第23話

 クニャックが出没する湖までの道中、俺はキルシマに説明を受けていた。


「カザンは妖精を見たことがあるか?」


 俺は頷いて、子供の頃にと付け加えた。


「あれはいたずらするくらいで、ほとんどが害がない」


 キルシマは歩きながら両手を開いて見せ、左手の親指を折った。


「冒険者ギルドが設けた脅威等級では、妖精は1等」


 次にキルシマは人差し指を折る。


「この前の塔で遭遇した小鬼や火吹き猿は2等。人間の子供くらいの強さでござろうか。ただ、子供には小鬼も猿も殺せまいな、可哀想だと情が入る。魔物は情がないから魔物なのだ」


 次に中指を折り、


「同じく、カザン殿が茹でて食わせてくれたヤドカリが3等。平均的な人間の大人と同じくらいの強さだと云われている」


 戦闘訓練を受けていない人間が、武器や魔法なし、素手での格闘で渡り合える強さが3等悪。キルシマはさらに薬指を折った。


「カザン殿は以前、魔犬ムアサドを倒したと云っておったな」


「俺はなにもしてないけど」


「そんなことはどうでもいいのだ。ともかく、その魔犬で脅威等級4」


 これから討伐に行こうと云う叫びの魔物クニャックは6等。


「塔で別嬪さんが倒したあの糞忌々しい大蛇も6だ」


 キルシマは左手の指を全部折り、次に右手の親指を折った。


「四天王が一人、人形使いイッゴの操る青銅の巨人で脅威等級7。ここまでが人が扱い得る存在なのだそうだ。魔物には1から10までの等級がある。当然ギルドが把握していない魔物もいる」


 すべての指を折って、キルシマは手を引っ込めた。


「10等ともなれば最早伝説上の生き物と大差ない。おとぎ話に出てくる連中だな」


 俺は思いついた魔物の名をそのまま口に出した。


「ドラゴンは?」


「竜か。竜はピンキリだな。下は火吹きトカゲと呼称されるようなもので4等、魔犬と同じ。雷を呼ぶ雲竜ともなれば脅威等級8。その力は天災に等しく、ひとつの挙措で何人もの人が死ぬ。まあ10等まで等級わけはされているが、精々8等が人と関わりのある魔物と云われている」


 ジャゴは松明を手に黙々と前を行く。最後尾はユーリップ。空は厚い雲に覆われているが、既に日は沈んでいるようだ。


 俺は魔獣使いポーが連れていた幼ドラゴンを思い出していた。成長すれば少なくとも4等以上の力にはなるということだ。人で3等ならば、最低でも4等以上の戦力が見込めるドラゴンは、たしかに価値のある魔物なのかもしれない。知能も高く、魔獣使いの能力次第ではまさに手足のように動くとも聞く。


「詳しいな随分」


「一通り学ばされたのだ、若い頃にな」


 小休止。俺は鍋に湯を沸かし、甘いお茶を淹れた。固形物は受けつけないユーリップも、液体ならば比較的なんでも飲むことができた。血のように実にはならないそうで、つまりは完全なる嗜好品としてらしい。


 熱いお茶を一生懸命冷まして結局飲めないユーリップを、キルシマは勿怪顔で眺めながら吸血鬼の等級はどうだったかなと呟いた。


 ギルドが定義しているその基準には、ヤマネコ獣人ギギなどの亜人系の魔物も含まれている。同じ亜人系である吸血鬼にも当然等級はあるのだろうが、俺はそれには興味がわかなかった。


 ユーリップの手から木のコップを取り、少し水を差して返す。


「これで飲める」


「……味が薄くなった」


「それを飲んでるうち、こっちが冷める」


 俺はまだお茶の残っている鍋を指差した。


「まだ聞きたいか?」


「もちろん。その手の話は大好きだ」


「よし。もう少し講義を続けよう。等級10の伝説の魔物すら従える種族がいる」


 魔人。


「その多くが魔法を極めた魔法使いが冥府に降ったものであるという。その力は天変地異を起こし、死人を蘇らせる。竜人と呼ばれる種族も魔人に含まれる。見た目は獣人に近いが、まるで違う。獣人は生まれついての獣人だが、竜人は人が竜になったものだ。人を越え竜の力を得た存在が、竜人」


