第25話

「アバンジの遺跡か。聞いた話では随分魔物が強力であるとか」


 次の目的地は太古の城跡として名高いアバンジの遺跡。そこに出没する魔物が厄介者揃いと云うこともあり、その探索依頼を敬遠する冒険者が多い。


「それを引き受けたんだな、カザン殿は」


 キルシマは鰹の塩辛で酒を飲んでいる。


「俺、焦ってるんだろうか」


「拙者はついていくのみ。船頭が迷っていては船は漂流するばかりだぞ」


 悩んだり躓いたりすると俺は無性に料理が作りたくなる。


「ジャゴやユーリップもそうだろ、カザン殿に従うよな?」


 ジャゴは無言で頷いた。ユーリップは赤葡萄酒を飲みながら話す。


「カザンが迷うのは嫌いではない」


 わからない。


「しかし、アバンジの遺跡。毒持ちやら、斬撃無効やら、魔法やら、対処が大変だ。相当の覚悟がいるな。もっとも怖ろしい魔物で、脅威等級6の鉄蠍がいる。少なくとも拙者の刀では切れんし、ジャゴの馬鹿力であろうとも、打撃を与えられるかわからん」


 ユーリップはキルシマを見ながら自分を指差した。キルシマは脇に抱えていた刀を見ている。


「遺跡に向かうのは明日か?」


「そのつもりだが……鉄蠍か」


 読んでそのまま鉄の蠍。外殻がまるで鉄のような硬度を誇る、雄牛ほどの体格の大蠍だ。


 キルシマに相手にされずユーリップは頬を膨らませた。たしかにユーリップを前面に押し立てて探索すればなんの問題もないのかもしれないが、それではパーティを組んでいる意味がない。


 ジャゴは肉と豆のトマト煮を食べている。故郷の味に似ているのだそうだ。


「食べたいものを云ってくれれば今度作るよ」


「いいのか?」


「当たり前じゃないか」


「拙者はイカメシを食いたい」


 ジャゴは俯いた。


「どうした?」


「なんでもない。いや……」


 ジャゴは目を潤ませていた。


 冒険者ギルドはその特異性から、実に混沌とした空間だ。いろんな種類の人、肌の色毛の色、職業も様々。言葉が通じないこともしょっちゅうだ。いや、人だけでなく、獣人や時には知性の高い魔物も出入りする。しかし、ひとたびギルドの外に出ればジャゴと一緒に入れる店の少なさに驚く。肌の色のみでジャゴの入店を禁じている。ジャゴだけではない、キルシマと行動をともにしていても奇異の目を向けられることがしばしばあった。ただキルシマの場合、クジキリ将軍の四天王就任以降、まわりの目がずいぶん変わったと云っていた。


「つまりはジャゴ、お前が伸し上がって一流の人間になればいい。そうすれば誰もお前を拒まなくなる」


「力でねじ伏せろと」


「言葉は悪いがな」


 キルシマは鰹の塩辛を啜るように食べると、塩辛さに顔を顰めた。


「それまではカザン殿に故郷の味を作ってもらえばよい。拙者も生国の味を時折作ってもらっておる。さて、それはそれとして、ひと月後とかにはならんよなあ、遺跡探索」


「ひと月? それは無理だ」


 意を決したようにジャゴが云った。


「カザン、いつか、スパイスの効いたスープ、それとクスクスを作ってもらえないだろうか」


「くすくす?」


「小麦粉を米のような形にして茹でたものだ。俺も見よう見まねで作ってはみたが、どうも違う。カザンならば多分おいしい」


「わかった」


「い、いいのか?」


「もちろんだ」


 地下の酒場に若干様子の違う人物が降りてきた。


 背丈で云うなら俺とジャゴの間くらいか。なんとなくだが様子がリオーに似ているような気がして、俺は雑多な酒場の雰囲気にはそぐわないその紳士を注視した。


 紳士はテーブルに着くと片手を上げて店の人間を呼び、大麦の蒸留酒を頼むと、丁寧に整えた髭を濡らすことなく酒を飲んだ。年齢は四十代だろうか。目に異様に力がある。只者ではない様子がありありと見てとれた。


