第30話
ジャゴもキルシマも戸惑っている。
ユーリップのみが、向かってくるなら殺してしまえと囃したてた。
「だめだ、相手は人間だ!」
「あの人形も云っておったじゃろ、戦って勝ち抜かねばならぬ」
俺はその時点では、洞窟にされた蓋の意味を言葉そのままで捉えていた。もし仮に青銅の巨人の存在を知り得ていたなら、何を横にどけてもその巨人を倒しに向かっていただろう。当然俺一人でどうにかしようとは思わない、都合よくユーリップに依存していたとは思うが。
「だ、だからと云って、人間を殺せるわけない!」
キルシマが云う。
「カザン殿の云うことも道理だが、向こうはそう思っておらん」
D級冒険者パーティのリーダーらしき戦士が前に出た。
「俺の名前はモータワー。冥土の土産に憶えておけ」
その武器は馬すらも叩き切る大剣。
ユーリップが俺にだけ聞こえるくらいの声量で呟いた。
「モータワーにお名前聞かせてもーたわー」
腕組みをした浅黒い男がポンスと名乗った。格闘家であるという。
動きを阻害しない最低限の防具。武器というよりは拳を守るために身につけている手甲。鍛えぬいた肉体と磨き上げた技術で敵を倒す、攻撃特化のジョブ。鍛錬によっては自己回復のスキルを覚えることもあるという。
続いて不健康そうな女が面倒臭そうに名乗る。
「ユーグ」
蜘蛛の刺青の入った腕、前髪に隠れて目は見えない。それ以上は何も云わない。
さらにその後ろに、目深にフードを被った影がある。顔も見えないので男か女かもわからない。
「駄目だ、なにが起こっているのかわからないまま冒険者同士で戦うべきじゃない」
「あんたもあのけったいな人形から聞いたはずだ! 戦って生き残るしかこのダンジョンを出る方法はねえ。まったく、おかしいと思ったんだ、B級以上しか受けられねえと謳っていたダンジョン探索が、突然条件撤廃、どんな冒険者クラスでも探索してくださいなんてよう。なんのつもりかしらねえが閉じ込めて殺し合いさせるとは、この国のお偉方もなに考えてんのか」
「お偉方?」
俺の独り言に、戦士モータワーは答えた。
「あの針金人形を見て気づかなかったか? 職人が精魂込めて作り上げた人形を操るのとはわけが違う、そのあたりのものを人の形にして魂を吹き込んじまうなんて芸当、この国でできるのは四天王イッゴ・オゾオドオゾぐらいしかいねえええ!」
ユーリップは再度、モータワーがゆーたわーなどと呟く。俺はユーリップの口を押えた。
「なぜ四天王が冒険者を減らすような真似をする?」
「それがわかんねえから苛立ってんだろうが!」
モータワーは背に負っていた大剣を構えた。
「わけがわからねえうちは、とにかく目の前のことに集中するもんだ!」
格闘家ポンスが手を打ち鳴らした。
「覚悟はできたか!」
キルシマが抜刀の姿勢をとる。ジャゴも鉄槌を構えた。
「まともな戦闘職は侍だけかぁ?」
モータワーがそう云うと、後ろに立った影が声を上げた。
「油断するなモータワー」
声の高さから云ってまだ少年のようだ。
「どういうことだイウォート」
名前を呼ばれた少年は前に出てフードを取った。
右眼の瞳は黒、左眼の瞳は金。
「邪眼師か」
キルシマが云う。俺も噂ぐらいは聞いている。人に見えないものを見る眼を持つ者が極めて稀に生まれることがあるという。光を見抜くのならばそれは聖なる目として敬われ、邪悪を見抜くのならばそれは邪眼と呼ばれ忌避された。
「カザン殿、清らかな戦いがこの世に存在すると思うか?」
「どういう意味だ、高潔な目標を掲げてする戦いのことか?」
「まあ違う。どれほど高邁な思想を以って戦おうと、所詮殺す殺さぬは凶事。邪悪な行いだ。あの邪眼師ってのはそれを見透かす」
邪眼師イウォートが呟いた。
「侍。固有スキル居合。初手には気をつけろ、不用意に近づいたら気づいた時には首が飛んでる」
イウォートはジャゴを指差す。
「力任せの打撃。侍の速度に目が慣れる前に、そこの男が鉄槌で攻撃する」
そして金色の瞳は俺を見た。が、そのまま上滑りするように視線はユーリップに移動し、イウォートは言葉に詰まった。生唾を飲む。
「吸血鬼……だ。冗談じゃない」
D級冒険者たちは騒めく。そうだろう、通常では考えられないことだ。邪眼がどれほどレアな先天的スキルなのだとしても、所詮は人間。不死身の種族吸血鬼には敵うまい。
「け。関係ねえぞ邪眼師。やるしかねえんだよ、もう」
無理なのか、やはり殺し合うしか道はないのか。解決策を模索して手を拱いている間にこっちがやられる。なんて血なまぐさい。なんていう真似をアネムカはさせるのだろう。
俺は大盾を構えた。
格闘家ポンスは履きものを脱ぎ捨てた。目にも止まらぬ速さで間合いを詰められ、前蹴りでバランスを崩される。よろけたところに追い打ちが入る。俺は鼻血を出して石畳の固い床に突っ伏した。
「モータワー、そいつはなにもできない、一刀で終わらせて!」