「それもおとぎ話だ」


「まあそれよ。しかし遠方には火の水が湧き、破壊神が住まう島があるとも聞くぞ。あながちおとぎ話と笑ってばかりもいられまい」


 途方もないなと俺は空を見上げた。気づくと星が出ていた。


 キルシマは煙管に刻み煙草を詰め、一服している。


「魔人の上が魔王か?」


「魔王だからな。魔を統べるもの。それが魔王」


「魔王はこの世にひとり?」


「……いや。聞いた話だと九人いるとか」


 俺はそれは大変だと大いに他人事のように呟いて、ユーリップの空いたコップに少し冷めたお茶を注いだ。


 背骨を震わせるような叫び声があたりに響いた。


「クニャックだ! 構えろ!」


 遠くから聞いても尚、その声には腰が砕けそうになる。


 キルシマが煙管を放り刀を構えた。ジャゴも鉄槌を手に取る。俺も盾を手にした。ユーリップのみ叫び声などまるで耳に入っていないように優雅に茶を啜っていた。


 木立の合間からこちらを睨んでいる女が見える。長い髪、青白い顔、瞳のない目。間違いない水怪クニャックだ。


 一刻も早くクニャックの叫びを封じなくてはならない。


「叫ばせるな!」


 キルシマが弾けるようにクニャックとの距離を詰め、刀を縦に一閃した。


「浅い!」


 クニャックは縦に割けた顔で、大きく口を開けた。血の泡が喉からせり上がり、恐怖の叫びが爆発する。


「キルシマ耳を塞げ!」


 ジャゴが前に出た。


「駄目だジャゴ、叫びを聞くな!」


 胃の腑が揺さぶられる。激しい眩暈に眼球が弾けてしまいそうだ。ジャゴも鼻血を出し低い声で叫びながら鉄槌をクニャックの口に突っ込んだ。瞬間の静寂。俺は走った。この機会を逃す手はない。俺のスキルが采配することに特化しているのだとしても、この状況でじっとしているわけにはいかない。


 しかし敢えなく、俺は首を鷲掴みにされた。クニャックは俺を掴んだままジャゴを突き飛ばし、喉を圧迫する鉄槌を引き抜いた。


クニャックは前歯が全て折れた口を開いた。この至近距離であの叫びを聞けば、確実に命を奪われる。


 俺は覚悟した。


 クニャックはいつまでたっても地獄の叫びを発することはなかった。瞳のない目に怯えが見える。その目は俺を見ているようで、その向こう、俺の背後に立つユーリップを見ていた。


「あ、あ、あ、」


 俺の首を絞める手が緩む。


 ユーリップを見て恐怖を覚えている。よほどユーリップが怖ろしいのか。確かにユーリップは、クニャックと同じ脅威等級である大蛇リンドブルムも簡単に引き裂いてしまうほどの力がある。


 クニャックは短い悲鳴を漏らし逃走した。


 その後ろ姿に、俺は躊躇する


「何やってるカザン、追うぞ!」


 キルシマが駆けた。ジャゴも続く。


「カザン、おまえは一流の冒険者になるのだろ」


「わかってる。だけど、怯えて逃げ出したものを追いかけてまで討伐するのは……」


「それは罪悪感の問題かえ? 立ち向かってくれば容赦なく倒せるか?」


「人には感情があるんだよ!」


 ユーリップは一瞬哀しそうな顔をしたが、すぐさま俺に怒鳴り返した。


「わらわに感情がないとでも申すか!」


 ユーリップもクニャックの後を追った。しばらくして、この世のものとは思えない絶叫が夜空に響きわたった。

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