第28話
その時、トリポカは戸惑っていた。
「あなたはライホを見捨てたはずだ」
目の前の男は確かに僧侶の姿をしていたが、その目つきや雰囲気はとても神に仕える聖職にあるようには見えなかった。
「見捨てただなどととんでもない。まことに面目ない話ですが、私は冒険者でありながら、ライホさんと探索していた洞窟で気を失ってしまったのですよ。気を失っている間にライホさんは呪いにかかってしまった。それが罪だとおっしゃられるなら、私には最早返す言葉もない」
ライホを連れ一刻も早く町を出ろ、国に戻れと云われていた。どういう理由なのかはしらないが、約束通りにはいかず忠告から二晩も過ぎてしまっていた。ただ、許婚であるライホが呪われた理由に目の前の僧侶が絡んでいることくらいは、トリポカにも調べはついていた。
僧侶は深々と一礼した。
「私は僧侶です。今までライホさんの呪いを解く術を探しておりました」
「……ここに見えられたと云うことは、それが見つかったということですか?」
「ライホさんの呪いを解くには、清き場所としかるべき処置が必要なのです。失礼だがこの診療所よりも我が教会のほうが相応しいかと思われます」
「……あなた、ゼンガボルトさんでしょう? 残念だが、あなたにライホを預けることはできない」
そう云ってトリポカは身辺を守らせるために雇った人間を呼んだが、ひとりも現れなかった。高い金払っているのに何をしていると、苛立ちながら再度呼ぶ。
一向に僧侶らしくない男は不敵に笑い、声色を変えた。
「呼んでも誰も来ねえぞ」
その迫力にトリポカは固まった。それでもトリポカは呼ぶ。それしかできない。しかし現れたのは雇い入れた用心棒ではなく、見たことのない痩せぎすの男だった。
「ゼンガボルト、やることが大胆過ぎるぜ」
それはベルエフだ。
「まるで押し込み強盗だ」
ゼンガボルトは舌打ちをした。
「嫌なら帰れ。そして二度と俺の前に現れるな」
「行くとこねえんだよ、そう云うなよ」
「だったら黙ってろ!」
トリポカの用心棒は、ゼンガボルトのパーティメンバーである狂戦士と忍者がすべて惨殺していた。
トリポカは吐き気を覚えながら言葉を吐く。
「なにが目的だ……」
噎せかえるほどの暴力の匂いにトリポカは気を失いそうになった。それでもライホを守ろうとした。ゼンガボルトは悠然と歩き、いまだ固まったままのライホをその太い腕に抱えた。
「駄目だ、連れて行かないでくれ!」
「邪魔すんな、殺すぞ」
狂戦士がトリポカに斧をちらつかせながら云った。
「ゼンガボルトさん、なんだってまたカチカチの盗賊なんぞ。抱くにも固すぎだ」
「馬鹿野郎。使い道が見つかったんだ。欲しいのはこいつ自体じゃねえ、こいつに掛けられた呪いだ」
狂戦士はにやにやしながら、ゼンガボルトとトリポカを見比べた。
「呪いっすかあ?」
「こいつにかかっている呪いはな、云ってみりゃまだ蛹だ。人の身体ン中で育って、やがて本領を発揮する」
「この女の身体ばりばり破ってなんか出てくるとか?」
ヒイとトリポカは息を飲んだ。
「破りゃあしねえ。宿主を魔物にしちまうんだとよ。俺はその魔物に用がある」
去り際、狂気の僧侶は本来の胴間声で療養所のすべてに聞こえるよう、訴えてみろここを潰すぞと怒鳴り上げ、呪われたライホを連れて立ち去っていった。
その話は、息を切らして俺の家を訪れたトリポカの口から直接もたらされた。
「私はこれから訴えにでます。あのゼンガボルトという男を許してはならない!」
俺は早まる動悸を抑えられないまま、どうにかトリポカに言葉を吐いた。
「俺に任せてもらえませんか」
「駄目だ! 放っておけばライホは魔物になるんだぞ?」