邪眼師の声が飛ぶ。俺は無闇に転がった。今さっき伏していた場所が大剣で破壊される。直撃をまともに受けていれば、俺は今頃真っ二つになっていただろう。
戦いは邪悪。こちらの動きはすべてあの邪眼が見通すということ。
「キルシマ!」
キルシマが刀を抜いた。流れ星から作られたという貴重な一振りだ。
邪眼師はキルシマの動きを予見し、前衛のモータワーそしてポンスに的確な指示を与えた。それでは神速の剣技も形なしだ。ジャゴの一撃も簡単に躱されてしまった。その陰で俺は懐に手を差し入れ、取り出したものを口に含んだ。
モータワーの大剣は動きに制限のあるダンジョン向きではない。それはジャゴの鉄槌も同様だ。ただ大剣の一撃は食らえば終わり。大振りなモータワーの動きの隙を生めるように素早い格闘家が舞うように立ち回る。まさに身体ひとつで刀と槌に対抗している。素晴らしい鍛錬の為せる技なのだろう。
格闘家の拳が石の壁を破壊した。感心してばかりもいられない、徒手空拳と云えどその破壊力はジャゴの鉄槌と同等かもしれない。
そんな中あまり動きのなかった前髪女が、腰に付けた小瓶の蓋を開け蜂を放した。蜂はまっすぐに俺たちの方に飛んできた。
虫など普通操れない。それを可能にするのは虫使いの技だ。キルシマは手で顔を覆った。百戦錬磨の手練れだろうと、蜂が目の前に迫れば反射的に身を守ろうとしてしまう。それは人がまだ山や野で生活していた時代の名残だ。本能的にあの色と羽音は危険だと感じ身構えてしまう。
「たった一匹ではそこまで脅威はない。けど……」
俺は咄嗟に腹這いになった。確信はない、予感に近いものだ。
「ジャゴ、キルシマ止まれ、床に蠍がいる!」
空中の蜂を見せ餌に、本隊は足元に放った蠍。どちらも毒虫であり、刺されれば無事では済まない。知能などまるでないその虫を意のままに操る。どれほど近くにモータワーやポンスがいようとも、虫は一向に彼らを攻撃しようとはしない。
ジャゴとキルシマは後退し、俺は調理用の油を撒いた。
「火を点ける気だ、ユーグ!」
邪眼師に指示され、虫使いは口笛を吹き蜂を俺目掛けて飛ばした。蜂は俺の右手の親指を針で突き刺す。痛みに持ち上げた松明を床に落としてしまった。
悪意を見抜く。なるほど厄介だ。
俺は迫りくる蠍の上に盾を倒し、その上を走った。
「駄目だカザン!」
ジャゴが叫ぶ。武器を持たない俺が突っ込んでくるとは思わなかったのだろうが、冷静な顔でポンスが立ちはだかった。俺はみっともないくらい素っ頓狂な声を上げて、両手で顔を固めた。胴ががら空きだ。ポンスは必要最低限の動きで俺の腹に蹴りを入れた。
「ぐは!」
俺は口の中のものをぶちまけた。
悪意がどこまで読まれるのかそれは賭けだった。
俺の口からぶちまけられたのは先から咀嚼していた唐辛子だ。ポンスの奥のイウォートの目に、その強烈な刺激を持った吐瀉物が入り、見透かす目を封じることができた。
「キルシマ!」
俺のパーティでもっとも早い攻撃ができるキルシマに指示を出す。当意即妙、キルシマは蠍の這っていない壁を蹴り、目にも止まらぬ早業で真っ先にイウォート、続け様にモータワー、ポンスを倒す。反転着地して虫使いの女の鼻先に刀の切っ先を突きつけた。
ユーグは喉を鳴らした。
「退け。拙者らのリーダーが豆大福より甘い御仁で助かったな」
その場に座り込んだユーグを置き、俺たちは先に進むことにした。ダンジョンに蓋がされた、冒険者同士で殺し合え、そんな恐ろしい状況も、あの悪意の塊ゼンガボルトが怖じ気づくとは思えない。
腹が痛い。まっすぐ立って歩けない。腰が入っていない前蹴りだったが俺には大ダメージだ。急場しのぎの思いつきだったが、回復するまで飯が喉を通りそうにない。
そんな俺を知ってか知らずかキルシマは腹が減ったとぼやいた。ジャゴも同意する。
ユーリップは退屈そうにしている。
「どうしてカザンはわらわを頼りにせぬ」
「それは」
まあ諸事情あって。しかしこのダンジョンで起こっていることに関して云うならば、ユーリップに任せてしまってはおそらく相手の冒険者たちに死人が出ていただろう。小器用なキルシマだからこそ、気絶させるだけで済んだのだ。などと正直に云わるわけもなく、俺は不満顔の吸血鬼に君は秘密兵器だからと云って誤魔化した。
「そうか! ならば妄りに動くのはよくないな!」
妙に素直と云うか純朴なところがある。見た目は妖艶であるし、実際の年齢も三百を越えているそうだが、やはりユーリップは子どもっぽい。
キルシマが腹減ったと再び云った。生きている間は腹が減る。強者であろうと弱者であろうと皆平等だ。
俺は周囲の安全を確認し、ジャゴの積み荷から薪を出して火を熾した。
「よし、ご飯にしよう」
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