第29話

 蠱毒。


 それは古代から伝わる呪法。


 壺の中に蛇、百足、蛙などの毒虫を入れ、最後の一匹になるまで殺し合いをさせる。生き残った一匹から抽出された毒はこの世のどんな毒よりも怖ろしいのだという。


 大神官でありながら怖ろしいことを考えるものだと人形使いイッゴ・オゾオドオゾは思う。もっとも四天王の一人アゼカイ・ギュンピョルンは魔王教の神官であり、彼が信奉するのは、衆愚に英知と救いを与える神ではない。


 ダンジョンに冒険者を集め蓋をする。再び外に出たいのならば、蓋として屹立する青銅の巨人を打ち倒すか、出遭ったものすべて、魔物も冒険者もひたすら殺し、最後のひとりにならなくてはならない。冒険者の多くは四人組のパーティであるから正確には最後の一組であるが。


 オゾオドオゾは懐から針金の束を取り出すと、それを器用に撚って幾つかの人形を拵えた。ひとつひとつに息を吹きかけ魂を込める。


「さあ行け、行って片っ端から伝えろ。ダンジョンに蓋が為された。殺し合え。殺し合わねば二度と出られぬ。他の冒険者は敵だ」


 まるでギュンピョルンの小間使いのようで甚だ気に食わないところもあるが、オゾオドオゾはこの、どこまで深いのかもわからないダンジョンを利用した壮大な呪法を大神官から聞き、面白いと感じた。どうなるか見てみたいと思った。堅物の竜騎士はあからさまに不快を示し反対をした。エンデミュートが顔を顰めたことで、オゾオドオゾは余計にギュンピョルンの計画に協力したくなった。侍大将クジキリは賛成も反対も述べず泰然としていた。それも気に食わない。


 おそらくエンデミュート伯も釣り目の侍も秩序立った世界を望んでいる。オゾオドオゾなどは是非御免被りたい、糞つまらない世界をだ。


「さて。そろそろかな」


 いくつもの足音が迫ってきた。針金人形の声を聞き、血相を変えた冒険者たちが洞窟を出ようと押し寄せたのだ。


 オゾオドオゾは物陰に隠れた。


「さあ、洞窟の入り口には私が精魂込めて作り上げた青銅の巨人がいるぞ」


 それは虐殺だった。真っ先に洞窟を出た戦士らしき男が脳天から縦に潰され、周囲に身体の中身をぶちまけて即死した。直上から岩石が降って来たのかとすぐ後ろに続いた魔法使いは思った。


 目の前に立っていたのは、見上げるほど大きな人型の魔物だった。


 青銅の巨人。


 魔物を計る脅威等級は7。現在のギルド最上位であるB級冒険者がやっと渡り合えるレベルと云われている。


 魔法使いは火球の魔法を放った。しかし青銅の身体に火の魔法は効果が薄い。ましてや相手は痛みや恐怖を感じない操り人形である。魔法使いはさらに雷の魔法を放つ、氷結を放つ。無為。いたずらに精神力を消耗しただけだ。


 青銅の巨人は魔法使いを踏み潰した。甲高い断末魔が洞窟に響いた。


「蓋をしたってこういうことかよッ」


 隙を突き巨大な巨人の足元を抜け出そうとした者がいる。巨人は長い手を伸ばし脱走者の首を鷲掴みにすると、思い切り地面に叩きつけた。脱走者は固い地面で粉微塵にはじけた。


 簡単に三人の冒険者が虐殺され、押し寄せていた他の冒険者たちはたじろいだ。


 青銅の巨人は動きを止めた。矢張り彼は、洞窟を出ようと試みた者のみを攻撃するよう命令されているようだ。


 青銅の巨人の足元に、針金製の小さな人形がやってきた。


「出たいなら殺し合え! 冒険者も魔物もない、最後に残ったものが勝者だ!」


 云うだけ云って針金人形は倒れた。オゾオドオゾが吹き込んだ命が尽きたのだろう。


「ぼ、冒険者同士で殺し合うなんて……」


 騎士が嘆いた。それが当然の反応だ。


「殺し合わなきゃ出られない。いや、こっちがやられるかもしれない」


「だからって人間同士殺し合うなんて!」


「一緒だ! 相手が魔物だろうが人だろうが、俺たちは殺したり殺されそうになったりしながら今までやってきた。今度だって同じだ!」


「違うわ!」


 悲鳴のように訴える騎士の頭を、屈強な戦士が大金鎚で殴りつけていた。


「ならばお前は死ね」


 それが発端となってその場で殺し合いが始まる。幾多の危難を乗り越えてきた冒険者は、生に対する嗅覚が鋭い。どうすれば生き残れるか、それを常に考えている。


 殺さねば殺される。


 シンプルだ。


 いくつもの叫び声と剣や槍が触れ合う音。炎の魔法がなにかを燃やす匂い。電撃の光。矢が飛び、短剣が飛ぶ。


 混沌極まった騒乱が過ぎ去って、出口付近で生き残ったのはD級冒険者の二人組だった。最大四人で行動できる冒険者パーティで、敢えてふたりで行動している。


 錬金術師のチェンマと騎士のエラルド。


 基本的に矢面に立つのは騎士エラルド。チェンマは多少扱える補助系魔法でエラルドにバフ効果を付与し、その上でエラルドの手持ちの武器を、相手に最も効果があると思われるものに変化させる。敵によって有効無効を見極め、剣、槍、弓矢に斧と、元々はただの鉄の棒であったものを千変万化どんな武器にでもしてしまうのだ。


 その素晴らしい対応力と、エラルドのずば抜けた戦闘センスによって、C級昇格は当然、B級も夢ではないと云われている。ただの二人でだ。


 金髪おかっぱのチェンマが云う。


「エラルド、地下に戻ろうよ」


「あー。そうする? さすがにあの青銅の巨人は無理か?」


「頑張ればどうにかなるかもだけど、死ぬかもね。それよりはダンジョンで他の冒険者相手にしていた方が無難」


「オケ。りょ。ほいじゃ戻りますか」


 エラルドが持っていた鉄鎖の鞭をチェンマが錬金術で元の鉄塊に戻して、二人は来た道を引き返していった。


「リオーとか、倒せっかな? どうせいるんだろ? あいつ、このダンジョン発見されてからずっと入り浸りらしいしな」


「あそこはね、勇者よりも魔法使いが厄介だよ。なにせあの悪名高きマギランプの娘だもの」


 上の階でそんな惨劇があったことなど知る由もなく、その時俺たちは、説得のまるで通じないD級冒険者パーティと対峙していた。

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