第27話

 月の明かりに鈍く輝く銀灰色の甲殻に、凶悪な一対の鋏。太い尾の先に毒針を持つ。


 鉄蠍。


 その身体は雄牛ほどの大きさであると聞いていたが、俺たちの目の前に現れたのは小山ほどの大きさがある、巨大な化け物だった。


 ジャゴが盛り上がった地面から転げ落ちていく。


 キルシマは折れた刀を鞘から抜いた。鉄蠍は大鋏を振り回し俺を狙う。反射的に盾で防ごうとしたが、魔物の鋏の大きさと自分の体格を考え躱す選択を取った。無理矢理避けたことで体勢を崩し、腰が砕けたような姿勢になって後ろに転げる。


 キルシマが欠けた刃で蠍の甲殻を切りつけるも、当然まるで歯が立たない。


 脅威等級6である鉄蠍はC級冒険者である俺たちがギリギリ倒せるレベルの魔物だが、当然それは攻撃が機能してこその話だ。現状を見れば、斬撃のキルシマの刀は折れ、打撃を担うジャゴもいまだ麻痺から解放されていない。


 結局はユーリップなのか。それでもいいとは思う。実際ユーリップは強いのだから。ただ、ユーリップに依存してばかりでいると、何かの拍子に彼女がいなくなった時、俺たちはなにもできなくなるだろう。


 パーティから追放され、パーティから抜けられ、俺はそう考えるようになった。


 蠍は鋏でジャゴを掴んだ。そのまま両断するつもりか。俺は走ってジャゴを振り回す鉄蠍の触肢に取り縋った。


「カザン殿!」


 キルシマが折れた刀を放ってよこした。キルシマが斬りつけてもどうにもならない相手を、俺がどうにかできるとは思えなかったが、徒手空拳よりは折れた刀でもあるだけ有り難い。


 よく見ろ。目の前の怪物をよく観察しろ。


「そうか!」


 それに気づけば、なんのことはない。蠍といえど、ヨロフトの塔で遭遇した人面ヤドカリと同じ、ただのエビやカニの仲間だ。固い甲羅に覆われているその身を手に入れるには、関節に先の尖ったものを差し入れればいい。俺は先の折れた刀を甲殻の隙間に差し入れ、中にある腱を切りつけた。ジャゴを掴んでいた鋏の力が緩む。さらに刀を押し込み完全に腱を切断する。蠍は尾を振り上げ、先端についた毒針を俺に向けた。不安定な姿勢でしがみついていた俺は叫ぶ。


「ユーリップ、助けろ!」


 ユーリップは俺の背中を鷲掴みにして、乱暴に鉄蠍から引き剥がした。地面に転がった俺は蠍の脚にしがみつき同じように腱を切断し、その動きを鈍化させる。


 俺は無我夢中で目についた関節を外した。夢中なあまり、ユーリップの様子がおかしいことなど気づかなかった。


 ほとんど身動きが出来なくなった鉄蠍を見て、俺は不意になぶり殺ししているような不快感に襲われた。魔物に同情は禁物だとそんなことはわかっている。しかし子どもの頃から様々な生き物と慣れ親しんできた俺には、どうにも割り切れないところがある。


「ぼけっとするなカザン!」


 ユーリップに叱咤され俺は気を取り直す。鉄蠍の討伐が依頼ではないが、その甲殻は色も強度も申し分なく、加工することで鎧や盾などの防具、それ以外にも装飾品などに利用できる。つまり、素材として高値で売ることが可能だ。


