離れ口元を拭った。


「なんぞないか?」


「あ、ああ平気だよ」


 キルシマが寝返りを打ち、ぼそりと呟いた。


「接吻せいや」


 俺はキルシマの尻を蹴り、寝転がった。


 移動を再開する。当然魔物も出るがそれ以上に怖ろしいのは冒険者だ。俺たちパーティとはこのダンジョンにいる理由が違う。


 どうすべきかと思案していると、ジャゴが声を掛けてきた。


「最初に会った奴らのようにひとまず戦闘不能にすればいい。戦えなくなれば諦める。そうしてすべて叩きのめしてから、ゆっくり次を考えよう」


 俺はうなずく。そうするしかないと思った。


 巨大な謀略に巻き込まれている不快感がある。その正体は料理人である俺にはわからないが、どう転んでも後味の悪い結末に向かっているような、血なまぐさい、臓腑でできた道を歩かされているような感覚だ。


 風を切る音がして俺のこめかみに矢が迫った。間一髪ユーリップが掴んで阻む。


「手づかみじゃとう?」


 白髪白髭の壮年の男。腕がものすごく太い。矢筒を背負い大きな弓を構えている。


「儂はノト。まあこれから殺す連中に名前を云っても詮ないが」


 物腰と装備を見て、目の前の男が猟師であると俺は判断した。野や山を駆けまわり野生動物や時には魔物を仕留めて生活している。所謂通常職ながら、料理人などよりずっと冒険者に適しているジョブと云える。


 もうひとりは魔法使いだろうと思われる。残りのふたりは正体がわからないが軽装であることを考えれば、少なくとも前衛ではなさそうだ。


 ノトは矢を番えた。俺は盾を構える。


「キルシマ、ジャゴ」


「せっかくの流星刀が峰打ちばかりで泣いておる」


 ぼやくキルシマに目で合図をして、俺は盾の影から火のついた松明を放った。瞬時に矢で射抜かれる。キルシマが飛び出した。


「バルクナハ!」


 閃光の魔法が放たれる。キルシマの虹彩は焼かれ、侍は格好の標的となった。ジャゴが盾に隠れたまま鉄槌を突き出してキルシマの衣服に引っ掛け、力任せに引き込んだ。間一髪その上を矢が飛んでいく。


 魔法使いは名をバルクナハと云うらしい。まだ若いようにも見えたが、魔法使いと云うよりは王宮の文官といった風情の男に見えた。


 そこからしばらく膠着状態となった。考えてみれば俺たちには中長距離に対応するすべがない。対する相手は、弓を持った猟師に魔法使い。距離を保った戦闘はお手のものだろう。


「お、俺はC級冒険者のカザン」


「知っとる。痩せた戦士だの荷運びだの吸血鬼だの、妙な輩ばかりを仲間にしている料理人だろう?」


「あんたたちも最後の一組になるため、他の冒険者を殺して回ってるのか?」


「当然じゃろが。せっかく入れたダンジョンで、なんも持ち帰らんまま引き下がれるか。洞窟にゃ蓋がされたとあの針金人形は云っておったが、ダンジョンを隅々まで見て出口に戻るまで、精々稼げるものは全部稼ぐつもりよ」


「きょ、協力し合う選択はないか?」


 ノトの高笑いが聞こえた。


「協力? よかろう。お前さん方が獲得したものはすべて寄越せ。それでいいか」


 俺の脇腹をキルシマが小突いた。そんな条件飲むなと云っているのだろう。ノトはさらに云う。


「出口まで戻ってやはり最後の一組でないと外に出られんと云うなら、そこでお前らを殺す」


 そこが不明瞭だ。最後の一人とは言葉そのままの意味なのかそれとも冒険者パーティを一単位としているのか、その認識の齟齬は考えようによっては悲劇を生む。


「諦めろ料理人カザン、抵抗せんのならせめて苦しまないよう殺してやる」

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