第24話

 毎度おなじみ冒険者ギルドの地下一階にある出会いの酒場。


 俺は一人でまんじりともせずにテーブル席に座っていた。不意に歓声が上がる。リオーのパーティが帰還したようだ。


 勇者リオー、魔法使いネブラフィカ、魔獣使いポーに、新たに仲間に入った騎士。俺のところにも来た見習い騎士が、訓練の賜物か正式な騎士となったようだ。騎士となれば多少の回復魔法も使えるはずで、同じく多少の回復魔法を使えるリオーとの複層的な展開を考えれば、僧侶一人分の回復力には届かずともそれなりの回復量が見込めるはずだ。


 B級冒険者であるリオーは、新たに発見されたマゼーの地下ダンジョンに何度も挑戦し、着実に成果を上げつつあった。


 B級は実質冒険者の頂点と云っていい。A級冒険者は今では名誉称号に近く、公のものではないが四天王に準ずるものとされていた。久しく冒険者の頂点の冠を戴く者は現れていないが、いまA級にもっとも近い男、それが勇者リオーだ。職業、ルックス、人格、非の打ちどころのない冒険者。それはすなわち次期四天王候補ということでもある。


 横に侍るネブラフィカもさぞ鼻が高いだろう。最早俺のことなど目には入らないようだが、俺はトガのことを尋ねたくて立ち上がった。


「勇者様、魔石を発見したらしいぞ」


「キルシマ」


 キルシマはスルメと酒をテーブルに置き俺の前に座った。


「別嬪さんは?」


「あれから見かけてない」


「喧嘩したのか?」


 俺は大袈裟に両手を広げて見せる。


「友達みたいに云わないでくれ。俺たちは目的があってパーティを組んだ、そうだろ」


「らしくないねえ、カザン殿。そういう関係がお好みならそうするがね」


「どういう意味だ」


 キルシマはスルメのゲソを噛み千切った。


「拙者たちも目指すところはマゼーのダンジョン。ならばもっと依頼をこなし、現在アネムカでは十組にも満たないB級冒険者にならねばならん」


「そのとおりだ、キルシマ」


 キルシマはゲソを銜えたままあたりを見回した。


「ジャゴはいないのか?」


「ジャゴになにか用か?」


「いや。カザン殿は別嬪さんを探しに行く。すると拙者の話し相手がいなくなる」


「勝手に決めないでくれ」


「早く行け。女を待たせるもんじゃない」


 俺は酒場を出た。ユーリップの行き先など見当がつかない。俺の言葉がユーリップを傷つけたのだろうと思う。情けない、申し訳ない、守るの責任取るのと啖呵を切っても所詮はこの体たらくだ。


 散々探し回って、レレスカー城に通じる町外れの辻に立つユーリップを発見した。墓場の道と呼ばれるうら寂しい場所だ。


 月明かりに蒼く輝く銀色の髪。黒いドレスに革のブーツ。


「ユー……」


 ユーリップは誰かと話をしていた。


「ゼンガボルト?」


 いったい何を話しているのかここからでは聞こえなかった。もう少し近づくべきか、


 いや、待とう。


 ゼンガボルトならば、今現在、俺とユーリップの間に溝ができていることに気づいているばずだ。そういう鼻は利く奴だ。


 ゼンガボルトは時折ユーリップの腕を掴もうとして、その手を払われている。口説き落としが通じなくなれば脅しをかけてくるはずだが、いったい吸血鬼相手にどんな脅迫をするつもりだろうか。


「カザンのところにいたって将来はねえぞ。あんたの目的はわからねえが、悪いようにはしねえって。な?」


「やじゃ。おまえは臭い」


「臭い? 香水つけ過ぎたか? 評判いいんだがな、これ。よしわかった変える、だから一緒に来い」


「やじゃ」


「あんまり釣れないと、カザンがどうにかなっちまうぞ」


「どう云う意味じゃ?」


「急にいなくなるかもな。大怪我をするかもしれねえ」


「どうしてじゃ」


「あんたが云うこと聞かないとそうなるって云ってんだよ。頭は悪いんだな、嫌いじゃねえが」


「わらわは頭は良いぞ」


「ならわかるよな? 来い。取り敢えず一発やらせろ」


 ゼンガボルトはまたユーリップの手を掴んだ。ユーリップは全身で溜め息をつく。


「触るな汚らわしい!」


 怒鳴り声をあげてユーリップはゼンガボルトの手を振り解いた。オイとゼンガボルトの怒声が辻に響いた。俺は二人に近づく。


「よくわからんが臭い僧侶、わらわはお前とは行かぬし、カザンに手を出してみよ……」


 ユーリップが最後、なんと云ったのか聞こえなかった。ゼンガボルトの顔が青ざめ、呟くように何かを云って立ち去った。


「ユーリップ」


 ユーリップは振り向き目を丸くした。俺の顔を見て一瞬顔がほころんだようにも見えたが、鞭のような鋭い発声で何用じゃと云い捨てた。


「いや。謝ろうと思って、探してた」


「当然じゃろう痴れ者め!」


「ごめん」


 感情と云うのは難しいものだ。自分の感情ですらままならないものが、どうして他人のそれを操れようか。例えば、どれほど相手を思い遣って云った言葉であっても通じない時はどうしたって通じない。時には曲解され誤解され有り得ない軋轢を生むことさえある。


 気位の高いユーリップを操ろうとは思っていない。そんなものすぐに見透かされ、それこそ愛想を尽かして、ユーリップは俺の前からいなくなるだろう。


「痴れ者はないぞ、ユーリップ」


「たわけじゃ、あほうじゃ。二度とわらわにあんな思いをさせるな」


「わかった」


 俺とユーリップがどうにか仲直りを果たしたその向こうで、執着とは無縁であるべき僧侶は父親の伝手を使い、ある訴えを起こしていた。


 冒険者の中に吸血鬼と行動をともにしている者がいる。


 吸血鬼とは怖ろしい存在。アネムカ王国ではほとんど見かけることがないため、その存在のみ知られている程度だが、国によっては討伐対象となっている。つまりは化け物。


 そんなものを野放しにしていていいのか。吸血鬼を引き連れている料理人カザンに罪はないのか。


「それは看過できんな」


 部下からの報告を苦い顔で聞いているのは堅物で知られる竜騎士サンゴアンゴ・エンデミュートだった。彼も元冒険者であり、出身はドラゴンの多い北の山岳地帯だという。


 A級冒険者まで上りつめ王国四天王となり、伯爵家の令嬢を妻として娶った。


 吸血鬼の脅威も知っている。小国と云えどその存在によって滅んだ国もある。


 エンデミュートは訴えを起こしたゼンガボルトを私室に呼び詳しい事情を聴いた。


 ゼンガボルトの素行の悪さは耳に届いていないでもなかったが、腐っても僧侶、そこまで悪辣な言動を取ることもあるまいと、エンデミュート伯は甘く考えていた。


 ゼンガボルトは敬虔な顔をしてエンデミュートに跪き、首を垂れる。話に聞いていた悪童振りは鳴りを潜め、堅物は簡単に好感を持った。


「国を思えばこそ私はご注進に及んだわけです。出過ぎた真似だったでしょうか」


「いや。委細承知した」


「それでは!」


「先ずは様子を見、状況把握を行う。貴公の訴える吸血鬼何某が真実悪党ならば、必ず私は我が兵団を催し、討伐に向かおう」


 ゼンガボルトがひれ伏しながらほくそ笑んでいたのは云うまでもない。

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