 俺はもがく鉄蠍を見た。それは時間にして刹那。


 鉄蠍はほぼ唯一動く尾を振り回して、俺の胸に狙いを定めた。


 やられる。ありきたりな表現だが酷く緩慢に、蠍の尾が迫るのを俺はただ見つめていた。


「ゆう」


 結局そうなる。しかし頼みの吸血鬼はなんだか様子がおかしかった。


 ユーリップは絶叫してよろけるように前に出た。


「うわあああああああああああああああああああッ間に合わぬッ!」


 激しい音がした。


「ジャゴ」


 飛び出してきたジャゴが鉄槌で鉄蠍の頭部を破壊し、その動きを完全に止めていた。


「待たせた、やっと回復した」


 俺は天を仰ぎ、その場に腰を落とした。


「ありがとう、ジャゴ……ありがとう」


 ジャゴは俺に手を差し伸べた。キルシマが駆け寄ってくる。


「二人も、ありがとう」


 キルシマは苦笑いをした。あまり役立てなかったことを恥じているようだが、とにかく生き残ることが大切だ。


「そう思ってくれるのはありがたい。さて依頼は探索、さっさと周りを見てしまおう。こんな化け物にまたぞろ遭遇してはかなわん」


 俺は額の汗を拭いながら、そうしたら今度は最初から最後までユーリップに任せるさと冗談めかして云った。


 ユーリップは返事もせず首を傾げている。


「どうした?」


「身体が変じゃ。先からうまく動けぬ。目もチカチカしよるし、指先も痺れよる」


「痺れる? ……ジャゴの毒を吸い取って、それからどうした?」


「んむ? どうじゃったかの、よう憶えとらん」


「ま、麻痺毒を飲み込んだのか?」


「大事ない、もうだいぶ動く」


 それはユーリップだからだろう。ユーリップが人を超えた存在であるからどうにかなったに過ぎない。しかしこれに関しては俺が悪い。俺はユーリップにジャゴの毒を吸えと指示を出したが、吸い出したものを吐き出せとは云っていない。当然そうするだろうと思ったからだ。常識的に考えて吸った毒は吐き出す。危険であるし、そもそも体内に取り込むのは厭だからだ。


 慢心だ。


 認識が甘かったと反省せざるを得ない。それと同時にユーリップが無事で本当に良かったと思う。ユーリップがパーティからいなくなるのは大いなる戦力減だ。俺はユーリップを見つめた。ユーリップはばつが悪そうに笑っている。


 俺は尻についた土を払った。


 自分自身に確認する。今さっき感じた安堵は、戦力の激減は免れたことのみに対するものだよなと。当然仲間としての情もある。無事でなによりだと本当に思う。それ以上の感情はない。そんなものあるだけ邪魔だと。


 蠍を解体しジャゴの背負子にその貴重な甲殻を積めるだけ積んだ。


 俺たちは細心の注意を払って遺跡を見て回り、獲得できるものは獲得しゆっくりと町に戻った。


 冒険者ギルドはいつになく人が多かった。


 こういう時は大抵新しいクエストが発表されているものだが、俺もキルシマも早く休みたかった。ジャゴはそこまで疲れていないとのことで、背負子の獲得物を俺に託し、貸し出しているロバを回収しに行ってしまった。キルシマも後はよろしくと地階に降りていった。


 俺は他の冒険者を掻き分け、壁の掲示板に張り出された真新しい張り紙を見た。


 マゼーの地下ダンジョンの入場制限解除。


「うえ。これは凄い」


 道理で皆浮足立っているわけだと思った。B級以上のみ受領できた上位依頼が、突然の制限解除。これは驚く。当面の目標にしていたものが急に手元に落ちてきた状況に、命がけの冒険の疲れを一瞬忘れてしまったほどだ。


 依頼を受領し地下ダンジョンに旅立つ冒険者たち。C級でもD級でも、腕に覚えがある或いは少しでも早く名を上げたい功名心が高い冒険者が放っておくはずもない。


 俺もその一人だ。しかしさすがに、今すぐに向かおうとは思わない。それは無茶を通り越して無謀というものだ。探索系の依頼がすぐなくなることはない。今はゆっくり休んで英気を養い、あらためてダンジョン探索に向かおう。


 しかし何故、今になって制限を解除したのか。その疑問は残った。


 それは俺などが知り得ない場所で画策された陰謀。


 魔王復活を目論む大神官ギュンピョルン。


 ギュンピョルンは魔王復活に必要なものを集めている。期待していたマゼーの地下ダンジョン探索で、勇者リオーは魔石を発見した。それは確かに魔王復活の一助となる。


「もっと強い呪物が必要だ」


 ダンジョンは難解にして、出没する魔物は最低でも脅威等級6。だからこそのB級冒険者以上という制限だったが、状況は変わった。魔石程度の呪物ではひとつふたつ集めても宿願には遠く届かないことがわかったのだ。だからギュンピョルンはダンジョンをすべての冒険者に開放した。


 大呪法を行う。

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