「ゼンガボルトは何をしでかすかわからない男だ、関わってはダメです! トリポカさんが危険にさらされる」
「だ、だからと云って、ライホは私の婚約者だ!」
トリポカは唾を飛ばして叫んだ。悔しいのも理不尽なのもわかる。俺もゼンガボルトには散々辛酸をなめさせられつづけてきた。今だって本当のところは、トリポカのように叫んで取り乱してしまいたかった。
消沈しきりのトリポカに、何度も早まったことはしないよう釘を刺し、送り出す。
隣室から物音がして、頭が箒のようになったユーリップが出てきた。
「なんぞあったか?」
「ユーリップ、支度をしろ。俺は先にギルドに行く」
「ダンジョンか? まだもう少し時間があるじゃろ」
俺はゼンガボルトの影を追うため、まずギルドに向かった。ユーリップが云っていた通りもうすぐパーティメンバーとの約束の時間でもある。状況によってはダンジョン探索に向かうのを先延ばしにしてもらう必要があるかもしれない。
俺はまず、顔馴染みの受付の女性にゼンガボルトが来ていないかを尋ねた。
「先ほど参られましたよ」
「ど、どこにいますか? 地下?」
爬虫類系亜人の受付嬢はにっこり笑った。
「地下は地下でも、ここの酒場ではございません。マゼーの洞窟地下のダンジョンでございます」
それなら都合がいい。もう何を横にどけてもこの国唯一のダンジョンに行くしかない。
ジャゴが来た。
「早いな、俺が一番だと思ったが」
「事情がある」
なにかを感じ取ったのかジャゴはそれ以上尋ねることはしなかった。
俺はギルドの前に仁王立ちになってキルシマの到着を待った。
先に現れたのは意外にもユーリップだった。
「置いていくとはひどいぞ。なにを急いでおるのじゃ?」
俺は返答の言葉を濁す。ただ、云うべきところは云わなくてはならない。
「糞僧侶を追う」
「ほう。目が血走っておるが、またなんぞされたか? ついにぶん殴る気になったか?」
「ああ、もう許せない。あいつは俺がぶちのめす!」
キルシマが現れた。
「おう、カザン殿。早いな相変わらず」
「よし行こう!」
「そして忙しない。少し拙者の話を聞かないか? 気づかぬか拙者の腰。ほら、遺跡の探索で刀が折れただろう?」
キルシマの腰には新しい刀がさがっていた。しかし今はそれどころではない。
「歩きながら聞く」
ジャゴもギルドから出てきた。
駆け足のように俺は先頭を行ってマゼーの洞窟を目指した。道中、アバンジの遺跡探索の報酬を使い前倒しで新しい刀を仕上げてもらったのだとキルシマは語ったが、俺にはそれに就いてあれこれ尋ねている余裕はなかった。
「空から星が降るだろう? 流れ星というものだな。これはその落ちた流れ星で作った、その名も流星刀よ!」
俺は雪崩るようになんの覚悟もないまま、マゼーの洞窟奥のダンジョンに潜入した。
本当はもう少し強くなってから行くほうがいいかと、そんなことを考えてもいた。ゼンガボルトの悪逆非道な行いがなければ、そうしていたかもしれない。
そうしていれば。
これからこのダンジョンは地獄と化す。
俺たちが洞窟に消えた後、四天王の一人である人形使いイッゴ・オゾオドオゾが姿を現したのは、当然後になってから知った話だ。
「さてこれで、この国にいる冒険者、そのほとんどが地下に降りた」
オゾオドオゾが指を鳴らすと、地響きを立てて大樹のように大きな青銅の巨人が姿を現した。
「これからこのダンジョンに蓋をする。いいか巨人よ、私の許可なく出てきたものはすべて叩き潰せ!」
そしてオゾオドオゾも洞窟に姿を消した。
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