 紳士は酒場をゆっくりと見回し、俺たちのテーブルを見て目を止めた。正確には、うとうとしはじめたユーリップの後頭部を見ている。


「ユーリップ、ユーリップ」


 ユーリップは薄目を開け、調子の外れた声で返事をした。


「眠いなら家に戻ってな」


「眠くない」


「寝てたぞ、今」


「寝とらん」


「お腹空いてるのか?」


「空いとらん」


「昨日も食事してないだろ? 遠慮はいらないぞ、血を作るものばかり食べてるから逆に少し抜きたいくらいだ」


「空いとらんて」


 キルシマが俺に耳打ちした。


「え、まじ?」


 キルシマはしたり顔で頷いて見せる。ユーリップをじっと見つめる怪紳士の正体は、四天王の一人竜騎士サンゴアンゴ・エンデミュート伯が重装を解いた姿だった。


「拙者たちの評判を聞きつけスカウトにでも参られたのだろうかな。しかし困ったな、拙者が従うはクジキリ将軍のみにて」


「自分を追放した人間なのに?」


「追放はやむなし、将軍に非はござらん」


 エンデミュートはグラスを空にすると立ち上がり、こちらに近づいてきた。


「お。口説かれちゃう?」


 おどけるキルシマを横に、俺は固唾を飲んだ。


「食事中に失礼する。私は王国竜騎兵団団長のサンゴアンゴ・エンデミュート。君とは以前、王立裁判所で顔を合わせているね」


 身分を偽るつもりはないらしい。俺は一応頷いて見せたが、あの時のことは実際よく憶えていなかった。


「お仲間を紹介してくれ、ええと、カザン君」


 物腰は穏やかで言葉遣いも丁寧なのだが、隠し切れない圧がある。なんというか人としての格が俺などとは違う気がする。


「拙者、ユベ・キルシマと申す」


 キルシマは早々に自己紹介して頭を下げた。


「ああそれじゃあ、こちらがジャゴ」


「よろしく」


 エンデミュートは目礼をする。ジャゴはエンデミュートを見返した。奇異の眼差しを向けられなかったことが、反対に気になったようだ。


「あなたもだ」


「なにがかな」


「俺を見て顔を顰めなかった」


「顰めた方が良かったかな? 皆が皆同じ反応ではつまらない。君が云いたいのは、肌の色髪の色のことだと思うが、私は君を見てもどうとも思わない。しかし、嫌悪を示す人間がいることも知っている。旧弊的で愚かなことだが、それを是正するのは武官である私の役目ではない」


 まっすぐな男だ。ジャゴは好感を持ったようだ。


「カザンと同じ」


 エンデミュートは最後にユーリップの顔を見た。


「こちらのご婦人は」


 ユーリップは長い脚を組み替えたのみで答えない。これは四天王に対して多分に無礼な振る舞いなのだが、そんなことはユーリップはお構いなしだ。


「ユーリップ」


 代わりに俺が答えた。余計なことだろうが、そうした方がいいと思った。


「ユーリップ。ふむ。耳に心地いい響きだ。ユー、リッ、プ。いや、私は北国の生まれでね、そこには数百年の長生を誇り、独りで千軍万馬の力をもつ魔物がいる。その魔物は人の生き血を啜り命の糧としている。吸血鬼という」


 そういうことか。俺は背筋を伸ばした。


「知っているかねカザン君、吸血鬼というのは人の血がなければ生きられないのだ」


 どう答えるべきか。ここでの解答ミスは後々まで尾を引くことになりそうだ。


 ユーリップは横を向いた。あきらかに苛立っている。俺が何も答えられずにいると、エンデミュートは言葉を繋げた。


「害があるなら取り除く。それが私の職務だ」


 考えて考えて、俺はようやく口を開いた。


「俺は料理人です。料理人なのに冒険者をしている変わり者です。俺の作ったパーティなので、長旅になる場合の食事は俺がすべて用意してます」


 エンデミュートは俺を見、そしてユーリップを見た。


「すべての、か。パーティ全員分の食事の世話を君がしていると?」


「はい」


 エンデミュートはそして、俺の腕を見た。俺の二の腕にはたくさんの咬み傷がついていた。それらはすべてユーリップがつけたものだ。


「なるほど。そうか、なるほど」


 エンデミュートは俺の肩に手を乗せた。重く力強く暖かい手だ。


「君は変わっている」


 なんだか愉快そうだ。


「また会おう」


 颯爽と立ち去っていくこの国の頂点の一人の背に、ユーリップはしかめっ面で舌を出した。


「別嬪さんよ、おまえさんには関係ないのかもしれんがな、あの人は四天王が一人ぞ。もそっとこう、愛想よくしても罰は当たらないのではないか?」


「じゃから黙っておった」


「嫌うのは仕方ないが」


「嫌ってはおらん。あの男はううむ、苦手なだけじゃ」


 そう云ってユーリップは襟元を寛げ、はたはたと顔を手で扇いだ。


「カザン!」


「え、はい」


「わらわは腹が減った!」


「お腹が空いたと云いな」


「うるさい!」


「カザン殿はユーリップの水筒、いや弁当箱か」


 明日はアバンジの遺跡探索だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る